海へ ココヤシ村から一人で出航しようとしていたのを、ナミの策略によって、ルフィくん有する海賊船に乗ってしまったわたしは、波がココヤシ村に帰ってくるまでに使っていた、女部屋でナミと対峙していた。 「ナミッ!! どうするの!? 船乗っちゃったよ!」 「乗っちゃたわね」 「乗っちゃたわね。じゃないよ! どこかで降ろしてもらわないと……」 「だめ、それは私が許さないし、ルフィも許さないと思うけど?」 「どうして!?」 頑として、わたしの意見を受け入れてくれないナミに、頭を抱える。とにかく早く降りなくちゃいけないのに。海軍がどこまでわたしの事を把握しているかは分からないけど、もしナミ達と同じ船に乗っていることが知れたら、要らないトラブルを運び込む可能性があるのに。 そんなわたしの心配など歯牙にもかけないで、相変わらずナミはナミで下船したがる理由を心底理解できないという風に、顔をしかめていた。 「逆に言えば、なんでそんなに降りたいのよ。海賊が嫌っていうなら分かるけど……言っちゃ悪いけどヒノデ、あんた、海軍に狙われてるのよ? なら海賊だろうが、一般人だろうが変わらないわよ」 「流石に一般人と海賊は違うよ!?」 ココヤシ村を救ってくれた人たちを、ナミを、ルフィくん達を犯罪者? 逃亡者? 呼ばわりはしたくないし、アーロン達と違ってルフィくん達には失礼だけど、わたしの想像する海賊とは思えないけど、警察? 軍? に追われる側と終われない側は海より深い溝がある。わたしもルフィくん達との旅は海賊という事を抜きにしても、楽しいだろうなとは思ったし、なんならお祖父ちゃんも海賊でトウシンさんも海賊で……ダメだ本当に海賊と言うのが分からなくなってくる。特にルフィくん達やナミのことを考えると。 ナミは勝手にわたしの旅行鞄の中身を空いているクローゼットの中に入れながら、話し続ける。その行動も恥ずかしくてなんとか止めようと、ナミの腕に縋りつくけれど、わたしの事なんて意に介さず「なによこの子供みたな下着、下着くらいもっとセクシーなの買いなさいよ。次の島に行ったらランジェリーショップが先ね」なんて勝手に決めてしまっている。ひ、ひどい……確かにナミからしたら子供っぽいかもしれないけど、そんな。え? 動物が描いてある下着ってだめなの? 「そもそも! ヒノデが一緒に旅してくれないと、ヒノデの隠してること話してもらえないじゃない」 「そ、それは……」 「まさか、私と離れれば話せなくなるからって、その場しのぎで言ったわけじゃないわよね?」 「それは違うけど……」 「じゃあ、なによ」 返す言葉が何も見つからなくて、押し黙る。正直、ナミと一緒に旅しなければ、話さなくていいと言う考えがなかったわけじゃない。不誠実だとは思うけど、話さないことが最善の選択だと思っただけなのに。 何も言葉を返すことのできないわたしに、ナミは深く溜息を吐いて、眼前に人差し指を突き付けてきた。 「と・に・か・くッ! 悪魔の実の能力者であるヒノデに今、逃げ場はないわ。それに怪我の事もある。ヒノデにはヒノデなりの考えがあるんだろうけど、少なくとも怪我が癒えるまでは、私は船からヒノデを降ろすつもりはないわよ!」 最後に念を押すように、鼻先を軽く押して、ナミの表情は笑顔に戻った。 「とりあえず朝食の時間だし、ダイニングに行くわよ。サンジ君の料理は絶品なんだから」 「あの──ナミ……わたし」 部屋を出ていこうと、扉に向かうナミに小さな子が親に縋るように声をかけるけれど、ナミは振り返ることなく扉を開け、閉める際に静かに呟いた。 「私は、もう二度と、ヒノデが独りで傷つくのを見るのは嫌よ」 祈るように言った言葉を最後に、ナミは女部屋を出て行ってしまった。一人残されたわたしは、その場に跪いて両手で顔を覆う。何もかもが、悪い方向に向かって言っている気がしてならない。 「──……そういうと思ったから、嫌だったんだよ」 口から零れ落ちた言葉に、これからどうすべきか正解を導いてくれる先導者なんて、当然のごとく居なくて、どの選択を選ぶべきかなんてわからなかった。 ◇◇◇ とりあえずリュックの中の、見つかってはいけない物だけを厳選して、わたしの服やらなにやらが詰まっているクローゼットの、服の一番下に隠すように収納したけれど、それでもまだ不安は消えない。まだ学生証や教科書類は誤魔化せるかもしれないけど、携帯は誤魔化しようがない。 部屋の中はナミ以外にも女性クルーが増えた時のためなのか、ベッドは二つあり、簡易的なバー? みたいな物も部屋の隅にあった。バーがあるけど、ナミってまだわたしと同じ十八じゃなかったっけ? それともこの世界だと成人って違うのかな。 鉛を流し込まれたように体すら重くなったような気がしながら、いつまでも女部屋に居ることもできなくて、ラウンジへと繋がる簡易的な階段を上っていく。なんて言って、船を降りよう。砲弾などが置いてある倉庫を抜けて、一度外に出て二階にあるらしいラウンジに向かいながら考える。抜けるような大空がわたしをあざ笑っているようで憎かった。 重い気持ちを抱えたまま、ラウンジに繋がる扉を二度ほど叩いて、中へ入るよう促す声が聞こえて扉を開けようとしたとき、勝手に扉が開いた。 「ヒノデちゃん良かった、遅かったから心配してたんだよ。朝食できてるけど……食べれる?」 「サンジさん……ありがとうございます。朝食、すみません。わたしの分まで用意してくださったんですか?」 「もちろんだよ。ただ、ヒノデちゃんずっとまともに食事してなかったって聞いたから、他の奴らとは違う食事になるんだけどいいかな?」 「えッ……別に作ってくださったんですか?」 「もちろんッ! おれはこの船のコックだからね」 「お手数おかけしてしまってすみません……大変でしたよね」 「好きでやってることだから気にしなくて良いよ」 紳士的な態度で、扉を開けながらこちらを気遣ってくれるサンジさんに、殊更申し訳なく感じる。好きでやってるとは言っても、一人分だけ別に作ると言うのは大変なはずなのに。手で中に入るよう促してくれたサンジさんに申し訳なさを感じつつ、小さく会釈をして部屋の中に入ると、すでにナミ以外はご飯にありつていた。サンドイッチとスープにサラダ、フルーツに……という朝ごはんとは思えない豪勢な料理に、目が丸くなる。部屋の中はスープの匂いだろうか、スープだろうかスパイスの香ばしい良い匂いが漂っていて、久しぶりに食欲がお腹の底から湧いてきて、ぐぅ〜っとお腹の虫が鳴る。恥ずかしくて急いで両手でお腹を押さえるけど、時すでに遅しである。 「ははは! ごめんね、お腹空いたよね。今用意するから」 「すみません……!」 恥ずかしくて、慌ててテーブルに座っているナミの横に向かう。 「遅かったじゃないヒノデ。迷った?」 「流石に船の中では迷わないよ。部屋への行き方も教えてもらってたし」 「それもそうね」 納得したように頷いて、わたしの事を待っていてくれたのか、ナミは私が座ったのを確認して、目の前のサンドイッチに手を伸ばしていた。 「はい、ヒノデちゃんどうぞ。ヒノデちゃんは体の事もあるから、ゆっくり食べてね」 「ありがとうございます。あの、お手間をおかけしてしまってすみません……」 「気にしないで」 微笑みながら、わたしの前にもお皿が置かれる。横にいるナミや皆さんと違って、わたしの前に置かれたのは、乳白色の小さく刻まれた野菜が浮いているスープだった。一人分を、ましてや長い間まともな食事をとっていない人間の食事を作るというのは手間だろうに……改めて申し訳なくて、厄介ごとしか持ち込んでないようで、罪悪感が胸の中に降り積もり続ける。 「無理して食べないでね。急に一気にいろんなものを腹いっぱい食べたらまずいから」 「なんでヒノデだけ食事が違うんだよサンジ!!」 「特別扱いだー!!」 「ご、ごめんなさい」 「うっさいわよ! あんた達!!」 「今まで食事とってないレディにお前らと同じ食事なんか出せるわけねェだろ! ヒノデちゃんを殺す気か!!」 抗議の声を上げるルフィくんとウソップくんに、仲間になるのを断った身で、食事もいたただいている上、コックさんに手間をかけさせて、船の食べ物も消費させているので、とても肩身が狭い。ナミとサンジさんが、わたしだけ料理の内容が違う理由を説明してくれているけれど、二人……いや話を黙って聞いていたゾロさんもよくわかっていないようだった。 「なんでだ? 腹が減ってんなら食えばいいじゃねェか」 「だから……普段から食事してたり、ちょっと抜くくらいならいいの。でも、ヒノデの場合は……何日ものあいだ、まともに食事をしていなかったのよ。そうなると胃腸は勿論ほかの器官も弱ってくるの、そこに急に栄養素の高い食事をさせたら、死ぬことが多いのよ」 「そうなのか!?」 説明を受けたルフィくんが信じられない物でも見るような顔で見てくるけど、あいまいに笑って返す。 「えっと……わたしもよくは知らないんだけど、なんとか症候群っていうので死んじゃうことがあるらしいよ?」 「え〜〜〜〜ッ!!? ヒノデ死ぬのか!? 死ぬなよヒノデ! おい、サンジ! ヒノデが死んじまうから飯はだめだ!!」 「だから、ヒノデちゃんが急な食事で倒れないように、消化が良い食事を作ったんだろうが!!」 「なァんだ! ヒノデ、サンジの料理はうまいぞ! 一杯食え!」 「う、うん……いっぱいは難しいけど、人並みに食べるね」 言い終わって満足したのか、ルフィくんは目の前の他の人よりも数倍多い食事を、掃除機のごとく口の中に運んでいた。どこに入っていくんだろう、あの量。 目の前で手品のように消えていく、ルフィくんの気持ちの良い食べっぷりを見てたら、自分の喉からつばを飲み込む音が聞こえてくる。目の前には、優しい色合いの湯気の立った食事が、今か今かとわたしを待っているような気がして、両手を合わせて「いただきます」と食事の前の挨拶をしてから、一緒に用意されたスプーンを手にとり、スープを口元に運んだ。まともな食器から食べるのも、何日ぶりかわからない食事も、全てが自分の細胞全てを躍動させているようだった。舌の上でとろみのあるスープが滑らかに喉を通っていく感覚も、細かく刻まれたにんじんや大根といった野菜を歯で噛み砕く触感も、鼻腔を抜けていく豆乳独特の香りも、豆乳の味の中に感じる味噌の深いさも、何もかもがスープで温まった体がへ『人』として生きていることを実感させてくれた。 「ヒノデ、大丈夫?」 突然横から気遣わしげな声をかけられて、横を見ると、ナミがとても辛そうにに顔を歪めてわたしを見ていた。どうしたんだろう。 「えっと、凄くおいしいけど。どうしたの?」 「……ヒノデ、あんた涙出てるわよ」 「え……」 思わぬ一言に、驚いて恐る恐るスプーンを持っていない方の手で頬に触ると、冷たい雫が指先を濡らした。 「ヒノデ嫌いなものでも入ってたのか?」 「バカ、ちげェだろ多分」 「……」 突然涙を流し始めたわたしにルフィくん達も驚いているのか、純粋に食事に嫌いな食べ物でも入っていたのかと思って心配してくれるルフィくんも、何かを察して静かにルフィくんを制すウソップくんも、何も言わず見守るだけのゾロさんにも、居たたまれなくなる。 「あ、えっと……すみません。あの、凄くおいしくて、びっくりして……」 「──……そんなに喜んでもらえたなら嬉しいよ。ありがとうヒノデちゃん。沢山食べさせてあげたいけど、胃も小さくなってるだろうから、少しずつ慣らしていった方がいい。だから今日はスープ一杯くらいがいいと思うよ」 「はいッ……すみません、ありがとうございます」 食事がとてもおいしいのは本当の事だけど、それでも泣いている理由は違うのを分かっているだろうに、何も言うことなくわたしの話に合わせて、白湯を出してくれるサンジさんのこちらの気持ちを汲んでくれる優しさに、涙でさらに視界が滲むのを感じながら、再びスープを口に運んだ。 「本当においしいです」 そっと、ナミが自分の食事を止めて、背中を優しく擦ってくれる手の温かさを感じながら、スプーンを握り締めた。 ◇◇◇ 完全に無意識とはいえ、涙を流してしまったことで、折角の楽しい食事の時間を重苦しい雰囲気をさせてしまった事に、肩身が狭くなりながら、サンジさんからいただいた湯呑に口をつける。 「とりあえず、ヒノデはまだ海賊になる気はないみたいなんだけど、船に乗せておいてほしいの。怪我の事もあるし、悪魔の実の能力者だし、しかもヒノデすごく小さい船でグランドラインに出ようとしてたのよ」 朝食を終えて、今はわたしの今後……と言うよりも今の状況? 船に乗っている理由? をナミが食後のティータイムの中、皆さんに話してくれている。一語一句間違ってはいなけど、子供でも窘めるみたいな口調で皆さんに説明しているナミに、反論しようかと口を開きかけたけど、皆さんの呆れた表情を見て、これ以上は墓穴だろうと、黙って口を閉じた。 「無謀だろ」 「無謀だな」 「流石にそれは……無謀だと思うよヒノデちゃん」 「だっはっはっは!! カメラはおもしれェな!」 「うぅ……」 全員から否定されて、自分の考えの浅さに恥ずかしくなって、顔に熱が集まる。 「だから、ヒノデが海賊になるかならないかは置いといて」 「え!? ヒノデ海賊にならないのか!? なんでだよ、楽しいのに!!」 「それはお前の考えだろ」 心底驚いているルフィくんにゾロさんがツッコミながら、わたしに視線を向けてきた。何を考えているかわからない、抜身の刃のような鋭い目つきは、何もかも見透かされそうで、思わず逃げるように目を逸らした。 「とりあえず乗っちまったもんはもう、仕方ねェだろ。海に放り出すわけにも行かねェし」 「そりゃそうだ。おれは別にいいぜ!」 「おれは素敵なレディが増えるなら大賛成!」 「海賊やらねェのか……」 心底ショックを受けているルフィくんに、心苦しくなる。なんでそんなにわたしなんか勧誘するんだろう……毒にも薬にもならないと思うんだけど。見た感じ、この船は鍛冶場もなさそうだし。船の中に鍛冶場があってもいいのかどうかは分からないけど。 ふてくされたようにテーブルに頬をつけて、わたしを見上げてくるルフィくんに、少し心が揺れる。なんだか凄く酷い仕打ちをしている気分だ。 「ルフィ、そんなにヒノデを仲間にしたいのなら、海賊にヒノデがなりたいと思うように仕向け──思わせればいいのよ」 今、仕向ければいいって言おうとしたよね、絶対。 恐ろしいことを言おうとしたナミに、恐怖のまなざしで見つめるけど、ナミはニコニコと笑みを浮かべているだけで、全然わたしの方を見てはくれなかった。 「そうか、そうだな! ヒノデ! 海賊は自由ですっげェ楽しいぞ!!」 「いや、だからそれはお前の感想だろ」 ウソップくんが片手でお笑い芸人よろしく、軽快なツッコミを入れている。うーん、やっぱりわたしの考えている海賊と違う。クラスで騒いでいる男の子達のようなノリで騒いでいるルフィくん達を横目に、ナミに小さく耳打ちする。 「あの、ナミ」 「なに? 文句は受け付けないから」 「うう……とりあえず、それは分かったよ。えっと、ナミって髪の毛切れる?」 「髪? なんで?」 「切ろうと思って、ぼさぼさだし」 ナミは一旦わたしから少し離れると、上から下までしげしげといった風に見つめると。 「確かに、ちょっと……女の子にあるまじき姿してるわね」 「改めて言わないで」 自覚がある分、人から指摘されて倍落ち込んでしまう。一本に縛った髪は、下を向くことで背中から胸側に落ちてくる。視界に入る部分だけでも、毛先はパサついていて広がっているし、毛先に行けば行くほど色は黒から茶色……下手をしたら金に近くなるほど色が抜け落ちている。櫛を通したくても、水分がなくチリチリになって絡み合っている髪を解くのは時間の無駄で、途中で諦めた。これは結構な長さ切るしかないかも。 「わたしは整えることくらいしかできないわよ? だったら……」 一区切りおいて、ナミはルフィくんと指相撲して遊んでいるウソップくんに目を向ける。指相撲であんなに盛り上がってるの初めて見た。 「ウソップ、あんたヘアカット出来るわよね?」 「急にどうした? まあ、出来るけどよ」 「ヒノデが髪を切りたいんですって。私でもいいけど……私はせいぜい整えるくらいが限界だし、ばっさり切るならウソップがいいかと思って」 「別にいいけどよ。ヒノデはいいのか?」 窺うように話を振られて、どう答えていいかわからなくて、ナミに視線を向ける。 「ウソップ器用だから大丈夫よ。この船の旗のドクロマークもメインマストのも描いたのウソップだし」 「あのかわいいマーク? ……ウソップくん器用なんだね!」 「海賊旗を可愛いって……。女の髪切るのは初めてだけど、自分の髪も住んでた村の奴らの髪も切ってやったことあるし、下手ではないと思うぜ」 かわいいはだめだったんだろうか……でも、ポップな感じのドクロだったからかわいいと思ったんだけど。それに、得意げに、少し顎をあげて自分を指さすウソップくんにも、言葉にしたら怒られそうだけど可愛さを感じてしまう。 「じゃあ、お願いしてもいいかな?」 「いいぜ! じゃあ、さっそく切るか。どこで切るかな」 「甲板で切ればいいんじゃない? 今日は風も弱いから外で切っても支障ないと思うわよ」 「じゃあ、そうするか。ヒノデはどれくらい切るつもりなんだ?」 問われて、どれくらい……と考える。自分の髪を触るけど、パサパサすぎて少し擦るだけで髪が千切れそうだ。もう思いっきりいった方がいいかな。この世界でもカツラってあるよね。 「じゃあ、ぼう──」 「坊主なんて言わないわよね? ね、ヒノデ」 「ショートで」 笑顔なのに、表情に影を背負っているナミに、急いで言い換える。 「坊主って……お前仮にも女だろ」 「いえ、あの……すごく痛んでいるので、カツラ被ればいいかなと」 「だからって限度があるだろ」 呆れた物言いで、お茶をすするゾロさんに何も言い返せなくて、押し黙る。ここまで痛むと、全部切った方がいいかなと思ったんだけどなぁ。思い悩んでいる間にも、ナミがどんな髪型がいいかなぜかわたしよりもノリノリでウソップくんに指示をしていて、いつの間にかショートボブに決定していた。ベリーショートくらい短くしてもよかったんだけど。 朝食後のティータイムを終えたサンジさん以外は、みんな甲板に出て思い思いの時間を過ごしていた。せめてお皿洗いだけでも手伝おうと思ってサンジさんに声をかけたけど、今は怪我を治す方が先だと優しく諭されて、今は甲板で椅子に座りながらウソップくんの手が奏でる、髪を切る鋏の音を聞いていた。 「だいぶ傷んでんな。髪がある程度伸びたらまた切った方がいいぞ」 「やっぱりそうかな? だったらやっぱり坊主……」 「伸びてから切りなさい」 ニュースクーと言う、とても賢いカモメの郵便屋さんが売りに来てくれた新聞を読みながら、ナミが起こったような口調で横から言ってくる。太陽の光を浴びて、輝くオレンジ色の髪が眩しい。 「ナミより短くなるけどいいか?」 「大丈夫だよ。ショートなんてちゅうが──十二歳くらいぶりかも」 中学と言いそうになって、慌てて言い換えながら、元の世界に思いをはせる。中学入学の時になぜか暗黙の了解というかルールみたいなもので、一年生はショートみたいなものがあったから、その時以来だ短いのは。──……みんなはどうしているだろう……わたしの存在はどうなっているんだろう。家は? 学校は? 出席日数は? 時間はどれ位たっているんだろう……帰った時わたしの居場所はあるんだろうか。 地平線の彼方まで続く青い海が、濃い潮の香りが、キラキラと海面を宝石のようにきらめかせる太陽が、元の世界の事を考えると、無性に腹立たしくて、怒りを抑え込むように目を閉じた。 「よしッ!! 出来た! どんなもんよおれ様のカットは!!」 達成感あふれる声をあげながら、ウソップくんが手渡してくれた手鏡をを受け取って、自分の姿が映った鏡を見る。山姥のようだった髪は、顎ラインで綺麗切り揃えられ、丸みのあるシルエットになっている。す、すごい……ショートとかボブって難しいって聞いたことあるけど、凄く綺麗にカットされてる。 「こちらが後ろのシルエットとなります」 芝居がかった口調で、後頭部も見えるように鏡を後ろで構えてくれたウソップくんに合わせるように鏡を持ち直すと、後頭部も綺麗に襟足でカットされていて、ウソップくんの技術の高さに驚く。器用のレベルを超えていると思うんだけど。 「わぁ……! ウソップくん凄い上手! ありがとう!」 「まあな〜このサロン・ウソップに出来ない髪型なんて無いぜ」 髪をカットするときに被せてくれたケープを畳みながら、満足気に笑うウソップくんに、自然とわたしも口角が上がってしまう。横で新聞を読んでいたナミも顔をあげて、わたしの新しい髪形を見ると、満足気に微笑んでいた。 「さすが、上手いわねウソップ。ヒノデも似合ってるわよ」 「えへへ、ありがとう。首がスースーして落ち着かないけど、すっきりしたよ」 かなりの長さをカットしたことで、頭が軽くなった気がして、なんとなくずっと気落ちしていた気分もスッキリしたような気さえする。失恋をしたら髪を切るというのを聞いたことはあるけど、気分を変えるのにも髪を切るという行為はいいのかもしれない。 「ヒノデ終わったのか? 良かったな! 山姥みたいだったもんな!!」 満面の笑みで、きっと悪気はないんだろうけど言われたルフィくんの言葉に、ぐさりと、僅かにある乙女心が傷つく。分かってたけど、分かってたけど! 言わないでほしかった。 ナミに怒られるルフィくんの声を聴きながら、立てかけておいた竹箒で床に散らばった髪の毛を掃き集める。 首筋を優しくさらっていく潮風のくすぐったさに、片手で首筋を撫でていたら、前方に覆いかぶさるように影が出来る。この世界に飛行機なんてないはずだけどと、斜め上を向くと、首にタオルをかけたゾロさんが、相変わらず眉間に皺を寄せながらなぜかわたしを見降ろしていた。こ、こわい……ただでさえ、ゾロさん身長も体格大きいし、そのお顔も厳しい感じだから、眉間に皺が寄せられてると怖さが増す。 「首、痛むのか?」 「首?」 「いや、だから首」 自分の首をトントンと軽快に叩いて、歯切れ悪そうに話すゾロさんに、最初は言っている意味が分からなかったけれど、少し考えて刀で斬られたところを言われているのだと、慌てて放棄を脇に挟んで両手をゾロさんの前で振る。 「違います、違います! こんなに髪を短くするの久しぶりで、首元が涼しくて落ち着かなくて触ってただけですよ」 「なら、いいが……」 納得したようにぶっきらぼうに答えて、気まずそうに頬をかいているけれど、そんなに気にしてくれていたのかと、逆に申し訳なくなってしまう。本当に気にしてないし、なんならゾロさんは自分の仕事を全うしただけなんだけどなぁ……。 「大分すっきりしたな」 「あ、はい、こんなに短くするの久しぶりでなんだか落ち着かないです」 「いいんじゃねェか? 邪魔だろ」 「いや、うーん、まぁ、そうですよね……長いと旅に支障きたしますし。それに、色々と気持ちをを切り替えるためにも良かったです」 「……厄落としってやつか」 「厄落とし──と言うより決意表明の方が強いかもしれません」 「決意表明?」 訝しげに眉を顰めるゾロさんを見上げて、まさか「違う世界に帰る決意です」なんて言えるはずもなくて曖昧に笑って返す。 「……行きたいところに行く決意ですかね」 「そういやァ言ってたなそんなこと」 考えるように空を見上げた後、ゾロさんは再びこちらを向く。 「どこに行きたいんだ?」 好奇心というよりも、今日は暑いですね、的な会話の一つだったんだろうけど、痛いところを突かれて、視線を合わせないようにカットした髪の残骸が散らばる床に目を落とす。 「それは、内緒です」 「内緒、ね」 ただの会話は警戒するようなものに色を変え、言葉は宙に溶け落ち、沈黙が場を支配する。気まずい空気から逃げるように、甲板に落ちた髪の毛を掃けば、今度は木の甲板と竹箒が擦れ合う音だけが小さく音を奏で続ける。数日にも満たないけど、多分ナミ以外で一番濃い時間を過ごさせていただいたゾロさんは、精悍な外見同様、警戒心も強いタイプなのかもしれない。詮索はしないけれど信用もしないというか……まぁ、わたしみたいな得体の知れない、ましてや海賊でもないのに海軍に追われてる人間なんて警戒しか出来ないだろうけど。 自分のカットされた髪の残骸をかき集めながら、いっその事、切られた髪と一緒に元の世界への気持ちも全て切り捨てて生きていけたら、どれほど楽か……と、忘れる事も、切り捨てる事も、諦める事も──捨てられるものなんか一つもないくせに、そう思わずにはいられなかった。 【 章一覧|TOP 】 |