海賊王が死んだ町

 ゴーイング・メリー号に乗船して二日目の朝が来た。昨日よりも風があるおかげか、船は海上を穏やかに遊覧船のごとく進んでいた。到底海賊船とは思えないゆるい空気は、潮風の香りと共に全身を優しく覆ってくれる。

「また値上がりしたの? ちょっと高いんじゃない? あんたんとこ」

 船尾付近で柵に寄りかかるように、キラキラと光る海面を眺めていた後ろから聞こえてきたのは、新聞を配達してきてくれたカモメに対してクレームをつけているナミの姿だった。……それにしても何度見ても思うけど、なんて知能の高いカモメなんだろう。新聞を配達してきてくれるのもそうだけど、ナミのクレームに対して困ったように翼で頭をかいている姿は人間のようにしか思えない。それにしても、配達員の帽子と服を身に着けている姿がとても可愛い。
 元の世界では考えられない新聞配達方法に、改めて感心していると、一通りナミのクレームを聞き終えたニュース・クーは空高く舞い上がり、次の配達場所へと優雅に羽を広げて飛んで行った。まだ言い足りないのか、不服そうな表情をしているナミに、ウソップくんが呆れたような声色で言う。

「なにを新聞の一部や二部で」
「毎日買ってるとバカになんないのよ!」
「そうかもしれないけど、さっきの配達員のカモメさんに言っても改善されないと思うよ?」
「だとしても言わないよりもマシでしょ」
「まあ、それはそうなんだけど」

 確かにナミの言葉は一理あるけど、やっぱりさっきの配達員のカモメに言っても意味は無いんじゃないかと思ってしまう。店員さんに言うようなものだし、そもそも人間の言葉が分かっていたとしても、伝えられるとは思えないけど。それともこの世界では動物も人間と会話出来るのかな。
 これ以上は何を言ったとしても、値上げへの怒りは収まらなさそうだから、巻き込まれるのだけは避けようと、申し訳ないけどナミの事はウソップくんに任せて、何か地平線に見えるものはないかと、再び、小さく揺れ動く海面を眺めていると、今度はウソップくんの絹を裂くような叫び声と、何かがぶつかるような音が聞こえてきた。何事かと思って後ろを振り向くと、両目を抑えてのた打ち回っているウソップくんと、いつ来たのか、近くにルフィくんが座っていた。そして、何故かナミのミカン畑を守るようにしてサンジさんが仁王立ちしていた。

「何だよいいじゃねェか一コくらい!!」
「だめだ!! ここはナミさんのみかん畑!!! このおれが指一本触れさせねェ。ナミさん、恋の警備万全です!!」
「んんっ! ありがと、サンジくん♡」

 サンジさんはいったいみかん畑の縁で何をしているんだろう? あのみかん畑ってナミとノジコさんの家にあったみかん畑だよね。まさかとは思うけど、ナミの代わりに守ってるなんてことは……いや、ナミの態度からしてありえるかも。
 ナミに使われてるようにしか思えないサンジさんの姿に、これはナミを止めた方がいいのか、それともサンジさんがとても幸せそうだから止めない方がいいのか、悩むところだ。ナミはナミで優雅にビーチチェアに座って新聞を読み始めているし。
 何があったのか、両目を押さえてのたうち回っているウソップくんを助け起こさなければと、ウソップくんの元に行こうとし時、ナミが持っていた新聞から一枚の紙が滑り落ちる。視線が自然と滑り落ちた紙へと注がれた時、地面にふわりと羽のように舞い降りた紙に載っていた顔写真と、名前に驚きの声が船の上に響き渡った。

「あれ? あの、これって……ルフィくんじゃ」

 WANTEDと書かれた紙はいくら日本語圏で育った私でも、世に言う手配書と言うものであることは分かった。わたしの英語力がそんなに低くなければの話だけれど。アーロンパークに捉えられていたから、勉強は進んでないし、忘れてしまっている部分があるから、絶対という自信はないけれど。
 確信がなくて、確認するように皆さんを見渡すと、見事にみんながみんな、三者三葉の反応をしていた。いの一番に手配書を手に取って掲げたのは、手配書に写っている張本人のルフィくんだった。

「なっはっはっは!! おれ達は“お尋ね者”になったぞ!! 三千万ベリーだってよ!!」
「やっぱりそれ本物?」
「紛れもない本物よ」

 わたしの疑問に答えるように、ナミが肩をがっくりと落としながら、今後の事で頭が痛いのだろう、額を右手で押さえながら答えてくれた。

「あんたらみごとに事の深刻がわかってないのね」
「深刻なの? 皆さん喜んでるよ?」
「ダメに決まってるでしょ! 手配書よ? 手配書!」
「うーん……そう、だよね」

 嬉しそうに笑い続けるルフィくん、後頭部がルフィ君の手配書の写真に写っていたことで喜んでいるウソップくん、自分が手配されていなかった事にいじけているのか、体育座りをしながらそっぽを向いているサンジさんを見て、良いことなのかと思ったけど、ここ数日一緒に過ごしても分かるくらいには、この船で一番の常識人であろうナミが言っている事が、他の皆さんには申し訳ないけど、一番正しいかもしれない。でも手配書云々抜きにしても、海賊の時点ですでに、あの……ダメなんだと思うんだけど。基準がいまいちわからない。
 元の世界と常識どころから世界観自体が全く違うせいで、なにが良くてなにが悪いのかよくわからなくて、とりあえず聞いてみようと、はしゃいでいるウソップくんに声をかける。

「あの、ウソップくん。手配書って良いことなの? ダメなことなの?」
「なに言ってんだよヒノデ? あのなァ、手配書っていうのは海賊にとっての箔みたいなもんなんだ。手配書が出たことは海賊として海軍に認められたことで、高ければ高いほどその海賊の危険度──強さをあらわすんだ!」
「そうなんだ……でも命を狙われるんだよね? 出ない方がいいんじゃないの?」
「ん?? 海賊なんだから手配書があってもなくても狙われるぞ」
「あ! そっか……そうだよね」

 言われてみれば海賊の時点で命狙われるのか、ならいっその事手配書出た方が箔も出るし、他の海賊からも強い海賊として認められるってことなのかな? ランク付けみたいな。変な話、メダルみたいな感じなのかな。

「船長さん以外も手配書って出るの?」
「おう! 出るぞ!! 船員にも手配書が出れば、今度はその船の総合懸賞金として海賊団として総合的な強さを測れるようになる」
「へぇ〜海賊の世界も色々あるんだね。難しいや」
「海賊っていうのは奥が深いんだぜ! そんな簡単にわかってもらっちゃ困る」
「ふふッ!! そうだね」

 得意げに胸を張るウソップくんは本当に海賊が好きなのかもしれない。海賊が好きっていうのもよくわからないけど、そもそも海賊をやる? なる? 理由もよく分からないけれど。でも、わたしが知らないだけで、きっとウソップくんの中では海賊はとても大切なものなのかもしれない。

「そしたらウソップくんも手配書早く出るといいね」
「おう! かっこよく撮ってもらわないとな〜」
「ヒノデ馬鹿なことを言わない!!」

 鬼のような形相で怒られて、口を両手で抑える。ナミ的には海賊でも手配書はアウトなのだろう。う〜ん……奥が深い。喜んでる皆さんと嘆いているナミとの差が激しくて。

「とにかくヒノデはこれ以上ウソップを乗り気にさせないで。それに、手配書が出た以上“東の海”でのんびりやってる場合じゃなくなってるのよ」
「ごめん……でも、のんびりやってる場合じゃないって?」

 手配書へのやる気を出させてしまったことを釘刺されて、謝りながらも、どうしてのんびり航海してはいけないのか分からなくて、首をかしげる。分からないことばかりで、わたしは本当にこの世界に対して無知なのだと思い知らされて、こういう時は不甲斐なさで心に暗い影が差す。

「海軍が追ってくる可能性があるからよ。本部だって動くし賞金稼ぎにも狙われる。特にこの東の海イーストブルーの中でこの金額はかなり高額よ。早めに東の海イーストブルーに入った方が賢明だわ」
「でも海賊な時点で追われるんじゃないの?」
「そうだけど……追いかけてくる海軍のレベルも賞金稼ぎのレベルも同じくらい上がってくのよ」
「なるほど……ってことは、もしかして今凄くまずい状況?」
「そういうこと。ヒノデだけでも分かってくれてありがたいわ。あいつらは喜んでるけど、かなり深刻な状況よ。だからヒノデもあいつらをのせないで」
「わ、わかった!」

 やっと皆さんとナミの手配書への温度差が理解できて、ナミ同様、心の中で頭を抱える。言われてみれば確かにそうだ。手配書の金額が上がれば上がるほど追ってくる海兵や、賞金首の強さのレベルも上がっていくのだろう。単純に考えてしまって、気分を乗らせてしまったことに罪悪感が募る。肩を落としていると、ナミが考え込むようにこちらを見ていた。

「そういえば、ヒノデの手配書は出てないわね……」

 まさかの言葉に、ナミの顔を凝視してしまう。

「海軍のネズミが言ってたじゃない。ヒノデのお祖父ちゃんの血縁者を見つけたって海軍に報告するって」
「確かに……トウシンさんがそんな事言ってたかも……。でも、わたしが海賊じゃないから出てないだけなんじゃない? ルフィくんはあの時点で海賊だって言ってたし」

 思案するように、顎に手を当てながら、ナミがちらりとわたしに視線をよこす。

「それならいいんだけど……」
「そうだよ! 報告するって言っても、手配書では出さないんじゃないかな!」

 自分の中にもある、言い知れぬ不安を上書きするように、言葉を紡ぎ続ける。不安が焚火のように燻り続けているけれど、考えてみても答えは出てこない。なら、今は手配書が出なかったことを安心する事しかできない。

「まあ、どれだけ心配しても、今は手配書が出ていないっていう事実しか分からないものね。考えるだけ無駄か……。それよりも今は目の前の問題ね」

 目の前に降りてきたルフィくんの手配書の事の方が一番の問題だろう、この先どう航海するのかを考えているか、思案顔のナミを横目で見つつ、わたしも海軍の事は心に留めとくだけにして、後ろではしゃいでいるルフィくん達に目を向ける。他の皆さんの手配書への盛り上がりようを見るに、ナミは相当苦労するんじゃないかと心配になってしまう。だって、「はりきって偉大なる航路グランドラインに行くぞっ!! ヤロー共っ!!」「うおーーーーっ!!」なんて、肩を組みながらラインダンスもどきを踊っている。ウソップくんの手配書の話ももちろん本当の事だろうし、同時にナミの心配も本当の事なんだろう。やれる事は少ないかもしれないけど、ナミ以外手配書をメリットとしか考えていないのは、それはそれでわたしみたいな無知な人間でもまずいことは分かったから、せめて船を降りるまでは少しでもナミの心労を減らそうと心に誓った瞬間だった。
 一人、心の中で誓いを立てていると、船首部分で前方を確認していたゾロさんの「島が見えるぞ?」という言葉に、船から落ちないように少しだけ海に身を乗り出して船首の方を確認する。ゾロさんが言ったように、地平線の先には、全容はまだ小さすぎてわからないけれど、確かに島が存在していた。

「見えてきたわね。あそこには有名な町があるの『ローグタウン』かつての海賊王Gゴールド・ロジャーが生まれ……そして処刑された町」
「海賊王が死んだ町……!!」

 普段とは違うルフィくんの覚悟のようなものが籠った声色に、ビクッと肩が震えてしまう。そういえば海賊王って言葉聞いたことがある……そうだ、友達が言ってたんだ。色々ありすぎて今まで忘れてたけど、この世界の漫画の事で言ってたっけ。海賊王……海賊の王様って意味かな? 海賊の王様って何だろう──考えてみもよく分からなくて、目の奥に憧憬のようなものを秘めて地平線の先を見ているルフィくんに、恐る恐る声をかけてみる。おかしな事を聞いていると思われたらどうしようとは思うけれど、知らないままの方が問題だ。

「あの、ルフィくん……海賊王って、その……」
「海賊王? なんだヒノデ、海賊王のこと知らないのか?」
「えっと、知らないというか、なんというか……どうして、そんなに楽しそうなのかな? と思って……」

 かける言葉を慎重に選びながら、しどろもどろになりつつ聞いてみるけど、あぁ……ルフィくんが不思議そうな表情をしている。この世界だと多分知らない方がおかしいことなのかも。話せば話すほどボロが出そうで、結局押し黙ってしまう。
 何も話さなくなってしまったわたしに、ルフィくんは意味が分からないとでもいうように、眉間に皺を寄せてたけれど、自分の中で何か答えが出たのか、ポンと手のひらを拳で叩いていた。何を言われるのだろう……恐怖心で身がすくむ。

「そういえばヒノデには言ってなかったな!」
「──……うん? 言ってなかった?」
「おう!」

 きっと何も知らないことを詰められると思っていたのに、自分の大事な宝物を見せてくれるみたいな、とても嬉しそうな表情をしているルフィくんに、今度はわたしが意味が分からないというような表情をしているかもしれない。

「海賊王になるのがおれの夢だ!!」
「……海賊王」
「そうだ! ワンピースを見つけた、この海で一番自由な奴が海賊王になれるんだ」
「ワンピースって……」
「ん? ワンピースは海賊王が残した宝の事だぞ」
「そ、そっか……」
「ヒノデ知らないのか?」

 この世界では当然の常識なのだろう、心底理解できないというような表情をしているルフィくんに、何かを言わなければと心は急かすが、下手なことは言えないと、何も言えずにいると、ルフィくんの大笑いが聞こえてきた。

「ヒノデは何も知らないんだな〜!! おれ達が居ないとダメだな!」
「うっ……ごめんね」

 世話が焼けるとでもいうように、うんうん、と頷いてるルフィくんに胸の底が鉛でも流し込まれたかのように重くなる。知識も常識も、知らないということが、どれだけ不安で、人に不信感を与えるのかを再確認してしまい、これからの旅路への恐怖が、沸騰したお湯から気泡が浮かび上がってくるように、とめどなく湧き上がってくる。
 恐怖で、冷や汗が噴き出てくる中、ルフィくんが太陽のような笑顔で話しかけてきた。

「ヒノデの夢はじいさんを超えることか?」
「え?」

 何を言われていのるか分からなくて、呆けた声が出てしまう。けれど、そんな私に気づかずに、ルフィくんは相変わらず太陽の下で、輝く笑顔で聞いてくる。

「だってヒノデの行きたい所って、帰りたい所なんだろ? それって家に帰るってことだろ」
「う、うん……広い意味でそうかな?」
「だろ? だったらそれは夢じゃないだろ」
「そうだね……」

 そうなのかな……。でもルフィくんの言うように家に帰るって夢ではないよね。何よりも叶えたい願いではあるけど、夢と言われると違う気がする。夢の定義がルフィくんの中でどういうものかは分からないけど。
 夢、夢か……わたしの夢。

「ヒノデは刀鍛冶だろ」
「刀鍛冶……うん、そう、だね」
「だろ? ならじいさんの事越えなくちゃな!」
「お祖父ちゃんを越える……?」

 今まで考えてもみなかったことを言われて、ぽかんと間抜けにも口を開けて呆けてしまう。目の前に居るルフィくんが海を背にしているせいか、海面の光の反射でキラキラと光り輝いて見えた。──いや、ルフィくん自体が光を発してるんじゃないかと思うくらいだった。あまりにも強い光を放っているようなルフィくんに、ある神話が頭をよぎる。太陽に近づきすぎた英雄は蝋で固めた翼を太陽の炎に溶かされて地に墜ちた、と言うギリシア神話の太陽のようだと思った。もちろん太陽はルフィくんで、蝋の翼を溶かされて地に墜ちる英雄はわたしだ。英雄ですらないけれど。
 直視したら焼かれてしまうのではないかというくらいの、とても強い覚悟と、夢へと突き進むことを一切恐れていない、煌々と燃える信念のようなものを秘めたルフィくんの瞳が、わたしの姿を鏡のように映している。

「未来の海賊王のクルーなんだ、じいさんを越えるくらいの刀鍛冶になってもらわないとな!!」

 にししっと、笑みを浮かべるルフィくんの目に自分が映っていることが耐えきれなくて、ゆっくり視線を自分の足元にうつした。今のわたしにルフィくんは眩しすぎる。
 島に行くどうか聞くナミに返事をするルフィくんの声を聴きながら、その場から動くことができなかった。

◇◇◇

 映画みたい。島に上陸して最初に出た感想だった。
 無事島に接岸できたわたし達は、ゴーイング・メリー号を人気のない岩場に停泊させて、始まりと終わりの町と言われているらしい、目的の地、ローグタウンに来ていた。英語で書かれたローグタウンと言う半円のゲートも、行きかう人達も、メイン通りであろう道の左右に建てられている建物も、やっぱり日本ではなじみのない物ばかりで、海外の有名な海賊映画を思い浮かべてしまう。正直観光気分だ。実際観光ではあるんだろうけど。
 わ〜……と映画の世界に入ったような気分で感動していると、ルフィ君を筆頭に、それぞれ気後れもせずにゲートを潜って町中に入って行ってしまう。わたしは一人で歩く勇気もなく、かといって目的もないうえ、お金もないので、ナミはどうするのか聞こうと横を向くと、ゾロさんがナミに何かを交渉しているようだった。

「おれも買いてぇモンがある」
「貸すわよ、利子三倍ね」
「え゛っ!?」
「……なんだよ」

 悪徳業者のような利子のつけ方に、思わず声をあげてしまう。訝しげに眉を顰めながらこちらを見るゾロさんに、これは流石に伝えるべきかと、口を開きかけたけれど、ナミの「余計なことを言うな」というのが言外に分かる笑みに、わたしの中の天秤はナミの方に傾いた。

「す、すみません……ゾロさんは何を買うんですか?」

 誤魔化すために話題を逸らすと、ゾロさんは右の腰に差している刀に視線を向け、手を添える。

「刀を二本買いてェんだ」
「刀ですか?」
「ああ、おれは三刀流だからな。腰のおさまりも悪ィし」
「三刀流……」

 言われてみれば、アーロンと戦っていた時両手に一振ずつ、なぜか口に一振構えてた。口に刀を構えるとか顎とか歯とか色々大丈夫かとは思うんだけど、あと単純に刀の柄が一番心配。ただ、こちらの世界に三刀流と言う流派が存在するなら何も言うことはできないけれど。

「ココヤシ村に残ってなかったですか? わたしが打った刀。ゾロさんが求めてるような良い刀ではないですが、繋ぎとして──」
「使わねェ」

 間髪入れずに拒否されて、肩が震えた。静かな怒気を帯びた声は、確かな拒絶を表していた。

「そ、そうですよね……すみません」
「あー……ちげェ、勘違いすんな。ヒノデの刀が嫌とかじゃねェ」

 待てと、言うように片手で制しながら、ゾロさんは続ける。

「お前の腕を疑ってるわけじゃねェ。あの人間を見下してるアーロンが打たせてたくらいだ、刀の方は信頼してる。だけど刀の質とおれが使うかは話が違う」
「違う?」

 疑問の声にゾロさんは私に一度視線を向けた後、噛み締めるようにゆっくりと目を閉じて頷いた。

「あんなところで奴隷みたいにヒノデに打たせてた刀──どんな刀だったとしても使う気はねェ。胸糞悪ィ。なにより」

 ゾロさんの閉じていた眼が、鋭い視線でわたしを射抜く。

「お前の前で使いたくねェ。思い出すだろ色々」

 あ、と声が漏れる。そんなこと気にしていてくれてたのか。てっきりわたしみたいな小娘の腕は信用できないとかだと思ってたのに、わたしの気持ちを汲んでくれてのことだなんて思ってなかった。

「あんたねェ……そうだとしても言い方ってもんがあるわよゾロ」
「あァ? 別に変な言い方なんかしてねェだろうが」
「言い方がきついって言ってるの! ヒノデが怯えてるでしょ」
「……そうか?」

 窺うように見られて、小さく首を振る。

「……そんなことはないので、気にしないでください。むしろそこまで考えてくださってありがとうございます」

 出会った時から一貫して、口調は荒々しいけれど、こちらを気遣ってくれる優しさがむずがゆくて、口元がむずむずと蛇のように動いていて、おかしな笑みを浮かべてしまっている気がする。そんな顔を見られたくなくて、深くお礼と共に頭を下げた。

「……勝手におれがしたことだ。お礼を言われるようなことじゃねェよ」

 頭をあげた先に居たのは、微かに耳のふちを赤くしながら、誤魔化すみたいに首の後ろを撫でるゾロさんで、ますます口元が緩んでしまう。ゾロさん見た目は強面だけど、中身は優しい人なんだろうな。じゃなきゃ、ルフィくんみたいな人が仲間にはしないか。
 わたし達のやり取りを、呆れたように見ていたナミが片手で額を抑えて溜息を吐いている。

「もういいわ。とにかくゾロはただでさえ顔が怖いんだから、女の子に対する言い方くらい気をつけなさい」
「……喧嘩売ってんのか」
「顔が怖いのは事実でしょ」

 一歩間違えれば険悪になりかねないやり取りなのに、二人はとても気やすい雰囲気で、その様子が二人の信頼関係を表していて、笑い声が漏れ出てしまう。

「……何笑ってんのよヒノデ」
「二人とも仲良しだなって思って」
「仲良しって、ガキかおれ達は」

 呆れたような口ぶりのゾロさんに、思ったことを言っただけなんだけど、ダメだったかな? と、小首をかしげる。本当に仲がいいと思ったから言っただけなんだけど。

「はァ〜、もういいわ。とにかくお金ね。利子三倍。忘れんじゃないわよ」
「ありがとな」

 ナミからお金を受けとったゾロさんは、何の疑いもなく受け取っていたけれど、利子三倍の方もっと気にした方がいいと思う。仲がいいとは思ったけれど、お金に関してのシビアさは変わらないらしい。
 背を向けて街につながるゲートに向かったゾロさんの大きな背中を見送って、わたし達も海賊王が亡くなったという街へと向かう。

「いい下着売ってるといいわね〜」
「ナミ下着買うの?」
「買うのはヒノデ、あんたのよ」
「どうして!?」

 口を突いて出た、驚きの声にナミは満面の笑みで言葉を続ける。

「言ったでしょ? ランジェリーショップに行くって。お金はあるから気にしないで。それに、真面目な話、航海するには下着が少なすぎるから」

 さ! 行くわよー!! というナミの掛け声と共に、腕を掴まれたわたしは引きずられるように、街へと向かった。


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