遠ざかる背中 突然現れたゾロさんに驚きつつも、わたしに向けられていた銃弾がいつまでも飛んでこないことに気づき、ゾロさんから視線を外して、わたしに向けられていた銃口を見ると、銃口からはちゃんと薄く灰色の硝煙が上がっていた。なら銃弾はどこに飛んで行ったんだろう? そう思っていたら、わたしの肩を抱いていない方の左手にはゾロさんの愛刀が握られていて、刀が構えられている地面を見ると、そこには銀色の銃弾が真っ二つになって転がっていた。 嘘でしょ。そんな言葉が頭をよぎるが、事実は小説より奇なりなのかもしれない。斬ったんだ……飛んできた銃弾をその刀で。 あまりにも現実離れした光景に、事実という点では理解しつつも、常識という部分では理解できなかった。 未だにわたしを守るように痛いくらいに右肩を抱いて、きつく胸元に引き寄せてくれているゾロさんを見上げると、額にゾロさんの息がかかるほどの距離で、猛禽類のような鋭い目をこちらを見ていた。眉間に寄せられていた皺が三割り増しくらいになっている。 「──撃たれたのか」 わたしの左肩を見て、ゾロさんの額に青筋が浮かび目つきはさら剣呑なものへと変わる。更に肩を抱く手に力を込められて、痛みに声が漏れると、少しだけ肩を抱く力は弱まったけれど、体はますます引き寄せられて、殆どゾロさんの首元に顔を埋めるような形になってしまった。更に強くなったゾロさんの匂いに、少しずつ現実が自分の体の中に戻ってきたのを感じて、早鐘を打っていた心臓は、安心感でゆったりと元の心音に戻っていった。 「あいつ知り合いか」 「いえ、知らない人です……初めて会いました」 前を見据えながらも、相手に聞こえないように少しかがんで耳元に口元を寄せて聞いてくるゾロさんの吐息がくすぐったくて微かに震えながら、小さく首を振りながら答える。男性の方を見ようと頭を動かそうとしたら、見るな、とでも言うように更に抱きしめる力が強くなって、ゾロさんの事を巻き込んでいるという不安で、ゾロさんの胸元あたりの服を握り締めてしまう。 「でも……敵だろ」 普段よりも一層低い声でわたしに告げると、ゾロさんはわたしの肩から手を放し、守るように男性から隠す様にゾロさんの背中に隠された。男性とわたしの間に立つゾロさんのおかげで、わたしからはゾロさんの逞しい大きい背中しか見えず、男性がどんな表情をしているのか、そしてゾロさんもどんな表情をしているのか分からなかったけれど、後ろ姿からでも分かるほどゾロさんの雰囲気は怖いほど張りつめていて、守られているわたしですら身がすくむほど殺気立っていた。 「邪魔も入ったし、私は失礼するよ」 「出来ると思ってんのか」 相変わらずこの場に似つかわしくない鈴の音のような透き通る声が、更にわたしの恐怖心を煽って、ゾロさんの背中に縋りつくように洋服を握りしめてしまう。だけど、このまま男性を逃がすわけにもいかない。なんでわたしの名前を知っているのか、そしてなぜわたしに殺意を抱くのか……ここで逃がすわけにはいかない。 「ゾロさん、わたし……!!」 「お前は後ろに居ろ」 左に握りしめている刀を口元に加え、この島に着いて買ったんだろう新しい愛刀を両手に構えた。肌を突き刺すような緊張感が高まり、立っているのも辛くなる。ゾロさんはあくまでわたしを戦わせないつもりらしい。 一歩ゾロさんが前に踏み込もうとした時、何故かすぐにわたしの方を振り返ったと思ったら、突然正面から抱きしめられて、飛び込むように曲がり角に体を滑り込ませた。ゾロさんが衝撃を最小限に抑えてくれたとはいえ、地面に体を打ち付けて、胸が詰まってせき込むけれど、さっきまで居た行き止まりの道から爆音と共に、瓦礫と粉塵が竜巻の様に狭い路地裏に溢れかえったのをみて、背筋が凍る。 「息止めろ!!」 鋭い声と共に、瓦礫や粉塵からわたしを守るようにして上から地面に押し倒す様に抱きしめてくれているゾロさんの声があたりに響き渡る。どうしよう、わたしのせいでゾロさんが怪我をしてしまう。ゾロさんに抱きしめられる中で、自由な左腕を空へと伸ばす。心臓が、細胞一つ一つが沸騰しているかのように熱い。左腕を蛇のように紅い血が空へと昇っていく。手のひらまで登り切った血は、蕾が大輪の花を咲かせるようにわたし達を包み込むように丸く紅い鉄のドームを作った。 雨ように降ってきた爆発で粉々に吹き飛んだ瓦礫や粉塵を、盾はちゃんと機能してくれたのか、暗いドームの中で降り注ぐ瓦礫の音を聞いているだけだった。 ミサイルが降ってきたような錯覚を覚えるほどの爆発の被害は、ようやく鳴りを潜め、路地裏は静寂に包まれ、わたしとゾロさんの息遣いだけが紅い空間の中で微かに息づいていた。 「もう大丈夫か? ヒノデ能力解け」 「は、はい」 爆音で耳の奥がキーンと耳鳴りがしながらも、聞き取れたゾロさんの言葉に、胸の内で戻って来いと、念じていると、硬化した血液はパシャっと液体へと変わり、左肩へと戻っていった。ココヤシ村でも思ったけれど、一度外に出した血液が体の中に戻っていく感覚は、何かが直接体の中を這っていくような感覚で、体が震えてしまう。 能力を解除して、見た景色は酷いものだった。スラム街でももっと綺麗だろうと思うくらい、瓦礫の山と、砂埃がいまだに少し舞い上がっていて、せき込んでしまう。ゾロさんも体を上げても平気だと確認したのか、わたしを守るように抱きしめてくれていた体を起き上らせると、右腕を掴んで立ち上がらせてくれた。 「あ、ありがとうございます……」 「怪我は、大丈夫か?」 血で傷口を塞いでいる左肩を、険しい目つきで確認しながら聞いてきたゾロさんに、左肩に手を添えるけれど、傷口は完璧に塞いであって、弾丸も貫通しているはずだからこれ以上の治療は必要ないのではないかと胸の内で納得する。痛みは和らいでいないし、少し動かすだけで呻き声をあげそうになるけれど、この短時間の間に起こった出来事で感覚が麻痺しているのか、どこか他人事のような気持ちだ。 「大丈夫です、傷口も塞いでくれているので……」 「だとしても撃たれてんだぞ、お前」 「それはそうなんですけど……わたし能力のおかげで本来な治り早いのですぐ治ってしまうと思うので大丈夫です」 「そういう問題ではねェと思うんだが……」 呆れたように呟くゾロさんに、苦笑する。治ればいいという考えはよくはないのかもしれないけれど、この世界でなんの能力もない私が『生き残る』という一転に置いて、これ以上はないという能力だとは思ってる。戦う力に関しては推して知るべしという感じだけれど。左肩を庇いながらあたりを確認して、はたと、ゾロさんが怪我をしていないかどうかを確認していないことに気づいて、慌ててゾロさんの二の腕を掴んで体を乗り出す。 「わたしの事よりゾロさんは怪我とかはしてないですか!? あのわたし守ってもらってばかりで、怪我は、怪我はしてないですか!?」 「おい、落ち着け。大丈夫だ、お前が爆発の被害を防いでくれていたお陰でな。ありがとな」 「そんな、わたしなんて、助けてもらってばっかりで……。ゾロさんを危険な目に……!!!」 関係ない戦いに巻き込んでしまった事でパニックになっているわたしを落ち着かせるように、ゾロさんはわたしの両肩にそっと手をかけると、身を乗り出すように迫っていたわたしを優しく引きはがす。 「それよりもここから離れるぞ。人が来る」 そう言うとゾロさんは何故かしゃがみ込むと、わたしの背中と膝の後ろに手を添えたと思ったら、その勢いのまま肩に担ぎあげられた。 「逃げるぞ」 「え! ゾロさん!?」 急に方に米俵のように担ぎ上げられて、抗議の声を上げようとするが、それよりも早くゾロさんが走り出す。肩に担ぎあげられたことにも抗議の声を上げたがったが、それよりもズボン越しとはいえ、太もも近くを覆うように腕で支えられていることが一番恥ずかしかった。けれどゾロさんが走ることによって圧迫されるお腹の痛みで声を上げることは出来なかった。 ◇◇◇ しばらく走ってたどり着いたのは元のメイン通りに面している路地裏だった。遠くない場所から聞こえてくる喧騒が、やっとわたし達が命のやり取りをしていた異常な空間から脱出できた事が分かって、浅くなっていた呼吸は元の呼吸へと戻っていく。 ゾロさんは後ろを振り返り、追手が来ていないことを確認すると、わたしの体はゆっくりと地面に下ろしてくれた。 「ここまでくればいいか」 「あ、ありがとう、ございます……」 走っている最中に肩の上で揺られたせいで、圧迫されていたお腹を両手でいたわるように擦りながら、ゾロさんにお礼を告げるが、ゾロさんは厳しい目つきのまま辺りを見回した後、未だに下ろされたままの場所で棒立ちのわたしに視線を向けてくれる。 「あの……ゾロさん?」 未だに気持ち悪さが抜けない中、眉を顰め、目を細めながらこちらを見てくるゾロの真意を測ろうとするけれど、良い事ではない事だけは、気持ち悪さでぐらつく頭でもよくわかった。 「それであいつは一体なんなんだ。あんなヤバいの目を付けられるって……お前一体なにした」 凍てつくような、自分に害をなす敵を見るような目で射抜かれて、指先が冷えていく。 「何したって……そんな! わたし、あの人……今日初めて、会ったんです。記者だって言って、だから! 名前も知らなくて……」 本当なんです。本当に今日初めて会ったんです。 そう、気持ちを精一杯込めてゾロさんを見上げても、疑念を抱いた視線が私を射抜き続けるだけだった。 何も言うことが出来なくなって、ゾロさんの視線から逃げたくなって、視線は自然と逃げるように地面を向く。そんな、逃げ腰なわたしの態度に呆れたのだろう、頭上から思い溜息が降ってくる。 「お前が何を隠してるのかは知らねェ。ただなそれがクルーの命を無意味に危険機晒すようなことなら黙ってるわけにはいかねェんだよ」 「ちがっ!! わたしそんなつもりじゃ──」 「お前にそんなつもりが無くても、さっきの相手はそうじゃなかったようだが」 相手というのはさっきわたしを攻撃してきた男性の事だろう。でも本当に何も知らない。むしろわたしだって、何であの人がわたしを知っているのか、この世界でわたしを知っている人達なんてココヤシ村の人達くらいしかいない。わたしを知っている人なんていない──居ちゃいけないんだ。 でもその事情をゾロさんに説明することは出来ない。説明したら今度こそナミ達をどんな恐ろしい事に巻き込ませるか分からない。ただでさえ、今さっき得体のしれない人に命を狙われたんだから。 どこまで話して、どこまで話してはならないのか考えつかなくて、口をもごもごと無意味に動かすだけで終わってしまう。無言は肯定の意だと示してしまうのに。 「お前が何もしていないと思っていても、相手も同じとは限らないだろ。お前が無意識にやっていることが相手の癪に触っていることもある」 「そんな!! わたし本当に初めて会ったんです!! 嘘なんか、言ってない……」 どれだけ訴えても、ゾロさんの凍てつくような冷たさを内包した瞳は変わらない。 ゾロさんの言っていることは分かる。わたしがゾロさんの立場なら、わたしを信じようとはしない。気持ちは分かる、だからこそ、こんなにも胸が痛くなるほど辛い。 「とにかくお前が隠してることを全部話せ、おれには話せなくてもナミには話せるだろ。さっきの奴のことはその後だ」 ナミに話すだなんて、そんな事──できない。 優しさで言ってくれていることは分かってる。自分よりもナミの方が話しやすいと、そう思っての譲歩した提案であることも。 だからこそ、ナミに話すことだけは出来ない。やっとアーロン一味からの呪縛から解放されて、自分の夢に向かって、ルフィくん達という素敵な新しい仲間と共に海へ出れるのだから、だからわたしの事なんかで悩ませたくない、背負わせたくない。 「しらない……わたし、なにも、しらない……隠してなんかないです」 例えこの優しい人に嘘をついてでも、わたしはわたしの事を誰にも背負わせたくない。それがこの世界にとって、異物な存在であるわたしに出来る唯一の事なんだ。わたしの事を誰かに背負わせるわけにはいかない。それが今できるわたしの精一杯の意地だ。 嘘をついていることはきっとゾロさんに気づかれてるだろう、それでもゾロさんは何も言わない。どんな表情をしているのかさえも、度胸のない臆病者のわたしは、怖くて顔を上げることも出来なくて、服の裾を強く両手で握りしめる。自分の足が視界に入って、胸の中を黒いものが覆いつくす、この足で探すんだ元の世界に帰る方法を。これから誰にも言えない秘密を抱えて。 重い沈黙だけが、体に確かな重力を持ってのしかかっているような感覚に、口を開くのさえも億劫で、ひたすら押し黙っていると、ブーツの固いソールが地面を擦る独特の音に反射的に顔を上げると、先程までわたしの方を向いていたゾロさんは今はわたしに背を向け、町中の喧騒へと歩き出そうとしていた。 「あ……」 何で背中を向けているのか、何で追及してこないのか、追及されたら困るのはわたしなのに、浮かんでくる疑問は消えることは無くて、だけど言葉にする勇気もなくて、中途半端に開いた口は言葉を発することが出来ない。どうしていいのか分からなくて、背中に縋るように伸ばしかけてた手を行動に移すことは出来ず、伸ばした手の先を数度動かした後、胸元で両手を握りしめる事しかできなかった。 もうただただ、ゾロさんを見送ることしかできなくなって、わたしを守ってくれた大きな背中だけを見つめていると、町の明るい場所へと一歩踏み出す前に、ゾロさんが太陽の逆光で表情は暗くて見えなかったが、こちらを振り返る。 「お前は強い奴だと思ってたが──」 ──見込み違いだったみたいだな。 吐き捨てるように言われた言葉は耳に入ってきても、どういう意図で言われた言葉なのかは理解できなくて、でもゾロさんがわたしを見限ったと言う事だけは、突き放すような声色から嫌でも分かった。 町中へと消えて行ってしまったゾロさんの背中を見送ったわたしは、その場から一歩も動けなくなってしまって、路地裏の壁に背中を預けるようにながらずるずると地面に座り込む。メイン通りの明るさも、沢山の人の明るい話し声も、全部視界にも耳にも入れたくなくて、カメが甲羅に籠るように膝を抱え込んで、きつく目を閉じた。 それでもさっきのゾロさんの言葉と振り返った姿だけは、どれだけきつく目を閉じても、耳が痛くなるほど手で塞いでも頭の中に姿も、声も、わたしを抱きしてめてくれた体温も、匂いも何もかもが脳裏にこびりつく。 「一緒に居たいなんて言えるわけない……!!」 口から出てきたのは、反吐が出るほど自分勝手な言葉だけだった。 【 章一覧|TOP 】 |