夢へと導く灯 降りしきる雨の中をゾロさんに米俵のように担がれて運ばれる。 相変わらずお腹への断続的な不動が地味に痛い。 「ゾロさん降ろしてください! 自分で走ります!」 さっきから何度も降りて走ると訴えているにもかかわらず、ゾロさんは一向に降ろしてくれる気配がない。もう船に乗らないと言って逃げるつもりはない、なのにいつまでもゾロさんは人一人を担いでいるとは思えないほどの速さで、船が停泊している港向かって走っている。 何度目かの私の訴えでようやくゾロさんは返事をくれた。煩わしそうにしている感じからして、いい加減うるさいと思ったのかもしれない。 「お前走れるのか?」 「走れます! 怪我をしたのは肩だけですから……」 怪我をした部位を知っているのに、わざわざ聞いてくる理由が分からない。肩は気を張ってないと痛みに悶えてしまいそうだけれど、足を怪我しているわけじゃないから走ろうと思えば走れるのに。 わたしが疑問に思っていることに気づいたのだろう、直ぐにゾロさんから疑問の答えが返ってくる。 「例えばおれがヒノデを降ろしたとして、ヒノデ、お前おれの足に追いつけるか」 そう言う事か。答えなんてわざわざ考えるまでもなく無理に決まっている。それをゾロさんも分かっているから抱えて走ってくれているんだろう。そもそもこの世界の人達の身体能力は、元の世界の人達と比べて異常だ。体の作りと言うより生き物として根本から違う。そうでなくても、わたしは運動神経は悪くはないが、だからと言って良くもない、平均を地でいくタイプだ。こんな速さに追いつけるはずがない。 何も言わないわたしにゾロさんは一つため息を吐く。 「黙って担がれてろ」 「すみません、ありがとうございます……」 申し訳なさが先に立つ。この島に上陸してから、いやココヤシ村に居た時からゾロさんには特に迷惑しかかけてない気がする。まだわたしには実行できる力は無いけれど、いつか今までの恩を返すことが出来たら、と胸の内で決意を固める。 もう何も言わずに動かないでいることがゾロさんに迷惑をかけない唯一の事だと思い、黙ったまま自転車にでも乗ってるのかな? と思える速度で流れる景色を見ていると「お!」という何かを見つけたようなゾロさんの声が背中越しに聞こえてきて、なんとか上半身を少し動かしながらゾロさんの背中越しに港へ続く道を見ると、そこにはルフィくんとサンジさんがわたし達と同じように船へと向かう道のりを走っていた。 二人に気づいたゾロさんは、更に走る速度を上げ、二人に並走するように横に並ぶ。二人の背後からは一体何をしてしまったのか、沢山の海兵さん達が追ってきていて、ゾロさんの背中側に上半身が位置しているわたしは、必然的に海兵さん達と向かい合う形になってしまっていて非常に気まずい。 「おい、ゾロおまえどこに――」 横に並んだわたし達に気づいたのか、サンジさんが走りながらこちらを向いたと同時に、はぁあああ!? と何を見たのか、大声を上げたので思わず顔をしかめながら両手で耳を塞ぐ。 「おま、おまっ……誰の許可を得てヒノデちゃんを担いでやがるッ!!!」 許可……。サンジさん、わたしを担ぐのにそんな大それたものは必要ありませんよ。口には出さないものの、何とも不思議なサンジさんの反応に疑問を覚えながらも、賑やかなやり取りを見ていると、サンジさんはわたしの上半身から下半身辺りまで観察するように見ていた。一通りわたしを見ると、再びサンジさんが鬼の形相で怒り始めた。 「お前ヒノデちゃんに何しやがったクソマリモ!! 何でヒノデちゃんの目が腫れてんだ!? 何で怪我してるんだ!!!」 「色々あったんだよ!」 「色々ってなんだ!? 何しやがった!」 「黙って走れ!!」 走りながら喧嘩しているゾロさんとサンジさんは疲れないんだろうか。そもそもゾロさんはわたしと言う荷物を担いでいるのに息一つ見出していない、何度考えてもやっぱり同じ人間とは思えない。どういう体のつくりをしているんだろう。 何を言っても聞き入れないゾロさんに対してひとしきり文句を言いながらも、前を見据えて走り続ける。雨風は更に勢いを強め、わたし達は完全にぬれねずみ状態だ。 「しつこいなあいつら、止まって戦うか」 「やめとけ、キリがねェ。それにナミさんが早く船に戻れっつってたんだ」 いつまでも諦めずに追ってくる海兵さん達に痺れを切らしたルフィくんを制していたと思ったら、数秒前とは全然違う語尾にハートマークが付いた声色に代わったサンジさんに、何を見たのかと軽く体をひねって走っている前方の方を見ると、わたしより年上だろう……黒髪のショートカットに刀を携えた、凛とした雰囲気の綺麗な女性がロロノアさんという方の名前を呼んでいた。ロロノアさんって誰だろう。 「あなたがロロノアで!! 海賊だったとは!! 私をからかってたんですね!! 許せないっ!!!」 「お前あの娘にまで何をしたァ!!!」 「サンジさん、あの……落ち着いて! あとわたしは別に何もされてないので」 「てめェこそ海兵だったのか」 どうやらロロノアさんという方はゾロさんの事だったらしい。そう言えばわたし皆さんの名字知らない……ルフィくんくらいしかまともに聞いてない気が。それにこの世界、その……孤児の方も多いらしいから、名字自体無い人も居るので相手から自己紹介してくれない限り、名字は聞きづらいんだよね。 口ぶりからどうやらゾロさんもその女性を知っているようで、海兵って言ってることから見るに、恐らく出会った時はお互いにお互いの事を知らなかったのかもしれない。だとしても何をどうすれば海兵と海賊でお互いを敵と認識しないで関われたのかは謎である。どういう出会い方をしたんだろう。 「名刀“和道一文字”回収します」 女性の口から紡がれた名刀と言う単語にゾロさんの腰に差してある刀に目を向ける。鞘に入っているから刀身は見えないけれど、良い刀だと思う……三口とも名刀だろう。どの刀の事を言っているのかは流石に分からないけれど、恐らくその中の一口は妖刀だと思う。これでも物心つく前からお父さんやお母さんに怒られながらも、お祖父ちゃんが刀を打っている時に鍛冶場に忍び込んでいたんだ、どの刀が妖刀かどうか見抜くくらいの審美眼は持ち合わせてる……筈だ。 刀の方に意識を取られていて、ゾロさんに再び体を持ち直されたことに気づいたときには、わたしは既にサンジさんの腕の中に押し付けられていた。 「こいつを頼む」 「いきなり渡すんじゃねェ! レディーはソフトに扱いやがれ!」 「ゾロさん!!?」 突然サンジさんに押し付けられたわたしも、押し付けられたサンジさんも驚いて、驚愕の声と非難の声を上げるが、既にゾロさんは女性海兵さんとお互いの愛刀を交えていた。 「先行ってろ」 「おう」 信頼の証だろう、短くルフィくんと短く言葉を交わすと、激しい刀の打ち合いが始まる。凄い……あの女性海兵さん、ゾロさんの見るからに重たそうな斬撃を受け止めてる。相当な力で打ち付けられている筈なのに。そして相変わらずサンジさんはゾロさんに対して怒っていた、ルフィくんに引きずられながらも。 それよりも、今はサンジさんに抱えられている……いや、横抱き──お姫様抱っこされている方が問題だ。 「サンジさん降ろして下さい! わたし自分で走ります!!」 もう追いつけるか追いつけないかとかじゃない、ゾロさんの時は荷物同然の様に担がれていたからいいけれど、これは違う。この持ち方はまずい。顔が赤くなっているのが鏡を見なくても分かった。 わたしの声に気づいてサンジさんはこちらを見てくれたが、降ろすどころか先程よりも力強く持ち直される。その表情は非常に嬉しそうだ……満面の笑みである。 「何を言ってるんだヒノデちゃん! 君の事はおれがしっかり船まで運んでみせるさ! だから安心しておれに抱き着いてて構わないんだよ〜!!」 「あの、ちが……」 否定しようにも、サンジさんは満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに走っていて、これ以上口を出すことは出来なかった。もし降ろしてと言ってもサンジさんは聞き入れてくれないだろう。本当に荷物にしかなっていない。そんな自分に不甲斐なさを感じながらも、嬉しそうに微かに笑い声を漏らしながら走るサンジさんに抱えられながら居ると、前方に誰かを見つけたのか、二人が声を上げた。 「何だ、誰かいる!!!」 「またか」 「海兵さん、ですかね?」 前方でわたし達の前に立ち塞がるように立っている男性に目を向ける。大柄でお世辞にも人相がいいとは言えない、険が濃い顔立ちをした白髪のオールバックの男性は、他の海兵さんが着ている元の世界で言うセーラー服ではなく、大胆にもインナーシャツを着ずに、地肌の上から直接ジャケットを着ている。失礼だとは思うけれどその姿はとても海兵さんには見えないし、下手をしたらルフィくんやサンジさんよりも海賊らしい感じがする。 だけど男性の口から発せられた海軍本部大佐という単語に、背中を嫌な汗が伝う。 「お前を海へは行かせねェ!!!」 絶対に捉えてみせると言う確固たる信念を持った瞳で、両腕をこちら側に伸ばしてきたと思った瞬間には、男性の両腕が煙に変化するという、人間業とは思えない力でルフィくんの胴体を煙が捉えていた。 「てめェ…」 「ルフィくん!!」 自信はないけど多分悪魔の身の能力者なはずだ、でもどういった能力なのかが分からない。わたしやルフィくんみたいな体が変化するタイプなのだろうか。 まずい、悪魔の実に対しての知識が少なすぎる。 「ヒノデちゃんごめん! 少し待っててくれ」 「は、はい!」 援護に向かうためには、わたしを抱えたままでは戦えないからだろう。優しくわたしを地面に降ろすと、サンジさんは男性に向かっていく。こういう時、わたしは何もできないのが歯痒くて唇を噛み締めた。 「このバケモノがァ!!!」 振り上げた足は確かに男性に直撃した筈なのに、ダメージには至らなかった。何故なら──。 「体そのものが煙になってるの……?!」 確実に入った上半身への蹴りは、男性の服ごと煙になったせいで全く効いていなかったからだ。体自体が煙になるって……わたしやルフィくんとは能力の質が違い過ぎる。ルフィくんはゴムだから打撃は効かないらしいけど、刃での攻撃は効くし、わたしだって治癒能力は高いけど体に攻撃されたら傷つく。でも男性側からこちらを選別して捉えたり攻撃することは出来るけど、わたし達側からの攻撃は体を煙と化して攻撃を通さないことが出来るのかもしれない。こんなのどうやって戦えば。 蹴りを入れたサンジさんはそのまま煙捉えられて、壁に叩きつけられてしまう。 「サンジさん!!!」 どうしよう助けに入るべきか、でも物理攻撃が効かない以上わたしの攻撃なんて意味が無いだろう。むしろ中途半端にしか能力を使いこなせないわたしの攻撃なんて、二人の足手纏いになりかねない。 どうするべきか分からなくて動けないでいると、男性の目が今度わたしを捉える。 「お前もこいつらの仲間か?」 敵意をむき出しにした視線を向けられ、数秒言葉に詰まるが、数十分前のゾロさんの言葉が頭をよぎる。 そうだ、この人たちと一緒にこれから旅をするのなら、わたしがするのは一つだけだ。勝てるか勝てないかじゃない──やるんだ。 既に傷が塞がり始めてる左肩から一気に血液が噴き出しながら一滴一滴、遺伝子一つ一つがわたしの意志を汲んだように動き出す。 「悪魔の身の能力者か」 海兵さんに地面へと頭をたたきつけられているルフィくんを取り戻さないと。 肩から流れ出た血液は意思を持ったようにわたしの周りを鞭のように動き始める。軽く深呼吸して目の前の男性に目を向けた。わたしの攻撃が男性を傷つけることはあの能力的にないだろう、ならやることは一つだけだ。 頭の中で血液を自在に動かす自分をイメージする。手となり足となり私に力を貸してくれる血液をイメージすると、肩を中心に散会していた血液は手のひらの前に集まり、球体へと形を変える。行け!! と心の中で念じると、凝固した血液で出来た球体が男性へとスピードを上げて向かっていく。だけど男性の体に当たった瞬間体が再び煙と化してダメージを与えることは叶わない。だけど元々倒すのが目的で攻撃したわけじゃない、男性に当たった瞬間左手をぐっと握りしめる。 「血液を自在に操れるのか……!!」 男性に当たった紅い球体は、そのまま男性の体の中心で竜巻のように丸く渦を巻いた。想像通りに男性の体は煙となって離散してくれた。物理攻撃が通らないなら変な遠慮をする必要はない。男性を離散させた役目を果たした血液を、再び肩の傷口から体内に戻して、男性の煙の腕から解放されたルフィくんの安否を横目で確認してから、壁に叩きつけられたサンジさんにの元に走り寄る。 「サンジさん怪我は!?」 「大丈夫だ、悪いヒノデちゃ──!!!」 わたしの背後を見て何かに気づいたように、サンジさんは表情が驚愕へと変えると、素早く胸元に引き寄せられていた。背中から感じたのは、人の体とはまた違った感触だったけれど、それとは裏腹に確かな重みをもった衝撃が背中に打ち込まれ、サンジさんに庇われるようにして建物の壁に叩きつけられた。心臓が直接手で握りつぶされたような衝撃に、数秒息がつまり、ようやく呼吸が出来たとしても咳き込んでしまう。咳き込んでいる背中を、わたしよりも衝撃が大きかったはずのサンジさんが、怪我をしてないか確認しながら優しくさすってくれる。情けない、助けに入ったつもりが結局助けられてる。 急いでサンジさんの上から退いて、ルフィくんは逃げられただろうか、そう思い、さっきの攻撃で痛みを訴える体を無理矢理動かそうとした時、冷たい風が頬を撫でたかと思うと、次に待っていたのは心臓が浮くような独特の無重力感だった。突然の浮遊感に驚く暇もなく、浮き上がった体は港に向かって吹き飛んでいた。視界が風を受けて洗濯機のように回る中、受け身を取るなんて高等な芸当が出来るはずはなくて、着地の時は無様にも、ゴロゴロと雨で濡れた冷たいアスファルトの上を転がった。 背中どころか全身に広がった痛みに、なんて厄日なんだろうと思いながらも、這いつくばりながら立ち上がろうとする。今の突風で恐らくわたし達も海軍の人達も含めて吹き飛んだはずだ。それなら今が逃げるチャンスだ。早く立って状況を確認して逃げないと。 何とか立ち上がって、ルフィくん達の無事を確認しようとした時、再び視界が反転すると、再び感じた腹部への圧迫と太腿の裏に感じる人肌の体温に、抗議の声を上げようとするが視界が上下する気持ち悪さと、腹部への圧迫に声を上げることは出来なかった。 「ルフィ走れ!!! 島に閉じ込められるぞ!!! 馬鹿でけェ嵐だ!!!」 「てめェよこせ! おれがヒノデちゃんを背負う!」 「そう思うならちゃんと担いでろ!! 何でこいつ転がってんだ!」 それはわたしが悪いんです。腹部を圧迫された気持ち悪さで言葉には出来なかったが、ゾロさんは抗議の声を上げるサンジさんを怒鳴りつけながら、片手で同じように吹っ飛ばされたのだろうルフィくんの首根っこを掴みながら四人、わたしは抱えられているだけだから実質的には走っているのは三人だけれども……みんなで港に向かう。なんだろう、もう二重の意味でお荷物になっていて情けなくなってくる。 肩に担がれながら自分の非力さと役立たず具合に、悔しさしか残らなくて、唇をかみしめる。強くならなくちゃ、じゃないと大切な人達を失ってしまうかもしれない。この世界で油断や弱さは死に直結する。わたしだけならいいけど、大切な人達を巻き込むのだけは嫌だ。 撃たれて怪我をした肩を握りしめながら、これからナミ達と旅をする上で自分がどうあるべきなのか、改めて考えさせられた。 海兵さん達が追ってこないことを確認しながら、嵐の中をゾロさんの肩に担がれたまま移動すること数分、前方──わたしからしたら足元の方からだけど、船に既に乗って、出航の準備をしているであろうウソップくんとナミの声が聞こえてくる。 「急げ急げロープが持たねェ」 「ヒノデが居ないの! 会ってない!?」 二人の声にゾロさん達は船に向かう速度を上げて、降ろしてあった階段を急いで駆け上がる。ゾロさんの肩に担がれているわたしに気づいて、ナミが驚きの声を上げながら近づいてくる。それはそうだろう、お店から分かれて船に向かったはずのわたしが何故か肩に担がれて登場したんだから。 「ヒノデ!? あんたどこに行ってたのよ!」 「ちょっと色々あって……」 ゆっくりと労るようにゾロさんに甲板に降ろされて、久しぶりに自分の足で地面、もとい甲板に立つ。当然ともいえるナミの疑問に、頬を掻きながら視線を逸らしてもごもごと口ごもっていると、ナミに勢いよく肩を掴まれる。 「何で怪我してるの!?」 「あ……あーあのね! これにも深いわけがあって……でも大丈夫! 怪我はもう塞ぎ始まってるから!」 えへへ、と笑って誤魔化すわたしの横顔に、視線が突き刺さっている気がする。多分ゾロさんだ。 「治ってるから。じゃないわよ!! 何でヒノデまで少し目を離した隙にトラブルに巻き込まれてんのよ! ルフィじゃないんだから!!」 「おい失敬だぞナミ!」 確かにそれは失敬だと思うよナミ。少なくともルフィくんはトラブルに巻き込まれても自分で解決できるけど、わたしには解決どころか逃げることすらできずに、ゾロさんに助けられてしまっているんだから。 口に出したら更にナミの怒りに油を注ぎそうなので伝えなかったけれど。 「ヒノデへの説教は後よ。全員乗ったわね!! それじゃあ、海軍が来る前に出港するわよ!!!」 ナミのお説教は怖そうだなと心の中で思いつつ、威勢の良いナミの言葉にわたし以外の皆さんが「おー!!」と曇天が支配する空に向かい声を張り上げるのを見て、慌ててわたしも片手を曇天の空へと突き出し「おー!」と、お腹の底から声を出す。全員の出航の声を聴いたウソップくんの手から、岸へと繋がっていたロープが離された。 ゴーイング・メリー号は、船出をその偉大さで祝福するかのように荒れ狂っている海へと乗り出した。。本来なら空は快晴、海は静かに船乗りたちを優しく包み込んでくれるような穏やかさが良いんだろうけれど、海賊にはこちらの方が性に合っていそうだ。 「うっひゃーっ! 船がひっくり返りそうだ!!!」 「不吉なこと言わないでルフィくん!!」 上に下に、左に右に、羊の船首を揺らしながら船は、白い潮泡立たせて荒れ狂う海を進み続ける。メインマストにしがみ付きながら、船から振り落とされないように、地面に転がないようにするだけで船に初めて乗るわたしは精一杯だ。 「あの光を見て」 「島の灯台か」 「この嵐の中良く見えるねナミ」 甲板の柵に捕まりながら、叩きつけられる雨で満足に目を開けられないながらも、皆さんと同じよう指し示された場所へと薄く目を開けて視線を向ける。確かにそこには旅人達を導くように、淡く優しい光を灯している灯台がひっそりと寂しく佇んでいた。 「“導きの灯"あの光の先に“ 最後の一言は、答えが分かり切っているのに聞いているようだった。 それを皆さんも分かっているのか、わざわざ質問に答える人もいなかった。 「しかしお前何もこんなな嵐の中を……なァ!!」 「わたしこれ以上揺れが酷くなったら吐きそう……」 「お前はしっかりしろ!!」 そんなこと言われても困る。嵐の中船に乗るなんて初めてなんだからウソップくんにはこれくらい許してほしい。 唯一ナミの意見に反論したウソップくんだったけれど、大きな酒樽を持ってきたサンジさんに意見は阻止されてしまう。 「よっしゃ偉大なる海に船を浮かべる進水式でもやろうか!!」 「オイ!!!」 舳先の中央に大きな酒樽が置かれ、ナミに腕を引かれながらわたしも皆さんに倣うように酒樽を囲む輪の中に入る。 酒樽を見つめる皆さんの瞳には一様に今から始まるであろう夢への旅路へと期待を寄せ輝いていた。 サンジさんが樽の蓋の上に足を乗せる。 「おれはオールブルーを見つけるために」 ルフィくん。 「おれは海賊王!!!」 ゾロさん。 「おれァ大剣豪に」 ナミ。 「私は世界地図を描くため!!」 最後はウソップくん。 「お……お……おれは勇敢なる海の戦士になるためだ!!!」 日本で言うお祝いの時にやる鏡開きのようなものだろう、恐らくこれからの旅への幸運を願ってなのか、それとも皆さんの夢を語っている様子から、夢へと向かう旅への決意表明か……分からないけれど、皆さん一様にキラキラと星が瞬いているような夢に満ち溢れる目ををしていた。 「ヒノデ!!」 呼ばれた声に目を向けるとそこには、この嵐すら吹き飛ばすような、サンサンと降り注ぐ太陽のような満面の笑みを浮かべているルフィくんが居た。 「帰りたいところに帰るっていうのはダメだぞ! 帰りたい所っていうのは違うからな、ヒノデの夢を言え!!」 迷っているわたしを、ルフィくんの気質に見合った真っ直ぐな目がわたしを見ていた。目を逸らしたいのに逸らせない……わたしはどうしたいんだろう。ルフィくんの言うよう樽に足を乗せるなら夢を誓うのだ。夢と聞いて思い浮かぶのは一つだけだ。元の世界で諦めかけていた夢、この世界でなら目指せるかもしれない夢。でも帰ってしまえば叶わない、おあつらえ向きにお祖父ちゃんを超えるという目標が存在している場所に居る。きっと帰る方法があったらわたしはそちらを選ぶだろう。でも、それまでは──本気で目指してもいいのではないだろうか。矛盾した思いが胸の内で湧き上がる。 樽に足をのせたまま、皆さんの優しい視線が突き刺さる。 こうなれば自棄だ。帰りたい気持ちも必ず帰るという気持ちも変わらない、だけどいつ帰れるか分からないのであれば、いっそ楽しんでしまった方がいいのではないだろうか。色々ありすぎて自暴自棄になってる感は否めないけれど、せっかくこんな素敵な人達といるのならば帰るその時まで楽しんでもいいだろう、夢を見てもいいだろう。 半ば無理やりだけれども腹もくくって、覚悟も決めて樽の上に足を乗せる。傷ついた体はよろけてしまって、後ろにひっくり返りそうになったけれど、背中をゾロさんが支えてくれる。 「おい、しっかりしろ」 「す、すみません」 謝りながら体制を整える。ルフィくんが楽しそうな笑みで私を見ている。 「──わたしはお祖父ちゃんを超える刀鍛冶になるために」 乗せてしまった、言ってしまったと言う思いが急速に体を駆け巡るが、それ以上に高揚感の方が大きいのだから、どうかしていると思う。 全員が樽の上に足を乗せたのを確認して、全員で樽から軽く足を上げて振り下げる。 「いくぞ!!!“ 勢いよく割られた蓋が、わたしの悩みすらも打ち壊してくれるようで、こんなひどい嵐の中の進水式だというのに笑みが零れ落ちてしまった。 【 章一覧|TOP 】 |