ラブーンと名も知らぬ海賊達との約束

 クジラの口の中へと吸い込まれたわたし達は、クジラの圧倒的な吸引力に抗うことも出来ず、荒れ狂う喉の中を船ごと突き進んだからわたし達がたどり着いた場所は、思っていたような胃の内部のようなグロテスクな場所ではなく、見上げれば空があり、地平線らしきところには入道雲らしきものが存在し、目の前の小さな孤島の上には平屋の一軒家が妙な存在感を放っていた。
 そんな不思議空間に浸る暇もなく、あまりに激しい揺れから船酔いに苦しめられていた……わたしだけが。

「ぎもちわるい……」
「ヒノデ大丈夫?」

 気持ち悪さに甲板に座り込みながら、ナミの言葉に必死に頷く。
 吐き気を必死に両手で喉奥に押しとどめながら、視線だけ動かしてやっぱりルフィくんが見当たらないことに血の気が引く。

「……ルフィくんは? わたし能力でルフィくん捕まえようとしたのに、できなくて、わたし」

 今度は吐き気とは別の気持ち悪さが襲う、あの時船にしがみ付いてないで、ルフィくんを優先して能力を使ってたらルフィくんは海に落ちなかったはずなのに。わたしは自分の安全を優先してルフィくんを見捨てたんだ。
 ナミ達に合わせる顔が無くて顔を上げられない。

「すみませ──」

 次の言葉は続かなかった。頭頂部に重い衝撃が落ちたからだ。
 突然の頭の痛みに上を向くと、そこには白い刀の鍔と鞘にまたがるように手をかけて、柄側をわたしに向けて立っているゾロさんが居た。硬い衝撃的に柄部分で叩かれたのかもしれない。

「それやめろ」
「え」

 見上げた先のロロノアさんは呆れているのか怒っているのか、それとも両方か、厳しい顔をしてわたしを見下ろしていた。太陽を背にしているせいか、逆光も相まって迫力が凄い。後ろではわたしの頭を柄で叩いたことについて怒っているのサンジさんをウソップくんが止めている。
 座って聞いてていい雰囲気じゃ無いだろうと思って、気持ち悪さを抑えて立ち上がる。

「自分が悪くもねェのに謝るのやめろ。うっとうしい」
「でも! わたしがルフィくんを捕まえてれば……わたしが……」
「だからそれが卑屈だって言うんだよ。そもそもルフィがクジラに大砲なんか撃たなきゃこんなことになってねェんだ、何でもかんでも自分のせいにしてんじゃねェ。それとも悪魔の実の能力者だから何でもできると思ってんのか?」
「そんなことっ! わたし、思ってません……」
「なら尚更救いようが無いな」

 ゾロさんの言葉に何も言い返すことが出来なくて唇をかみしめる。船酔いで気持ち悪いのと、ゾロさんの厳しい言葉に視界が濡れる。
 涙だけは流しちゃいけないと、耐えていると、わたしの時とは比にならない程大きな人を殴る音が聞こえてきて、驚いて音の発生源を見るとそこには大きなたんこぶを作って座り込んでいるゾロさんの姿があった。

「ヒノデのことイジメてんじゃないわよ!」
「ナミ……お前!!」

 後ろに燃え盛る炎が見えるほどの怒りを放ち、ナミが力強く拳を握りしめながらゾロさんを見下ろしている。
 鬼の形相でゾロさんをもう一度睨みつけた後、ナミはわたしの方に優しい表情で目を向けてくれる。

「大丈夫よヒノデ。ヒノデのせいじゃないし、ルフィがこの程度で死ぬなんてありえないから」
「う、うん……」

 ナミに慰められている中、ゾロさんを責めるウソップくんの声と、サンジさんの怒鳴り声が聞こえてくる。

「先生ーゾロ君がヒノデちゃんをいじめてまーす」
「テメェはもう少しレディに対して優しくするって事は出来ねェのか!?」
「うるせェな! 自分のせいだって気にしてるから言ったんだろうが!!」
「それならそう言えばいいだろ? 言い方がきついんだって。言いたいことは分かるけどよ」

 諭すように言うウソップくんに、ゾロさんは眉根を寄せたまま、こちらを向く。さっきまでの攻撃的ともいえる雰囲気は鳴りを潜めて、納得いかなそうな表情でこちらを見るゾロさんに、合わせる顔がなくて視線は足元を向いてしまう。

「あの、大丈夫です……わたしが、その、いけないので……すみません」

 どんな表情をしているか分からないけれど、きっとゾロさんは呆れている事だろう。悪い人じゃないのは短い付き合いだけど分かっているけれど、ゾロさんの厳格さは、わたしのような優柔不断な人間にはきつく感じてしまう。

「とにかく、ゾロはもっと言い方を考えて! ヒノデはあんたとは違うんだから」
「わーったよ」

 面倒そうに溜息を吐いている音が聞こえてきて、ますます体が縮こまる。さっきまで苦しめられていた吐き気も、いつの間にか喉の奥へと引っ込んでしまっていた。ゾロさんの言い分は分かる。実際、悪魔の実の能力と言うのを過信しているんだと思う……。だからこそ、言い返せる言葉が見つからなかった。

「ヒノデちゃんマリモの言うことは気にしなくていいよ。それにルフィの事を助けられなかったのはおれ達全員の責任だから、ヒノデちゃんだけが気に病むことはないよ」

 優しく慰めるような声色で、肩に手をかけ、顔を覗き込みながら言葉をかけてくれる優しいサンジさんに、小さく「はい」と声を出すことしかできない。

「それにナミさんが言ったように、ルフィがこのくらいで死ぬことなんて無ェからさ」
「そうだぜ! 気にするなよヒノデ」

 もう声も出すこともできなくて、無言で何度もうなずく。微かにサンジさんとウソップくんの笑ったような音が聞こえた後、慰めるようにサンジさんに頭を撫でられ、ウソップくんに強く肩を叩かれて、その優しさが余計に自分の愚かさを表しているようで、情けなさに唇をかみしめる。
 いつまでも下を向いているわたしを気遣ってか、ナミが軽く背中を撫でて「口の中気持ち悪いでしょ? 一回ゆすいできたら」と、小さく微笑みかけながら、船内へとナミに促されて、皆さんに背を向けて船内のお風呂場へと向かった。船内へとつながる扉を開ける前にチラッとゾロさんの方に視線を向けると、既にわたしへの興味は失せたのか、まっすぐ前を見つめていた。視線が合わないことにホッとしつつ、扉を閉めてお風呂場へと向かう。向かいながら先ほどのやり取りを思い出す。
 ゾロさんの中のわたしの印象はきっと最悪だろうな。これ以上船の中の空気を悪くしないためにも、あまり関わらない方がいいのかな……。ゾロさんには今に至るまでずっと迷惑をかけ続けている。
 もんもんと抜け出せない迷路のような思考の渦に飲まれながらたどり着いた、トイレと洗面所とお風呂が一緒になっている三点ユニットバスの洗面台で、胃液独特の酸っぱい味が競り上がってきている口の中をゆすぐ。ゆすいだ後自分の顔を洗面台の鏡で見たら、眉尻は下がり、瞳はゆらゆらと不安げに揺らいでいた。

「最悪」

 洗面台の淵に手をかけて、項垂れる。こんな顔していたら、それこそゾロさんを悪者にしてしまう。あの時、ゾロさんに悪魔の実の能力者だから何でもできると思っているのか、と問われた時、図星を突かれた気がした。
 自分の傲慢さも、愚かさも、弱さも全てがゾロさんに見透かされていたのも、それに対して傷ついている自分自身に腹が立つ。
 目頭が熱くなって、ぽたぽたと洗面台の中に涙が落ちる。洟を啜る音がユニットバス内に反響する。泣くな、わたしに泣く資格はない。
 止まれ止まれと、乱暴に目元を服の袖で拭うけれど、次から次へと涙は零れ落ちて、洟も啜り続けてしまう。早く戻らなくちゃ、そう思うのにこんな顔のまま戻ったら、よけいにゾロさんを悪者をしてしまうと、必死に涙を止めようとしていると、大砲のような音共に、足元から突き上げるような振動が船全体を襲う。ただでさえ涙で歪んだ視界では、まともに立っていることできなくて、その場に倒れ込んでしまった。幸い頭は打たなかったけれど、ちゃんと立ち上がることもできなくて、壁伝いにあっちこっちぶつかりながら甲板へと向かう。なんとか甲板につながる扉の前までたどり着いて、深呼吸を一度し、もう一度だけ目元を拭ってから扉を開けた。

「皆さん大丈夫ですか!?」

 扉を勢い良く開けて、皆さんに聞こえるように声を張り上げる。

「ヒノデ!! こっちは大丈夫よ!」

 声に気づいてくれナミが振り返って、返事を返してくれた。激しく揺れ動く船の上を、甲板に倒れ込まないように、手すりや壁を使いながら階段を上って船首の方へと向かう。

「何が起きてるの!? あのおじいさんはだれ!?」

 いつの間にか孤島の上に居た、髪型が大きな花のように開いている謎のヘアースタイルをしているおじいさんにも目を向ける。船内に行った短い間に何が起きたの?
 困惑しているわたしに、ウソップくんが興奮気味に教えてくれる。

「あのじいさんはこのクジラの腹の中に住んでる灯台守らしい。今はあのデカいクジラが“[[rb:赤い土の大陸 > レッドライン]]"に頭をぶつけてるらしいんだよ!!」
「ぶつけてるって……どうして!?」

 ここがやっぱりクジラの胃の中と言う事実も最悪だけれど、レッドラインに頭をぶつけているというのも、おじいさんがクジラのお腹の中に住んでいて、灯台守をしているということも、とにかく沢山の疑問がありすぎて、なんで少し船内に入っただけでこんな事になるのか謎過ぎる。息つく暇もない。

「体の中からこのクジラを殺す気なんだ。あくどい殺し方しやがるぜ……!! あのじいさん」
「体の中からって……」

 あまりにもむごい殺し方に、孤島の上に居るおじいさんに視線を向けたら、わたしよりも先にこちらを見ていたおじいさんと目が合った。視線が交じり合ったおじいさんの表情が、まるで幽霊でも見ているかのような瞳でわたしを見つめ返していて、ローグタウンで出会った男の人を思い出して、頭の芯がジンっと痺れると同時に全身が総毛立つ。
 ローグタウンで撃たれた左肩が疼いて、一歩後ろに足を引こうとしたとき、おじいさんの視線からわたしを隠すように目の前に壁ができる。

「おい、あのじいさん知り合いか」

 ゾロさん。言葉は音にはならなかったけれど、胸の内で名前を呼ぶ。おじいさんからの視線を遮る壁となってくれたのは、まさかのゾロさんだった。
 何も言葉を発しないわたしに痺れを切らしたのか、振り向いたゾロさんは目を小さく見開いた後、片眉をあげてなぜか顔をしかめる。もしかしたら早く答えないわたしに苛ついているのかもしれない。

「あ、えっと……知らないです。本当に、あの……本当に知らないです」

 知らないことを強調して言うわたしに、頭上で小さく溜息を吐かれた気がして、体が小さく震える。顔を上げることも出来なくて目を合わせないようにうつむいていると、温かい何かが頭の上に乗ると、首がとれちゃうんじゃないかと言う強さで、ぐしゃぐしゃと髪の毛が頭ごとかき回される。き、きもちわるい……わたしさっきまで気持ち悪さで吐きそうになってたんですけど。

「別に信じてないわけじゃねェから顔上げろ」
「は、はい……」

 混ぜかえす様に頭を撫でられるというよりも、頭をかき回されて、片手を口に持っていく。吐いちゃう。今度こそ吐いちゃう。

「ゾロ、ヒノデ吐きそうだぞ」
「あ、悪い」
「いえ……大丈夫です……」

 喉奥から再びせりあがってきた吐き気を、つばを飲み込むことでやり過ごし、ゾロさんに向かって首を振る。そうこうしている間にも、相変わらず胃の中は荒れ狂う海のようで、ぶり返し始めた吐き気を何とか喉奥に押し込みながら、とにかく船から振り落とされないようにだけ気を付けていると、孤島に居たおじいさんがなぜか胃液の海へと綺麗なフォームで飛び込んでしまった。

「何をする気だ!? 溶けちまうぞ!!!」
「おじいさんもそうですけど、わたし達も溶けちゃうんじゃ!! この船って木造ですよね?」
「木造に決まってんだろ! このままじゃメリー号も溶けちまう。おれたちも早く出よう。クジラがこれ以上暴れだす前に」

 話している間にも、クジラはレッドラインに頭をぶつけ続けているのか、船の揺れは激しくなるばかりで、揺れ動く甲板に立っていることもままならなくて、体がぐらっと後ろに倒れて、やって来るだろう衝撃に、固く目を瞑ったけれど、両肩を強く掴まれて予想した痛みは来なかった。

「しっかりしろ」
「すみません……!! ありがとうございます」

 背後から支えるように両肩を掴んでくれていたのはゾロさんだった。斜め上から聞こえてくる声に、軽く振り返りながらお礼を言う。振り返った先に居たゾロさんは、相変わらず不機嫌そうに眉根を寄せていて、申し訳なくなる。そっと離れようとは思ったけれど、思いのほか両肩を強くつかまれていて、離れることは叶わなかった。

「とにかく漕ぐしかねェ!! 急げ!!!」

 わたしの事を支えてくれたまま、オールを出して船を動かそうとするの指示を聞きながら、成り行きを見守っていると、叫び声と共になぜか胃の中にある大きな観音扉の隣の、人間用の扉らしきところから、三人の影が飛び込んでくる。

「ル……ルフィ……!?」
「ルフィくん!?」
「よォ!! みんな無事だったのか! とりあえず助けてくれ!!」

 生きてくれていたことにも、怪我らしい怪我がないことにも安心したのも束の間、ルフィくんはそのまま胃液の海へと突っ込んでいってしまったからだ。

「溶けっ?! ルフィくん溶けちゃいますよ!!」
「他にも二人居たな」
「全員溶けちゃいますよ!」

 慌ててゾロさんの肩を掴む手を振り解いて、柵から身を乗り出して胃液の海を覗くと、案の定ルフィくんが溺れていた。身を乗り出し過ぎていたのか、一瞬体の半分が胃液の海へと乗り出したけれど、船の上に留めるように今度は片方の肩を掴まれた。

「おい、あんま乗り出すな。お前まで落ちる」
「ゾロさん……。あの、ルフィくんが!!」
「安心しろ。気になること沢山あるが、とりあえずルフィは引き上げる。だからあんまり海の方に近づくな、お前まで落ちたらどうすんだ」

 柵から遠ざけるように二の腕を掴まれて、比較的安全な甲板の真ん中まで連れられる。

「いいか、ここから動くな」
「は、はい……」

 眼光を鋭く輝かせながら、指先を鼻先に突きつけられて、ぶんぶん首を縦に振る。そんな、小さい子に言い聞かせるみたいに言わなくても。なんて胸の内で思いながらも、言われた通り揺れ動く船の上で倒れないように両足を踏ん張りながら、ゾロさん達がルフィくんと、どちら様かは分からない謎の男女二人も船へと引き上げる様子を邪魔にならないところで見つめる。一人は王冠を頭に乗せた、スーツ姿のオレンジのような髪色の男の人、もう一人は渦巻きのような謎の服装のポニーテールが似合う綺麗な水色の髪の美人さんだった。何者かは分からないけれど、お二人共大きな大砲を持っていて、只者ではないのかもしれない。大砲なんて持ってる人達相手に油断はできない。
 お二人は甲板の真ん中まで連れてこられ、今はわたし達に円状で囲まれている。そんな中サンジさんだけ嬉しそうに水色の女の人に話しかけている。うーん……いいのかな? サンジさんは強いから心配ないかもしれないけど。

「ルフィくん怪我はない? 大丈夫?」
「おう。大丈夫だぞ! いやー死ぬかと思った!」

 言いながら、楽しそうに笑うルフィくんに、とりあえず怪我がないなら良かったと胸を撫で下ろしていると。

「私の目が黒いうちは、ラブーンには指一本触れさせんぞ!!!」

 ルフィくん達が飛びしてきた扉から、今度はさっき胃液の海に飛び込んだはずのクロッカスさんが出てきて、全員の視線がそちらを向く。

「誰だあのおっさん」
「えっとね、あの人はクロッカスさんって言って、この灯台守をしているみたいなの」
「へー! 花みたいなおっさんだな」
「それは、そうだね……」

 話している間に、謎のお二人が大砲を構えた思ったら、突然クロッカスさんの真横──クジラの胃の壁に向かって大砲を放った。
 近くで聞こえてきた大砲の音に、耳を平手で叩かれたような刺すような痛みが耳鳴りとなって襲う。
 放たれた大砲はクジラの胃に到達する前に、鯨を殺そうとしているはずのクロッカスさんが、その身を挺して大砲をクジラから守っていた。大砲に当たったクロッカスさんは爆音と共に赤い炎に包まれて、銃で撃たれた鳥のように胃液の海へ落ちていく。
 ──人が炎に包まれる。残酷な光景に今度は別の意味で吐き気が体の奥から迫り上がってきて、両手で口元を覆い絶句する。謎のお二人は気にしてもいないのか、大砲のせいで音が詰まったように聞こえる耳では会話の全ては聞き取れなかったけれど、人に砲弾が当たったにも関わらず、再び躊躇なく大砲を構えた二人に体が勝手に動いた。

「何してるんですか!! やめて!!」

 男の人の右腕に抱きつくようにして大砲を打つ手を止めさせる。

「おい! 何するんだ!!」
「正気ですか!? 人に当たったんですよ!!」

 耳鳴りが止み始めたからか、ナミや皆さんの驚く声が聞こえてきたけれど、目の前で人が大砲で撃たれるところなんて見ていられない。偽善だったとしても嫌だ。
 腕を振り回されるけれど、必死にしがみついていたら、重い打撃音が響き、わたしがしがみ付いていた男の人も含めて、謎のお二人は地面に倒れていた。

「何となく殴っといた!!」

 倒れたお二人の後ろには、ルフィくんが腕をクロスした立っていた。直接見たわけではないけれど、ルフィくんがお二人を殴って止めさせたみたいだった。ルフィくんの拳は相当痛かっただろうな。とアーロンパークでの威力を知っているだけに痛みを想像して震える。

「ヒノデも止めたかったんだろ? 殴っといたぞ」
「うん……。ありがとうルフィくん」
「いいってことだ」

 笑顔を浮かべたルフィくんにつられて、わたしも自然と口角が上がったけれど、すぐにルフィくんの背後を見て固まる。ナミが般若の形相でわたしを見ていた。間違えた、ナミどころかゾロさんも腕を組みながら、まさしく鬼のような形相をしていた。

◇◇◇

「うう……痛い……」
「自業自得だ」

 あの後、ナミから両頬を引っ張られながら「なんという無茶をするのか」と言うお説教をもらい、ゾロさんからはその間、鬼って居たらこういう感じなんだろうな……と思うほど、恐ろしい表情向けられ続けたわたしは、赤くなっているだろう両頬を擦りながらクロッカスさんの別荘……クジラの胃の中に別荘とは? とは思うけれど、クロッカスさんの別荘で話を聞いていた。
 お説教を受けた後、謎のお二人を背中合わせで縄で拘束し、クロッカスさんを胃液の海から回収したゴーイングメリー号は、クロッカスさんに促され、孤島にゴーイングメリー号を停泊させて、全員でわたし達を飲み込んだ大きなクジラ──西の海ウエストブルーにのみ生息する世界一大きいクジラ“アイランドクジラ”の名前を“ラブーン”と言うクジラの話を聞こうとしていた。
 その間、クロッカスさんの頭のてっぺんから足の爪先まで観察するような視線と、正体を探るような雰囲気を牽制するかのように、ゾロさんが横に立ってくれて、今はクロッカスさんの意識はわたしには向いていなかった。

「あの、ゾロさん……。すみません……色々と」

 ゾロさんの服を小さく引っ張りながら、小声で謝罪する。ずっと……本当に出会ってからずっとゾロさんには迷惑と不快な思いしかさせてない。

「別にいい。あのじいさんの視線は気になるが、今はまだ危害を加えようっていう感じでは無さそうだからな。それより」

 話を切って、ゾロさんがこちらに視線を向ける。その目はどこか苛ついているようで、眉を顰めていた。

「謝るのやめろって言ったよな」
「すみません……」
「おい」
「あ」

 不愉快そうに目じりが上がって、あまりの怖さに背筋がビクッと真っ直ぐ伸びた。

「とにかく謝るな。悪いことしてるわけじゃねェだろうが」
「でも、面倒事をまた持ってくる可能性だって」
「それに関してはいいって言ったろうが。それともローグタウンでの事全部ナミに話すか?」

 完全な脅し文句に、謝罪を口にしようとしていた口を真一文字に引き結ぶ。

「分かればいいんだよ、分かれば。で、謝る以外に言うことは?」

 さっきまでの怒っているような不快そうな──両方かもしれない。とにかくその二つの雰囲気は鳴りを潜め、今は口元に小さく笑み……と呼ぶには穏やかではないけれど、ニヤニヤといじめっ子のような笑みを浮かべている。

「あ、ありがとうございます……?」
「なんで疑問形だよ。そうだ、謝られるくらいなら、ありがとうの方がこっちとしても、ヒノデからしても気分いいだろうが。悪いことなんか一つもして無ェんだ。それに謝るのは本当に自分が悪い時だけにしろ。なんでもかんでも謝るのは卑屈だし、ヒノデの価値も下げる。分かったな」
「……分かりました。気を付けます」
「よし。とりあえずじいさんの方は今のところは敵意は無ェから。敵になった時考えればいいだろ」

 言いながら、視線をクロッカスさんに向けつつ、慰めるように大きな力強い手で、さっきと同じように頭を豪快に撫でられた。豪快でサンジさんのような紳士的な手つきではないけれど、やっぱり優しい人なんだよな。と頭を撫でられてぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で直しながら思う。きっと誰よりも厳しい人だからこそ、その分優しさも知っているのかもしれない。強い人なんだ、本当に。
 何かあった時のためかもしれない、横に立っているゾロさんを気付かれないように見上げたら何故か目が合った。

「さっきは悪かった。すまん」
「え? 何がですか?」

 何を言っているか分からなくて、首をかしげる。なんで謝られたんだろう。わたしゾロさんに謝られるような事されてないと思うんだけど。
 謝っている理由がわからなく、頭にはてなマークをを浮かべていると、ゾロさんは気まずそうに首元に手をやりながら、もう一度わたしを見た。

「泣いてただろうが……」
「あ……そのことですか」

 気にしていたとは思ってなくて目を見開く。もしかしてさっきわたしが船内から出てきたとき、変な顔をしていたのはわたしに苛ついてたんじゃなくて、わたしが泣いていたことに顔をしかめていたのかな? そんな、あれに関しては完全にわたしが悪いのに。

「まあ、そうだな」

 まるでお母さんに叱られた子供みたいな、何とも言えない気まずそうな表情をしているゾロさんに、少しだけ声を漏らして笑ってしまう。

「おい、何笑ってんだ」
「だって、さっき悪くないのに謝るなって言ったのはゾロさんですよ? 泣いたのはそうですけど、違うんです。あれはゾロさんのせいじゃないですよ」
「いや、だが」

 尚も食い下がるゾロさんに、眉尻を下げて苦笑いを浮かべてしまう。

「本当にゾロさんのせいじゃないんです。ただ自分の不甲斐なさとか、その……傲慢さとか、そういう自分の弱さに泣いてしまっただけなんです。だからゾロさんのせいじゃないですよ」
「いや、それ、おれのせいだろ」
「だから違いますって。本当にゾロさんのせいではないんです。だから謝るのはやめて下さい。いたたまれないです」

 ね? そう言って、ゾロさんの顔を覗き込んで小さく笑みを浮かべた。流石のゾロさんもわたしにここまで言われたら、渋々ながらも納得してくれたのか、今度こそクロッカスさんの方に視線を向けてくれた。わたしも、ロッキングチェアに座り、再びラブーンとの話を始めてくれたクロッカスさんに視線を向けた。
 泣いていたのは事実だけれど、本当にゾロさんのせいで泣いていたわけではない。きっかけは確かにゾロさんかもしれないけれど、泣いていていた理由は自分自身への嫌悪だけだ。
 ゆったりと体をロッキングチェアに体を預けたクロッカスさんを見ながら、静かに話に耳を傾けた。

 ずっと気になっていた謎のお二人はラブーンのお肉を狙う人達だったみたいだ。こんな大きなクジラ捕鯨として捕まえたとして、いくら近くの町の出身だとしても、運ぶのも捌くのも、保管しておくのも無理があると思うんだけど。
 どうやらラブーンはウエストブルーからリヴァース・マウンテンを下って、ウエストブルーの海賊の一団と共にやってきたらしい。群れを成すアイランドクジラだけれど、ラブーンにとっての仲間はその海賊団だったみたいだ。クジラと一緒に旅をするなんて、とてもロマンチックで素敵だと思う。今よりもはるかに小さかったラブーンらしいけれど、クジラと一緒に旅するだなんてクロッカスさんの言うように本当に気の良い海賊団だったんだろう。海賊団の人達は船の故障で岬に数か月停泊して、クロッカスさんとも仲良しになったらしく、出発の日にラブーンを頼まれたらしい。

「「こいつをここで二・三年預かっててくれないか」『必ず世界を一周し、ここへ戻る』と。ラブーンはそれを理解し、私たちは待った。この場所でずっとな」
「──だから吠え続けるの……体をぶつけて壁の向こうに……」
「その海賊の方たちの話は一体何年前なんですか? 小さなクジラって言ってましたけど……ラブーンはその、すごく大きいですよね……」

 嫌な予感がうなじをじりじりと焼く。

「そうだな……」

 躊躇うようにクロッカスさんの目が伏せられる。

「もう……五十年も前の話になる……」

 嫌な予感が当たったことに、胸が締め付けられる。五十年……途方もない時間だ。アイランドクジラと言う生き物の寿命がどれくらいかは知らないけれど、どれだけ長生きしようとも、海賊団の人達の年齢的に、おそらく若くても、当時の年齢はわたしと同じ十代後半か二十代前半くらいだろう……そしたら大体若く見積もっても六十代くらいだと思う。
 ──生きているのなら。

「ラブーンは仲間の生還を信じている……」

 クロッカスさんの言葉に呼応するかのように、ラブーンの鳴き声があたり一面に響き渡った。その声は祈るような、願うような鳴き声にも聞こえて、胸の底に言いようのない悲しみが雪のように積もった。わたしにとってラブーンの姿は他人事のようには思えなかったからだ。


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