かつての仲間達 ラブーンとクロッカスさんの出会い、そして五十年も前に再会することをラブーンと約束した海賊達、ラブーンがレッドラインに頭をぶつけ続ける理由。全てをわたし達に語ってくれたクロッカスさんは、外へと繋がる鉄でドーム状にで舗装された、見事な水路へと孤島に乗りながら案内してくれた。 いくらラブーンが大きくて頑丈とはいえ、胃の中に孤島を作って別荘と呼んで、外界へとつながる水路を作るというのはちょっと……いや、大分虐待の域なんじゃ。なんて失礼にも思ってしまう。それにしても、あの孤島船みたいに移動できるんだ。 「これも胃の中に空を描いたのと同じ遊び心か?」 「 「船医!? 本当かよ!! じゃ、うちの船医になってくれ」 「バカいえ。私にはもうお前らのように無茶をやる気力はない」 孤島から降りたクロッカスさんは、梯子を登って水路より上にある胃液や海に浸っていない通路に降りると、おそらく外の海へと繋がる扉を開けるためであろう、手動の歯車のようなものへと向かっていってしまった。これ全部クロッカスさん一人で一からラブーンの中に入って作ったんだよね? お医者さんの域を超えてる気がするんだけど。 「医者か……それでクジラの中に!」 「そういうことだ。これだけデカくなってしまうと、もう外からの治療は不可能なのだ」 「でも良かった。クロッカスさん突然で悪いんだけど、ヒノデの傷を見てくれない? この子大怪我負ってるのよ」 思ってもみなかったナミの提案に、慌てて腕ををつかんで引き止める。 「え!? ナミわたしはいいよ! その、クロッカスさんの方が重傷だと思うし……」 「何言ってるのよ。次いつ医者に会えるか分からないのよ!? 診てもらえる時に診てもらわないと!」 「で、でも……!!」 さっきのわたしの正体を探るような視線を思い出すと、正直傷を見てもらうのは怖い。お医者さんとはいえ、流石に警戒してしまう。 心の中で診てもらいたくない理由を並べるけれど、もちろんナミに理由を告げることも出来なくて、その間にもナミはクロッカスさんにお願いしてしまっている。……こう言う時どう説明して良いのか分からなくて、本当に困ってしまう。自分の秘密が多すぎるのが悪いのはわかってるけど。 「クロッカスさんお願い。女の子なのにヒノデったら全然傷が残ること気にしてないのよ!」 こちらを恨めしそうに見ながらクロッカスさんにお願いし続けるナミの言葉に、クロッカスさんは再び探るような視線を私に浴びせる。 「ヒノデと言ったな。……ファミリーネームは?」 「え? えっと……」 名字を聞かれたことに、余計にクロッカスさんへの警戒心が高まる。この世界で名字を聞いてくるということは、わたしからすれば警戒すべきことの一つだ。 そんなわたしの心配事などまったく気にしていないのか、横からルフィくんが乗り出すようにして代わりに答えてしまった。 「アカツキだぞ! アカツキ・ヒノデ!!」 「アカツキ……そうか。そうすると父──いや、祖父の名前はイッセンか?」 問われた名前に、冷たいものが背筋を駆け抜けた。この人はお祖父ちゃんのことを知っている。そしてわたしに対して、何かしらお祖父ちゃんと同じものを感じている……トウシンさんと同じように。そのことが何を意味するのか分からなくて、喉の鉛玉でも詰まったかのように言葉が出ない。 「いや、あの……わたし……」 どう答えるのが正解なのか分からなくて、目が泳いでしまう。ああ、こんなの肯定しているようなものだ。そうは思っても、急に一番気を張って隠していることを問われて、平常心でいられるほどわたしの心臓は強くない。 何度か声を出そうとしと口を開いたけれど、開くだけで口からは何も発することは出来なかった。何か、何か言わなくちゃと焦れば焦るほど、思考は糸のように絡みあってしまって、小刻みに震える手のひらに汗が滲む。もうどうしていいかも分からなくて、視界が狭まり始めた時、目の前に分厚くて大きな手の甲が現れる。 「おい、じいさん。なんでそんなこと聞くんだ?」 警戒を滲ませた声色で、ゾロさんがクロッカスさんに問いかけていた。目の前に現れた手の持ち主はゾロさんだった。さりげなくわたしを隠すように目の前に立ちはだかってくれたゾロさんの背中に、緊張で浅くなっていた呼吸はゆったりしたものに変わっていって、いつの間にか爪が食い込むほど握り締めていた手のひらをゆっくりと開く。 落ち着け、落ち着けと言い聞かせながら、早鐘を打っていた心臓を落ち着かせるように胸元の服を握り締めた。 「あの、ゾロさん」 「お前は黙ってろ」 盾になるように目の前に立ちはだかってくれているゾロさんの背中に声をかけるけれど、強い言葉で一蹴されてしまった。 「そんなに警戒するな。その子の祖父、イッセンとは友人だったんだ」 「……その話信じられると思うか?」 警戒を解けとでもいうような、やわらかい声色で話すクロッカスさんに反して、ゾロさんの言葉は未知の相手に対する警戒心であふれていて、多分だけどローグタウンの男性の事もあって、余計に信用できないのかもしれない。 わたしの問題なのだから、ゾロさんを矢面に立たせるのは違うと思って、ゾロさんの前に出ようと一歩踏み出したけれど、腕を使って背後に押しやられてしまった。 「ゾロさん!」 「ローグタウンでのこと忘れたのか? いいから後ろに居ろ」 小声で抗議の声を上げたけれど、諫めるように睨まれて怯んでしまった。だけど、すぐに気持ちを奮い立たせて、ゾロさんを眉間に皺を寄せてわたしなりの一番の睨みを返したが、何故か呆れた表情をされてしまった。なんですかその聞き分けの悪い小さな子を見るような顔。 「落ち着け。信用できないのは分かるが、ヒノデと言ったな。私は君がどこから来たか知っている。イッセンに聞いたからな。そうだな、イッセンから他に聞いたことだと、父親の名前は──」 その言葉の後に続いた名前は紛れもなくお父さんの名前で、慌ててゾロさんの服を小さく引っ張る。 「……父親の名前か?」 「はい、お父さんの名前です。もしかしたら本当にお祖父ちゃんのお友達かもしれません」 警戒の色を崩さないままのゾロさんを見上げていたら、ひとまずわたしの気持ちを尊重してくれたのか、慎重にクロッカスさんの出方を見ながらゾロさんが目の前から横にずれてくれた。なんかもう、本当にゾロさんには迷惑ばかりけている。 「まあ、警戒するのは正解だ。その子の事を思うのならな。まずはここから出てからイッセンとの関係について話そう」 言いながら歯車のようなものを回し始めたクロッカスさんを見ていたら、目の前の両開きの扉が鉄同士が擦りあわさるような、耳障りな大きな音立てながら大きく左右へと移動し、本物の海水が流れ込んできて、ゴーイングメリー号も本物の波に乗って再びグランドラインの大海原へと躍り出た。 「フーーッ出たァ!!! 本物の空!!!」 ラブーンの胃の中に居た時には微かにしか感じられなかった、濃い潮の香りが、目を焼かんばかりの陽の光が、体全体を包み込む生暖かいような湿った風が、今はすごく安心する。流石に胃液の海は胃に悪い。いや、ダジャレとかではないんだけど。 胸の内でアホみたいなことを考えていると、ルフィくん達が謎の捕鯨目的のお二人の処遇について話し始めていた。 「こいつらどうしよう」 「捨てておけその辺に」 捨てちゃうの? とは思うけど、ラブーンを狙っていてクロッカスさんを大砲で撃った人たちだ。このまま船に乗せておくのも、ラブーンとクロッカスさんの傍におくのも、危険だろう。勿論わたし達にとっても、いや皆さん強いから、わたしにとってもの間違いかな。 縛っていた紐を解かれ海へと放り投げられたお二人は、お手本のような捨て台詞を吐きながら、見事なクロールで泳いで行ってしまった。最後にミス・ウェンズデー、Mr.9と言う名前のようなものだけは分かったけれど、他は全部謎のお二人だったな……。 「何だ、こりゃ。落とし物か」 「どうしたのルフィくん?」 「ヒノデ、これヒノデの落とし物か?」 「どれ?」 ルフィくんの手のひらに乗っているものを見て、首を横に振って否定する。手のひらに乗っていたものは、ガラスで出来た球体の中に、コンパスのような針が浮かんでいて一見コンパスのようなものに見えるけれど、方角を示す文字は四文字──東西南北かな? E、W、S、Nの四つしか書かれていない。コンパスってこういうものじゃないよね。それともこの世界ではこれがデフォルトなのかな? 「これコンパス? だよね」 「そうじゃねェか? おれも初めて見た」 ルフィくんも初めて見たのか、と言うことはこのコンパスのようなものは、この世界でもデフォルトではないのか。 「わたしのじゃないけど。ルフィくんのでもないんだよね?」 「違うぞ。じゃあ他の奴かな?」 「さっきの人達の可能性もあるよね」 「え〜あいつら行っちゃたぞ」 「そうだよね……うーん」 思わぬ落とし物に、二人で首を傾げつつ考え込むけれど、良い案は浮かばない。 「もしかしたら落としたのに気づいて取りに来る可能性もあるし、ルフィくん持ってたら?」 「そうだな!」 謎のコンパスのようなものをポケットに詰め込んだルフィくんを見ながら、背後に居るラブーンを振り返る。今は胃液の海へと続く扉は固く閉じられている。 五十年……五十年か。わたしが元の世界に帰った時、どれくらい時間がたっているんだろう。 ◇◇◇ レッドラインのほぼ真横に位置している、クロッカスさんが管理している灯台へと案内されたわたし達──と言うよりも現在わたしは、ナミに睨まれ、クロッカスさんに促され、灯台の中の一室に構えている治療室の椅子に座って、クロッカスさんの診療を受けていた。手際よく傷口を診たり、心音を聞いたり、関節を診てくれながらクロッカスさんはアーロン達につけられた傷跡を見て眉をきつく顰めてしまった。 「傷だらけだな」 「えっと、その、色々ありまして……」 「こちらの世界に来てからか?」 やっぱり知っているんだこの人は。海への出口の所で「どこから来たか知っている」と言っていたからまさかとは思っていたけれど。 飛び上がるように跳ねた心臓を抑え込むように、一度深く息を吐いて目を閉じてから、クロッカスさんの目を見つめ返した。 「はい、そうです。知ってたんですよね、その……」 「イッセンが違う世界から来たということをか?」 「そうです。あの……そしたら、クロッカスさんはもしかして、海賊船の船医だったんですか?」 「うん? ああ、そうだ。とは言っても三年くらいだがな。だが驚いたな、イッセンとはもう二度と会うことは無いと思っていたが、まさか孫の方と会えるとは。イッセンは元気か?」 とても嬉しそうな表情で笑うクロッカスさんの最後の言葉に、心臓が強く握りつぶされたような気がした。伝えていいだのだろうか、お祖父ちゃんが亡くなった事を。おそらくもう二度と会うことがないのなら、嘘をついてしまってもいいんじゃないのかな、知らない方がいいということだってある。 真実を伝えた方がいいのか、それとも嘘をついた方がいいのか……迷っていたら。 「そうか……イッセンは亡くなったのか」 まだ何も言っていないのに真実を言い当てられて、いつの間にか足元を見ていた顔を上げると、先ほどとは打って変わって、クロッカスさんは眉尻を下げた寂しげな表情で微かに微笑んでいた。 「顔に出ているぞ。嘘をつくのが下手だな」 「いえ、その……」 「いいんだ。出会いがあるなら当然別れもつきものだ。こうしてイッセンの孫娘に会えただけでも嬉しいからな。それにしても──」 言葉を区切って、再び頭のてっぺんから足のつま先まで観察するように見られる。その視線は敵意はなくても緊張して、体は蛇にでも睨まれたように固まってしまう。 「顔は似てないが、驚くほどイッセンと雰囲気がよく似ている……いや、雰囲気だけならまるでイッセンがそこに居るみたいだ。それにそれは悪魔の実能力か?」 「はい、そうです。実は……その、お祖父ちゃんに食べさせられて」 「イッセンが?」 「はい」 考え込むように診療の手を止めてしまったクロッカスさんに不安が募る。やっぱり違う世界の人間がこんな不思議な果実食べるなんて体に悪影響なのかな。既に泳げない、水に弱いって言う悪影響は出てるけど。とは言っても、泳げないに関しては、元々泳げないからあんまり支障はきたしてないから別にいいかな。力が抜けるのは困るけど。 考え込んでいたクロッカスさんは、自分の中で答えが出たのか、診療の手を再び進めながら話を続けてくれた。 「イッセンは海賊だったが、刀鍛冶専門で殆ど非戦闘要員のような感じでな。まあ、護身術程度なら出来たが。その時悪魔の実を拾ったんだ。だが食べなかった。これは想像だが……君が食べているのは多分その時の実だと思う」 「お祖父ちゃんは……なんで食べなかったんでしょうか?」 お祖父ちゃんの日記は物語調で自分の事はほとんど書いてなかったから、今まで知らなかったお祖父ちゃんの海賊時代の話に、何とも言えない気持ちになる。聞けて嬉しいのか、それとも出てくる情報の重さが怖いのか。 「それは……色々考えがあっての事だろう」 先ほどまでとは違い、何かを濁すようなクロッカスさんの口調に、胸の底に不安が降り積もる。 「トウシンさんも……詳しいことは教えてくれなかったんです」 「トウシン?」 「え? はい、トウシンさんです」 目を見開いて、心底驚いたとでも言うような表情をしたクロッカスさんは、何か言いたげに口を何度か動かした後、目元を片手で覆って下を向いてしまった。 「そうか、トウシンか……生きていたのか」 「え、あの生きていたって……確かにトウシンさんは昔病を患ってたって言ってましたけど、今も生きていますよ……。後遺症は残ってしまっているみたいですが、とても元気に畑仕事とかもしていましたし」 まさか亡くなっていると思っていたとは思わなくて、吃驚して元気であることを慌てて身ぶり手ぶりを加えて伝えるけれど、恐ろしい想像と共に不安が胸の内を巣食う。 もしかして今もまだ病に蝕まれていたの? もしかしてわたしに隠してたの? どうしよう……もしトウシンさんが亡くなっていたら……わたし……! 最悪な想像を止められなくて、歯の根が合わなくてカチカチと音を立て始めた。 「待て待て、そんなに不安そうな顔をするな。聞いているだろうが、トウシンは病気で旅の途中で船を降りたんだ。トウシンの病気は特殊でな、特定の島の土と気候でしか取れない珍しい薬草でしか薬が作れなかったんだ。本当はトウシンの病気が治るまで島に滞在と言う案も出たんだが──トウシンが時間がないのだから、自分は置いてけと言って船を自ら降りたんだ。最後まで全員で引き留めたんだがな」 昔を懐かしむように、穏やかな声色で話すクロッカスさんの表情はまるで少年のようで、乗っている間は短かったと言っていたけれど、とても素敵な船旅だったということが伝わってくる。 ひとまず最悪の予想がわたしの先走りだったことが分かって、ホッと胸を撫でおろす。亡くなっているなんて言われたら、不安にもなってしまいますよ。震える両手を握り締めて、海賊時代の話を聞かせてくれるクロッカスさんの話に耳を傾ける。 「最後は説教されてしまったよ。だからその後、トウシンがどうしていたのかは知らなかったんだ。だから君から聞いて驚いた、まさかトウシンの事をこの年になって知れるとは、長生きはするものだな」 心底嬉しそうに話すクロッカスさんに、つられてわたしも笑みを浮かべてしまう。 「今は 「 イーストブルーに居るとことに納得したように何度も頷くクロッカスさんに、小首をかしげる。 「あの、 「いや、気にするな。こちらの話だ。それにしても……」 話を逸らされたのは分かったけれど、きっとこの感じだと追及しても教えてくれないだろうし、追及できるカードも持っていないから、黙ってクロッカスさんの話の続きを聞く。 「もしかして血を操る能力か? 左肩以外の傷の方はもう治ってる。その左肩の傷も明日までかからずに綺麗に治っているはずだ。ただ左肩は綺麗に治る可能性はあるが、他の古い傷跡は恐らく残る。この世界に来てから何があったかは聞かんが、まだ二十歳にもなっていないだろう? 嫁入り前の体でこんな傷」 まるで自分が傷ついたような、悲痛な面持ちで話すクロッカスさんに、慌てて両手を横に振って否定する。 「いいんです。これは自業自得ですから。それにこの世界に来て、その……この傷がつくような出来事がなければ、わたしはきっとこの世界の──海の過酷さを知らずに楽観視して、どこかで死んでいたかもしれないですから」 傷だらけの自分の手を見つめながら、心の底からそう思う。アーロン達に感謝するつもりなんて一切ないけれど、アーロン達との出来事がなければきっと、この世界の厳しさを知らずに海に出て野垂れ死ぬか、殺されるか、最悪玩具にされていただろう。 静かに自分の手を見つめるわたしに、クロッカスさんは静かに「そうか」と言うと、椅子から立ち上がり戸棚から錠剤や薬草が入った瓶を物色し始めた。 「自分で納得しているならこれ以上は何も言わん。ただ、嫁入り前の女なんだ、傷跡が残ることを良しとはするなよ」 「はい」 トウシンさんと同じように傷跡が残ることをわたし以上に気にしているクロッカスさんに、苦笑いを浮かべてしまった。皆さんわたし以上に気にするんだよね……。皆さんに言ったら怒られるのは間違いないけど、一周回って命あれば全てよしって言う極地まで気持ちが来てるんだよね。 「血液の能力なら、下手に傷薬を塗ったりするよりも自己治癒力に任せた方がいい。血液の栄養となる錠剤を渡そう────話は戻るが、イッセンが君に悪魔の実を食べさせたことだが」 前半とは打って変わって、重苦しい口調と雰囲気で話し始めたクロッカスさんに、嫌な予感にうなじから頭にかけて冷たいものが走る。部屋さえも、重くよどみ、一段暗くなった気さえした。 「私から全てを話すことは出来ない……いや、違うな、分からないんだ。だが旅をしている途中で海軍は海賊だから当然だが、イッセンは何の目的があるのか……追われていたんだ」 言いながらこちらを振り向いたクロッカスさんの表情や目からは、感情がそぎ落とされていて、なにを考えているかを推し量ることは出来なかった。 何本か取り出した瓶を茶色い紙袋に入れながら、クロッカスさんはこちらを見ずに静かに話を続ける。部屋の中には、窓から細く差し込む彩度の高い陽の光と、わたし達の診療をまっているんだろうルフィくん達の賑やかな声が外から聞こえてくるだけで、その声だけが、ふわふわと浮き始めたわたしの思考をこの場に繋ぎとめてくれていた。 「目的は分からない。イッセンが違う世界から来たのを知っているならそれ関連だとは思うが、どちらにしろ禄でもない目的だろう。……嫌な雰囲気をした男だった。綺麗な外見と言葉で人を誑かして、最後は相手を頭から全て吞み込んで食べてしまうような、そんな蛇のような男だった」 当時の事を思い出しているのかもしれない、瞳に暗い影を落としながら話すクロッカスさんに、ローグタウンでのことが頭をよぎるが、どうしても話す気にはなれなかった。それに、お祖父ちゃんを追っていたということは、確かトウシンさんが海賊として船に乗っていたのが二十五年以上前の話だったはずだから……それならわたしが出会ったあの男の人と年齢的に合わない、気がする。あの人はどう見積もっても二十代くらいにしか見えなかった。 色々考えることが多すぎて、謎は増えるばかりで、何もかも投げ出したくなるくらいだけど、そんなことは勿論できるわけもなくて、口角を無理やり上げて笑顔を作る。 「分かりました。教えてくださってありがとうございます、クロッカスさん」 ちゃんと笑えているかなんてわからないけれど、それでも必死に笑顔を作った。 「あいつらは知っているのか? 君が違う世界から来たことに」 わたしの笑顔がどう映っていたかは分からない、もしかしたら変だった可能性もあるけれど、追及してこないクロッカスさんに胸の内でホッとしつつ、次いで聞かれたことが、今度はわたしの胸の中を罪悪感でいっぱいにする。 「言って……ません」 「そうか。なぜだ? 気のよさそうな奴らだ。君の事を迫害したりはしないと思うが」 クロッカスさんの言うことは分かってる。だからこそ言えないんだ。ましてやローグタウンでの男の人の事に加え、お祖父ちゃんの事を追っている人も居たということは、最悪わたしを追う人は海軍に加えて、一人……いや、二人いる可能性がある。 「だからこそ余計言えません。一緒に船に乗っていて、一緒に夢に向かっての進水式をしました。海軍には多分わたしが居ることはバレてます。──仲間へのお誘いも受けました。……きっとそれが海賊だとしても、皆さんとなら、皆さんとだからこそ、一緒に夢を目指すのは、旅をするのはとても素敵なものだとも思うんです」 喉が引き絞るように詰まっているような感覚を覚えながらも、無理矢理つばを飲み込んで続ける。心臓が壊れてしまいそうなほど大きな音を立てていた。 「でも元の世界も諦められないんです。皆さんと一緒に進水式をして、お祖父ちゃんを超す刀鍛冶になるって宣言までしたのに、元の世界に帰れる方法が分かったら……わたしはきっと元の世界をとってしまうと思うんです。進水式まで一緒にしたのに、お祖父ちゃんを超える刀鍛冶になるって宣言までしたのに、仲間みたいに一緒に居るのに……わたしは元の世界に帰ることを一番に考えている」 お腹の中に抱えているものを吐き出すように息を吐いた。 「自分でももう、どうしていいか分からないんです……自分のことなのに」 本当に分からない。お祖父ちゃんを超える刀鍛冶と言う夢に突き進んでみたい。なにをするにしても旅をするのなら皆さんと一緒にいろんなものを見て、感じてみたい。仲間と言ってくれたルフィくんの言葉が心底嬉しかった。……だけど元の世界に帰りたいという気持ちは消えない、消すことなんかできない。何がしたいのか自分でももう分からなくなっていた。帰る方法が見つかった時、わたしはこの世界での全てを投げ捨てるかもしれない。それは皆さんに対しての裏切りになる。わたしの事を仲間と言ってくれる皆さんの事を否定してしまうことになる。 もう何がしたいのかも、いざと言う時自分が何をするのかも、自分のことなのに何一つ分からない。 下を向いて唇を噛み締めているわたしに、何も言わず黙っているクロッカスさんがどんな目をしてわたしの事を見ているのかを、直視するのが怖かった。 【 章一覧|TOP 】 |