GUNDAM
キス・トラップ
「ふう……」
宇宙海賊クロスボーン・バンガードの母艦であるマザー・バンガードの一室でオレ、トビア・アロナクスはベッドに沈んでいた。
なぜかというと、まあ眠いからっていうのがもっともな理由なんだけど、少しでもガンダムを上手く扱えるようになろうと、一日中シュミレーションを行っていたのだ。
だいたいやり始めて7時間くらい経ったときだったか、キンケドゥさんに一部始終見られやりすぎもよくないと怒られもして、へとへとになりながら自室に帰ってきて今にいたるというわけ。
とにかく今日は集中しっぱなしで疲れた。いつ何が起こるかわからないし、休める時にしっかり休んでおかないと。
そう思って意識を手放そうとしたとき、ふいにノック音が聞こえた。
「はい。」
誰だろう……敵襲かなにかがあったのか?いや、敵襲ならもっとバタバタしているはずだ。……となると、ベラさんが今後のことについて会議するとか?
しゅっ、とドアが開く。
そこには女性がひとり、にっこり笑いながら立っていた。
「どうもトビアくん。さっき忘れ物届けてくれってザビーネから言われてね、はいこれ。」
女性はすっとオレの忘れ物を差し出した。
どうやらオレの想定したこととは全くのハズレだったらしい。なんだろう、さっきまでなに考えてたんだか。ここに来てから張り詰めすぎじゃあないのか?
「あ、すみません。ありがとうございます。」
重い体を起こして忘れ物をもらう。
彼女はスイさん。主に料理をしたり洗濯をしたりしていて、この海賊の中では少し目立った存在の人だ。
なぜちょっと目立っているかというと、あのキンケドゥさんとダブルエースにして常に冷静なザビーネさんが彼女に惚れているからだ。
ふたりともオレが来る前からクロスボーン・バンガードにいるからいつからからわからないけど、ザビーネさんはそうとうスイさんに惚れてるらしい。でもスイさんはずっと告白を断っているらしく、ザビーネさんは今でも諦めきれずにアタックしてるらしい。
たぶん今回のこともザビーネさんがスイさんと話をしたくてやったことなんだろう。
オレもスイさんのことを恋愛対象として見たことはないが(少なくとも10こは年が離れてるだろうし)、美人なのはたしかだと思う。そのうえ事務関係の仕事もできるし、性格もいいからザビーネさんが惚れるのもわかる気がする。
「ちょっとだけだけど見てたわ、トビアくんガンダムのところにいたでしょ。操縦の練習頑張ってるのね。」
「ははは……ありがとうございます。」
そういえば、彼女とこうやって話をすることはなかったんじゃないかな?
オレとスイさんとじゃあんまり接点ないし、オレもここに来てから日が浅いしなあ。
「ねえ、トビアくんとこうやって話をするのって初めてよね?中に入ってもいい?」
「ええ、どうぞ。」
どうやら彼女も同じことを考えていたらしい。
この機会を逃すとゆっくり話すこともないかもしれないな、と思いすごく眠かったけど彼女の申し出を受け入れることにした。
「どう?宇宙海賊クロスボーン・バンガードに、少しは馴染めてきた?」
「ええ、まあ。キンケドゥさんやべラさんがとても親切にしてくれますし。」
「ふふ、トビアくんいい子だね。」
ぎし、とスイさんはベッドに座っているオレの隣に腰掛けた。
「この船に密航してた……ベルちゃんだっけ?彼女との仲はどう?」
「え……っと、ま、まあまあです……。」
「ふーん」
くすくすとスイさんが笑った。何がそんなにおかしいのだろうか。
「べラにベルちゃんのお世話役頼まれてから、ずいぶんと仲良さそうじゃない。彼女に気があるのかしら。」
「そ、そんなことは……!」
あわてて反論すると、またスイさんが笑い出した。
「ウソウソ、冗談だよ!どんな反応するのかなーって思っただけだって。トビアくんって結構おもしろいね。」
さっきよりも派手に笑う彼女。
なんだろう、恥ずかしいって言ったら恥ずかしいけど、この人こんなこともするんだ。あのザビーネさんが好きになった人って言うから、もっと真面目な人なのかな、って思ってたんだよな。
「そういうスイさんだって、彼氏とかいないんですか?」
「私?」
「ザビーネさんに猛アタックされているんですよね?どうしてお付き合いとかしないんです?ザビーネさんいい人じゃないですか。」
からかわれた仕返しにこっちからも話題をふっかけると、スイさんはちょっと嫌そうな顔をした。
嫌そうな顔、って言っても露骨に顔に出すんじゃなくて、笑顔がさっとなくなっていったとか、そんな感じだ。
「ザビーネね。……私あんまり好きじゃないのよね」
「えっ」
「あ、好きじゃないって言っても仲間としては信頼してるからね。ザビーネって冷静沈着で正確な判断ができるところとかMSの操縦がうまいとか……そういうとこはすごいと思うし、素直に尊敬しているわ。」
「じゃあなんで……」
「んー……本人には申し訳ないんだけど、あそこまで露骨に野心を抱かれていてもねえ。私
、ああいう男って嫌いなの。」
「ええ!?」
意外だ。女の人ってなんか男のそういうところにときめくものだと思ってた。……というかザビーネさん野心があるのか。
「なんでザビーネさんが野心を抱いてるってわかったんですか?」
「やっぱり嫌いなタイプって体が反応するものなんだよねえ。なんとなくかな。」
スイさんは苦笑いして肩を落とした。……確かに、ザビーネさんは顔も整ってるし大人の男って感じがするけど、そういう上司的な人が苦手な女性は駄目なのかな。
「じゃあ、どんな人が好みなんです?」
「えー……誰だと思う?」
「………ジェラドさんとか、キンケドゥさんとか……」
「ふふ、みんなパイロットばかりじゃない」
くすくす笑われると、なんだか照れてしまった。ポリポリと頭をかく。
ふいに、スイさんがじっとオレの顔を見つめた。なんか、ゴミとかが顔に付いたのだろうか?そっと彼女の手がオレの頬に触れる。
「そういえば、こんなところにもいるわね、かわいいパイロットさんが」
「え?わわっ……」
くっと肩を強く押された。思わずベッドに倒れる。スイさんも、オレの上に乗るような形で倒れ込んできた。
「あの……スイさん?」
「ちょっと大人しくしててね。」
にやりとスイさんが笑った。その妖艶な笑みに思わずぞくりと来てしまう。
彼女の瞳にオレの顔が映った。そのオレの顔は、なんとも間抜けだ。
「ずっと思ってたんだけど、トビアくんって唇きれいだよね……」
つう、と彼女の指がオレの唇をなぞった。
「っ……!!!」
思わず息を止めてしまった。体がびくんと跳ねる。
「しぃ、静かにね」
にやにやしながらスイさんは言った。でも、唇をさする手は止めない。
「あ、あの……」
「トビアくん、形はいいけどかさかさだよ?ちゃんとリップつけないと。」
「スイさん……」
緊張して息が上手くできない。彼女の手に息がかかるのかと思うと、呼吸ができなくなってしまう。
「ふふふ……」
スイさんはなめるようにオレの唇をさすった。時々指が口の中に入り、歯とぶつかる。歯まではまだ良いけど、舌に当たったときはむちゃくちゃ恥ずかしかった。
心臓が早鐘のようにうるさい。顔も熱い。きっと今のオレの顔は真っ赤なんだろう。
「反応してるの?トビアくん可愛い」
くすくすとスイさんが笑った。とたんに彼女はオレの首もとに顔をうずめる。
「ッ……!あのっ、スイさん…!?」
びりびりと甘い痺れが全身を襲った。スイさんが首筋を甘噛みしてきたのだ。
もちろん指は唇をさすってるままだ。
「スイさん……あの、そろそろ……」
「んー?」
必死の抵抗というか、オレは両手でスイさんから離れようとした。でも、力が入ってないのか彼女は全く動かない。
やばい、なんだか頭がもうろうとしてきた。顔も熱いし、むらむらしてきた。
「……このままいけないこと、しちゃおっか」
スイさんが耳ともで囁いた。体が耳元から体中へ痺れが走った。
いけないことって?こう……大人の人達がやるようなことを?
意識がもうろうとしてるせいで、頭がうまく働かない。いけないことがどういうことなのかちゃんと考えられなかった。
本能と、雰囲気にまかせて頷こうとしたとき、ふいにスイさんはオレから体を放した。
「冗談よ」
ふっと笑ってスイはベッドから降り、そのまま部屋を出て行った。
部屋から出る前に、
「この続きがしたかったら来なさい。いつでも相手してあげるからさ。」
というセリフを残して。
オレはというと、ベッドの上でなにがあったのか理解できず、まだ正常に働かない頭を必死に回転させているのであった。
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