GUNDAM
シンデレラ・コンプレックス
「…………。」
バルコニーで、静かな音を立てる海を見つめていた。
夜でも、海は綺麗に見える。いや、夜だからこそ感じる海の魅力というものがあるのかもしれない。
朝は朝日に包まれ、昼は綺麗なマリンブルーの顔を、夜は紫の色を。
そして夕方には血だまりのようにまっ赤に染まる。
『よおスイ!また来てやったぜ!』
海と同じ髪と目をした少年。
彼はいつも、器用に高いバルコニーを上り、この屋敷にやってきた。
『今日はさ、「カルパッチョ」っていうのが食べたいんだ!なんか軍のやつらが話してたから』
そしていつも難しい料理をせがんできた。いつの頃からか、彼がやってきたときには料理を振舞うのが習慣となってしまっていた。
『それで、この前は5機敵をやっつけたんだぜ!』
かわりに外の話をすること、私と一緒に遊んでくれる事、それが私と彼との約束だった。
外は戦争をやっていて、彼はその兵隊なのだそうだ。私はこの屋敷からでられない。だから私と同じくらいの人が兵隊になってるって聞いて少しびっくりした。
他にもいるの?って聞いたら、そこそこね、という返事が返ってきた。
『でも、スティングの奴が7機壊しててさ、負けちゃったんだよね。』
スティングというのは、彼と同じ部隊の仲間らしい。あとステラっていう女の子もいるって聞いた。女の子がいるって聞いて、ちょっと嫉妬しちゃったって言ったら、彼はなんて表情をするのかな。
『僕さ、一機でも多く倒せるようにもっとがんばるから』
MSを破壊する事は、すなわちその中にいる人を殺すっていう事で。
それが本当に喜ばしい事なのか、世間知らずの私は全然わからなくて。
この関係を壊したくないから、がんばってねって笑顔で答えるだけで。
『スイがもっと笑ってくれるように、僕、がんばるから』
そう言われると、もう何も言えなくって。
海は広い。
海は大きい。
彼は、この海が好きだと言っていた。
だからたまたまこの近くに来て、たまたま私を見つけたって。
『だから、海がスイと僕を引き寄せてくれたのかなって』
そう言われてから、私もよく海を見つめるようになった。
彼が好きだって言っていた海。そう思うと、私もだんだん海が綺麗に見えてきて、好きになっていった。
『戦争が終わったら、もっとたくさんスイのところにいけるのにね。』
はにかむ笑顔が大好きだった。ちょっと子どもっぽい口調で、私を口説いてくれる姿が大好きだった。
私の知らない事を知っている人。
『戦争が終わったら、2人で海に行こうよ』
そういって、お互いの小指をからませたあの日。
絶対よっ!!って私がちょっとあせりながら確認すると、
『絶対だよ、僕のお姫様』
って返してくれて。
それがくさくても、子どもっぽくても、私には十分で。
つまるところ、彼は私の王子様だったのだ。
私を外に連れて行ってくれる、理想の王子様。
そして約束したその日から、私はずっと夜の海を見つめるようになったのだ。
「アウル………」
楽しみにしていた、アウルが来てくれるのを。
そして私を強引に屋敷から出してくれて、そして満面の笑みで海を見つめている彼の姿を。
ああ、海は何も変わらない。ただ、一日の中で規則的に表情を変えるだけだ。
彼のように、満面の笑みは見せてくれない。
それでも、海は彼の好きなもので、海だけが、私と彼をつなぐ唯一のもので。
それゆえに、愛しく、そして憎らしい。
海を見ると、いつでも私の王子様の事が脳裏をかすめていく。
「待ってる……ずっと待ってるよ……」
たとえそれが、10年後、20年後だとしても。
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