GUNDAM

喰らいついた甘いその果実は


私は白く無機質な廊下を、手作り弁当を持って歩いていた。


すでに博士号を3つも持っているニルスは、自分のラボを持っている。と言っても、研究者が沢山いる施設のひと部屋を与えられているだけだけど。それでも、わずか10代前半で博士号を取得している天才だ。期待値も大きくそれなりの部屋を与えられている(らしい)。


ニルスは研究者体質というかストイックというか、やり始めたら自分が納得するまでとことんやり通す体質だ。だから一度研究室に閉じこもるとしばらく出てこないことは日常茶飯事だった。


だから、食事云々の世話もこっちがしないと、一度やりだしたら止まらないニルスは全く手を付けない。…何回かそれで倒れたこともあるしね。


「ニールスー」


ニルスから貰ったセキュリティーカードを通して、彼の研究室に入る。ニルスの部屋は割と片付いていた。何度か他の研究者の部屋に入ったときは、足の踏み場もなかったくらいだったから。きょろきょろ見渡すと、端にある大きなデスクにニルスはいた。


「ニルスー、食事と服持ってきたけどー。お風呂も入らないと汚いよー?」


整った部屋とはアンバランスに、デスクはわりかしごちゃごちゃしていた。よくわからないけど、難しそうな計算式や言葉が羅列している紙が大量に並べられている。ニルスはその中でデスクに突っ伏していた。

私はそれを適当に寄せて、弁当を置いた。


「ニールースー?」


返事がいつまでたってもないから、ひょっこりニルスの顔を覗いた。……うわあ、ニルス、居眠りしてる。


「ニルス、ほら起きて」


少し揺さぶってみるけど、全く起きる様子はない。そういえば、夜来たときは3、4日くらいちゃんと寝てないって言ってたっけ。

……本当に、ストイックと言うかなんというか。彼の良い所なのかもしれないけれど、ニルスはまだ若いんだから、無茶もいいけどほどほどにしないと。私が心配してしまう。


起こすのやっぱやめておこうかな、とか思いながらじっとニルスの顔を見ていたときだった。


「………へえ」


ニルスって、顔けっこう整ってるよなあ。


まつげもばさばさだし、鼻もすっとしてる。黒い肌も、ドレッドヘアも、見ていて飽きないくらいきれいだ。元々、将来いい男になるだろうなとは思っていたけれど、ここまでまじまじと見ることはなかったから。


そういえば、唇も手入れしてない割にはぷるぷるだなあ。なんておばさんくさいこと考えながらじーっと見つめていると、ふいに触りたくなった。


あんだけ揺さぶっても起きなかったから、きっと大丈夫だよね。


私はそっと人差し指を彼の唇に当ててみた。

わあ、柔らかい。



「…………どうしたんですか?」


「へぇああっ!!!!???」


素早く指を引っ込めた。先程まで凝視していた彼を見ると、デスクに頭を置いたまま、目がうっすら開いていた。

やばっ、驚きすぎて変な声出た。



「に、ニルス、いつの間に……?」

「……揺さぶっていた辺りから、でしょうか?」


じゃあなぜ狸寝入りをしていた!? 

突っ込みそうになったけど、抑揚のない声で「でも、まだ夢現なんですよね……」と彼は呟いたことで理解した。

どうやらまだ完全に起きていないらしい。


「なにしてたんですか?」


彼はまだ頭をデスクに預けたまま、唇を少しだけ動かして言葉を紡いだ。


「え!? あ、いや、ニルスの唇がきれいだなーって思って! それで、ちょっとだけ触ってみたいなぁーとか……」


しどろもどろで答える。口に出すのはいいけど、いや改めて口にすると、なんて事しようとしてたんだ、私。こんなところ、他の人に見られたら大変だったろうに。

……いや、ニルスはまだ寝ぼけ半分だ。今ちょっとぱかんてやったら大丈夫かな?

…………駄目だ寝ぼけ半分だから全力で返り討ちに合う。


「……………」

「え、えへへ…」

「……いいですよ」

「へ?」


今、なんて言いました?


「くちびる、触ってもいいですよ」

「え……?」



開いた口が閉じなかった。

本当に、言ってる?

いつもなら恥ずかしがってキスすらも拒むときあるくせに?



「……僕はかまいません」

「え、ええ……?」


本当に寝ぼけてるのね、ニルス……。


じゃなきゃ、こんなこと、普段の彼が許すはずないもん。


いや、でも、目をうっすら開き、口も少し開いているニルスがなんかセクシー。っていうかエロい。たぶん彼狙ってるわけではないだろうけど、どう考えても誘われてます、これ。

もちろんそれに引っ掛からない私じゃなかった。



「じゃあ、遠慮なく……」



恐る恐る指を近づけ、ニルスの唇に触れた。


薄い唇。本当につやつやしている。うわ、すごい気持ちいい。

私は夢中でニルスのそれに触った。


上から横にスライドして、下唇に移動させる。まるで、口紅をひくかのように。どれだけそうしてもきっと飽きないだろう、そう思わせるくらいニルスの唇は魅力的だった。


少しだけ目線を上げると、うつろな目で私の指を見るニルスが映った。私の視線に気づくと、薄く笑う。

本当にニルスはきれいだ。私の心臓がとくんと跳ねる。


ああ、そんな顔されると、ただ触れるだけのつもりだったのに、そのさらに上を求めたくなってしまう。



「ね、キスしてもいい?」

「いいですよ」



ニルスはゆっくりと顔を上げ私に向き合ってくれた。きい、と椅子が鳴る。私はそれに少しだけ体重を預け、ゆっくり私と彼を重ねた。


薄い、柔らかい唇。私はニルスとするキスがとても好きだった。

触れて、ここまできれいな唇をしていたからなんだと気づかされる。


「………ん」


ニルスが小さく声をもらした。今日の彼は、いつもより積極的だ。私のキスにゆっくりだけど返してくれる。普段は恥ずかしいからなのか、私になされるがままなのに。


薄く目を開と、目を閉じ、私のキスに身を任せているニルスの姿が。あまり見ないとろんとした顔に、ぞくぞくと電流が走った。


もっとしたい。もっと、溶け合いそうなくらいに、長く、永遠でも構わないくらい。2人だけの、真っ白な空間はそれを実現させてくれそうだった。


でも、生命の神秘にはかなうはずもなく、しばらくして息が苦しくなりお互い顔を離した。



「ニルス、疲れてる?」



あれだけ情熱的なキスをして、ニルスはなお寝ぼけ半分な顔をしていた。それこそいつもなら、羞恥で顔を真っ赤にしたり、口元を袖で覆い隠したりするのに。



「そうですね……。最近、研究づくしでしたから……」



ああ、やはりそれが原因なのね。ニルスは椅子に座っていることすらつらそうに見えた。

……ベッドもあるんだから、一眠りすればいいのに。やはり彼はとことんのめり込むタイプのようだ。


私はなんとなく、彼がここまで積極的になる理由がわかった気がした。


「少しは、気分転換になった?」


「はい……」


弱々しく、薄く笑う。私はそれがなぜか愛おしくなって、くしゃくしゃ頭を撫でた。


その顔はまるで、遊び疲れた子供のように。

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