GUNDAM
どっちが好きなの?
私はしゃくりと林檎をかじった。
咀嚼していけば、果実独特の甘味がじんわり口の中に広がっていく。最近宇宙食だったからこう新鮮なものを食べられるってすごいありがたいことなんだなあ、って実感する。
それでいて、もうちょっと油や機械の臭いが強くなければなあ……とわがままを思ってみたり。格納庫で休憩取ってるから、無理なんだけどね。最近、戦闘が多いから、整備チームはあんま休憩らしい休憩はとれない。現に私も、今は自分の専門分野が別の作業でできないから休んでるだけで、ボルト片手に段ボールの上で休憩とってるし。
どれだけパイロットがMSを丁寧に扱っても、私たちは何時間も仕事をしなきゃいけないから、面倒だよなあ。ま、チーフじゃないだけましか。あの人は本当に休みなしだし。今だって何かを叫びながらGセルフの新しいバックパックの準備をしてる。よくやるよなあ。
整備の人たちが汗かいてMSを修理しているのを見てると、ちょうど近くにリンゴが来た。一緒に整備をしてたのか、それともシュミレーションをしていたのかわからないけど、少し疲れているように見える。
「おーい、リンゴー!」
私が手をあげればリンゴは気がついたのか、こっちにやってきた。
「スイ、どうしたの?」
「これあげる、さっきもらったんだ」
彼の手に、近くに置いてたいくつかの林檎をひとつ渡した。
すると、彼はそれを見て眉間にしわを寄せた。
「……林檎、嫌いだった?」
「いや、これ自体は嫌いじゃないけど、あんま好きじゃないんだよね。これのせいですっげーからかわれるし、しょっちゅう貰うしで」
あ、そうか。リンゴと林檎で、名前が一緒なのか。全く考えないで渡しちゃった。あっちゃあ、疲れてるところに機嫌も悪くさせちゃった。ごめんねリンゴ。
「私は好きだけどねえ。甘くておいしいし」
「ふうん」
もう一度林檎をかじろうとしたら、ひょいとリンゴに盗られた。「あ」と声をあげたときには、私が食べていた林檎はすでに彼の手の中に。
彼は盗ったそれを、まだかじりついてないきれいな部分を自分の顔と並べていたずらっぽく笑った。
「『りんご』って、どっちのりんごが好き?」
「……もちろん赤い方に決まってるでしょ」
返して、と彼の盗った林檎に手を伸ばそうとしたけど、リンゴはひらりと身を翻して避けた。
「こっちのリンゴは? 甘くておいしくないの?」
「返してったら」
ちょっとむかっときたから、ムキになって彼から林檎を奪おうとするけど、彼はのらりくらりと私の猛攻を避けていく。こいつ、さっきまでよろよろだったくせに、にやにやしながら避けやがって。こっちの動きに過剰に敏感なんだから、パイロットって嫌いだ。こういうくだらないときに自分の能力を発揮して! ていうか、それ食べかけだから、そんなにべたべた触らないでほしいんだけど!
必死の攻防の末(主に私一人が)ようやく手が林檎を捉えた。やった、と思ったとたん。同時に私もリンゴに捕まってしまった。
ぐい、と彼の顔が近づく。リンゴのきれいな目と私の目が合った。
「ちょっと、離して」
「俺のことも食べたくなんない?」
「別に。今はそんな気分じゃない」
「強がっちゃってさ。じゃ、食べさせてあげる」
「強がってないから返してって……」
言い終わる前に、リンゴが唇を押し付けてきた。
彼の柔らかい唇が、何度も何度も私を貪っていく。まるで、私の唇を味わっているかのように。
逃げようにも、腕を捕まれてるから逃げられない。
「っ……ん!」
さすがに苦しくなって彼の肩を叩くと、そこでようやく口を離してくれた。
むかついて拳を振り下ろしたけど、彼は軽々と避けてしまった。とても満足げな顔をしていて、それが私の精神を逆撫でする。こっちは酸欠で息切れしてんのに、あっちが涼しい顔してるから余計に。
「こんなとこでやる必要ないじゃない、バカ」
「でも、美味しかったでしょ?」
「本気で怒るよ」
冗談だって、とリンゴはけらけら笑うと、手に持ってた私の林檎をひとくちかじった。
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