青の破軍
5
「ふうーっ! 買った買った」
やっぱり軍人さんって給料いいんだなあ。私、遠慮なく新しい服とか雑貨とか買っていったけど、ちゃんとお金払って貰ったし。
今や両手は買い物袋でいっぱいだ。もちろん、半分軍人さんに持ってもらってるけど。怪我してなかったら全部持ってもらいたかった。身もフタもないとか言わない。
「君は俺を破産させる気か!? こんなに金を使い込んでっ」
軍人さんは机を叩いた。目の前に置かれていたコーヒーが危なげに揺れる。
「心配しなくてもこれで終わりですよ〜。あっ、デザートありがとうございます」
私はウエイトレスさんが運んできてくれたチョコレートパフェを受け取った。
やっぱり食後のデザートは大事だよね。このチョコソースのかかったバニラアイスが最高! バナナはいらないけど!
今、私たちはある程度買い物を済ませたので、今はファミレス的な所で休憩をしていた。
久しぶりに美味しいご飯にありつける(アトラのご飯をディスってるわけではない)ということでたくさん食べちゃった。
もっと詳しく言うと、ステーキ定食にパスタ、天ぷらの盛り合わせを平らげて食後のチョコレートパフェに取りかかってる最中です。
すごい食べてるけど、いつもこんなに食べてるわけじゃないからね。昔はちゃんとパスタだけでお腹いっぱいになってたから!
「あっ、パフェのバナナ食べます?」
「いや、結構だ」
「そんなこと言わずに。ホラホラ」
「それ君が食べたくないだけだろう!?」
まあ結論的に言えばそうだね。
私は有無を言わさず空いてる皿にバナナを放り投げて、それを軍人さんに差し出した。
軍人さんはため息をついて、しぶしぶバナナを口に入れた。この人いい人だ。
「君、出会ったときからずっと不思議だったんだが……」
「はいはい」
「どうして俺が軍人だってわかったんだい? 君とは初対面のはずだけど」
「私だって、あなたの顔を見るのは始めてですよ」
軍人さんは「ならどうして……」とさらに怪訝な顔をした。
「先日、近くで戦闘が会ったでしょう? いたんですよ、私。そこに」
「あそこで働いているのか? あの警備会社に」
軍人さんは腰を浮かせた。
「違います。ただ、私の働いている会社の取引相手というだけです。その日は、商品を運びに行ってたんです」
全部嘘だけどね。
少し苦しいけど、しょうがない。ギャラルホルンが攻撃を仕掛けてきたのは夜明け前。戦闘が終わるのが昼に入るから入らないかの時間だ。
普通は、そんな早くに商品を届けるなんてことはない。
でも本当のこと言ったら、この人MSの人だし、私がCGSの人間だって知ったら最悪連行されちゃいそうだから。
あっ、そういえば、あそこってもうCGSじゃないんだっけ。確か、行く前にユージンがどうのこうの言ってたな。鉄華団、だっけ?
えーと……。
回想→
「鉄華団?」
「そうだ。決して枯れねえ鉄の華、鉄華団だと。全く、鉄華団なんてありえねえ! 俺なら、もっといい名前つけんのによ」
「ふうん? 例えば?」
「ハイパーなんたらとか、エクスタシーとか……エクスタシー? ……ジャスティス……ジャスティス! びしっとくるぜ! なあアイリン!」
「はいハロ、笑って笑って〜」
『ハロハロハロハロ!』
「オイコラ。ならお前はなんてつけんだよ」
「私? えーっと、えーっと、そ、『ソレスタルビーング』とか、『リガ・ミリティア』とか」
「り、リミ?」
「別名歩く死亡フラグ」
「いやだめだろそれ」
←回想終了
ああ、そうだったそうだった。
行く前にそんな茶番してたわ。
それにしても鉄華団ねえ、オルガも洒落た名前をつけるよ。どっかのタレ目とは大違いだ。あと、ジャスティス連呼するのはやめような、某赤いガンダムを思い出すから。
「……そもそも、あそこは女を雇いません。なんなら調べても構いませんよ」
これは真実だ。
よほどCGSと関わりがない限り、私のことを知る人はいないはずだ。あんまり表立って働いたことはないから。
軍人さんは、それを聞いて、しばらく私を睨み付けた後、ゆっくり腰を下ろした。
「そうか……そうだよな。君みたいな女の子が戦争なんてしないよな」
「なにかあったんですか?」
「君も見てたんだろう? ……いや、この間のことはわからないかもしれないか」
そう呟いて、軍人さんは一部始終話し出した。
大量のMWと3機のMSで任務をこなそうと出撃したものの、ガンダムが出現したことにより指揮官が戦死し、任務が失敗して自分も怪我をしながら帰投したこと。
自分の上司が、その責任を問われて後始末をひとりで引き受け、単機出撃しそのまま戦死してしまったこと。
「あの人は、子供に罪はない。出来れば殺したくないと言いながら出撃していったんだ。なのに、あいつらは……」
軍人さんは机をじっと見つめながら、唇を噛み締め、拳をきつく握った。
よほど恨みが募っているんだろう。それが初陣だったらなおさらだ。はじめての戦いほど、記憶に残るものはない。
「それで、あなたはどうしたいんですか?」
「……復讐を」
軍人さんは、ゆっくり顔を上げた。
「クランク二尉の仇を。宇宙で」
「ということは、宇宙でまた戦闘を?」
「自分が出撃できるかはわからないが、そういう手筈だ。噂じゃあ、あそこの会社と取引したどこかの商団がこっちに連絡を取ったらしい」
「……」
商団というのは、最近オルガ達が地球航海の道案内を頼んだとかいう商団のことだろう。なるほど、良いことを聞いた。
オルガのことだから用心はしてるだろうけど、念には念を入れないと。今日はお金以外にもいいものが手に入ったな。
この人のこの目。目の前のことに捕らわれすぎている。強化された脳を使わなくてもわかる、嘘はついていない。
この人はよほど、恨みに呑まれてるんだろう。
「あの、えーっと……」
「なんだい?」
「そういえば、名前なんでしたっけ?」
軍人さんはまるでコメディ漫画みたいに派手に手を滑らせた。
「……アイン・ダルトンだ。そういうのはもっとタイミングの良いときに聞いてくれないか」
「あはは、すみません」
いやあ、始め名前を聞き忘れてからすっかりタイミングを見失いまして。
「アインさん、仇討ちなんて止めた方がいいと思いますよ。憎しみは憎しみを生むだけです。それに、仇を射ったところでむなしいだけです」
私は水を一口飲んで続けた。
「復讐に捕らわれすぎたら、復讐することしか考えられない生涯を送ることになります。それはすごく悲しいことですよ。」
「……君のような子供が、知ったような口の聞き方を!」
「アイン・ダルトンさん。なら、私の話をしましょうか?」
熱くなるアインさんを冷ますように、私は冷静さを保ちながら言った。
「私、今身体を売って生活しています」
私は、さっきのアインさんと同じように、淡々とこの1年間のことを話した。
社長の世話と、ついでに会社の雑用をする代わりに、なんとか生きられる程度のご飯と寝床にありつけていることを。
人権だってまるでないような扱いをされたこと。私がどんな風に社長の世話をしたとか、ついでの雑用がどれだけ大変だってこととか。
そりゃあ、ここではこうして生きていられるだけでも感謝しないといけないってわかってる。でも、だからといって理屈で感情を抑えることって、難しいでしょう?
「殺したいって思ったこともありましたよ。世話をしてるときに、あの人の首を少し強く押し潰すだけで、全てが終わるって。
だけど、そしたら私も死んじゃいます。それに、仮に復讐を果たしても、私の失ったものって、もう元には戻らないですよね」
もちろんこの気持ちは、なにもあのクソ親父にだけ向いてるわけじゃない。
私は昔、大切な人を殺されて壊れる寸前まで怒ったこともあったし、恨みに取りつかれて狂人になった人も見た。
この人は特に、後者になろうとしている。
そういう人は、ほとんどみんなろくな死に方をしてない。私は優しいアインさんにそうなってほしくなかった。
……彼を鬼神にさせるきっかけを作ったのは、私たちなんだけどね。
「ねえ、アインさん」
私はアインさんの青い瞳を見ながら笑った。
「復讐ってつまらないですよ。そんなことより、楽しいことを考えたり、小さな幸せを喜ぶ方がもっともっと素敵になると思います」
私たちは、しばらく互いの目を見つめ合った。
そのしばらくは、恐らく実際に過ぎていった時間よりもゆっくり感じられたに違いない。アインさんの、色んなものが混ざり合った目が、私を見ている。
この人は今、私を通して自分と語り合っている。
アインさんは自分と向き合うことで、間接的に、そして無意識に私を試している。
「……君の言いたいことはわかった」
アインさんはゆっくり目を下げて深くため息をつき、それから少し笑った。
「ありがとう。辛い過去を話してくれてまで、俺のことを心配してくれて。きっとそれが一番いい方法だ。でも、さっき君自身が言っただろう? 理屈で感情を抑えることは、難しい」
「そうですね」
それができれば、きっと人間は神様にだってなれるはずだ。
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