青の破軍
1
…………。
場所は、少し離れて外宇宙のどこか。
ギャラルホルン火星支部に所属しているアイン・ダルトン二尉は、監査官であるマクギリス・ファリドの執務室へ呼び出されていた。
理由は他でもない、先の戦闘で現れた『角つき』についてのことだ。
『角つき』は、300年前の厄際戦でギャラルホルンで使われていた、72体のガンダムフレームのうちのひとつである。
元々ギャラルホルンの所有物だった機体がなぜ敵となっているのか? それは、時のいたずらかもしれない。
前の戦いから数百年経過しているのだ。ギャラルホルンに保管されている中古品は少ないのは、仕方がないことなのかもしれない。
アイン・ダルトンは初陣から計2回、その角つき……ガンダムバルバトスと対峙している。
過去二回の戦いは、戦力、少なくとも数は圧倒的にこちらの方が上だった。
特に宇宙の戦いは上官も監査官二人も参戦している。それでも相手を仕留めきれなかったのだから、監査官がやっきになるのは当たり前のことだ。
アインは手短にバルバトスについて、自分が感じたことを説明した。
マクギリスはときに相槌を打ちながら耳を傾ける。
「……そうか、よくわかった」
彼は、この若い士官をまじまじと見た。
青い瞳は真っ直ぐにマクギリスを捉えている。確か、殉職したクランク二尉は彼の直属の上司だったな。この士官はずいぶん二尉になついてたと聞く。
なるほど、目にこれほど真っ直ぐに負の感情を宿らせている理由はそれか。
誠実そうな男だ、良くも悪くも。
「ご苦労だった。下がりたまえ」
「あの監査官どの、お願いがあります」
「なんだ」
アインは背筋をぴんと張った。
「自分が不甲斐ないばかりに、上官を立て続けに失いました。このまま火星での勤務へは戻れません。願わくば、追撃部隊の一員に加えていただきたく、どうかお願い申し上げます」
アインのコバルトブルーの目が、マクギリスの目をじっと見つめる。
復讐に燃える目だ。
マクギリスは、思わず微笑を浮かべそうになった。
……いや、違うな。復讐のなかに、変なものも入り交じっている。
「気持ちはわかった。考慮しよう」
「ありがとうございます!」
アインは顔色を変えることなく感謝の意を述べた。
「指示はおって出そう。下がりたまえ」
「はっ!」
アインは片手を後ろに、片手を心臓の前にあて一礼した。ギャラルホルン独特の作法だ。
軍隊らしく、きびきびとした動作で踵を返そうとしたときだった。
「……ああ、忘れるところだった」
マクギリスが思い出したように、ぽつりと呟いた。
「もうひとつのMSについてだが」
アインはもう一度振り返りながら、心のなかで舌打ちした。
ガンダムフレームタイプの角つきに焦点が行って、こちらのことを完全に忘れていると思っていたのに。
できればこのことは話したくなかった。主に、見たことのないMSのことではなく、パイロットのことについて。
「君が乗っていた、グレイズの通信記録を拝見させてもらった。どうやら、あのガンダムもどきのパイロットと面識があるようだが?」
ほら来た。冷や汗が出るのを感じる。
冷静になれ。そして、正しく受け答えしなければならない。
アインは自分に言い聞かせた。これは非常に稀なケースだ。ヘタなことを言えば反逆の罪を被されかねない。
「監査官どのと火星へ降りたとき、偶然知り合いました」
アインは先程よりも慎重に、言葉を選びながら答えた。
「ティーンエイジャーだと思います。彼女……相手は女です……は、私を一目見てMSのパイロットだと言い当てました」
「その少女と、あったことが?」
「少なくとも自分は先日が始めてでした。出会っていれば、すぐにわかると思います。彼女、奇抜な髪をしていたので」
アインはマクギリスが発言するのかと言葉を切ったが、何も言わなかったので続けた。
「彼女も自分と会うのは始めてだと言っておりました。なぜ、自分がMSのパイロットだと分かるのか聞いてみると、なんとなくだと答えられました」
「なるほど、その少女も阿頼耶識をつけている可能性があるな」
「阿頼耶識、ですか?」
マクギリスは阿頼耶識について簡単に説明した。
手術によって金属端子を体に埋め込み、 パイロット能力等を飛躍的伸ばすマン・マシーンであること。しかしこれは人の体に異物を混入するため、非人道的であるとして現在は禁止されていること。
何より、バルバトスのパイロットは阿頼耶識システムの使い手であること。
アインは考えたのち、小さく首を振った。
「違うと思います。自分は初陣であの角付きと戦いました。角付きと、今回戦った羽根つきとは、戦い方が違うと感じました」
あの羽根つきのMSは、バルバトスより反応がよかった。もっと言えば良すぎだ。
自分が特効をかける前、6、7機で囲み羽根つきを射撃した。どれも、しっかり狙って撃った。それなのに奴には一弾たりとも当たってないのだ。
こんなことはありえない。厄際戦のときでさえ、こんな動きができるパイロットはいなかったはずだ。
「あの戦い方は、もっと、なんというか、心の底を読まれているような、知っているかのような……」
「ふむ。艦で撮った戦闘データを見たが確かに、違うと断言できるな」
マクギリスも一応、羽根つきのデータは一通り見た。
まるで、弾の行き先がわかっているかのような、それこそ鳥のように、流れるように避けていったのだ。
「MSについて何か聞いたことはあるか? 見たことのない武器を使ったが」
「ありません」
「では、この戦艦を沈めた武器については?」
マクギリスはモニターで、先日破壊された商船を写した。
遠くから見れば突然爆発したように見えるが、ある一点に着目してスロー再生すると、小型の兵器だろうか? ビームを船に浴びせているのがわかった。
「……わかりません。羽根つきの、羽の部分のように思われますが」
「恐らく遠隔操作できる兵器だろう。だが、このような技術はギャラルホルンどころか厄際戦の記録にも残っていない」
しんと、部屋に静寂が訪れる。
数機から発する弾幕を難なく交わすパイロットに、遠隔操作できる、見たことのない兵器を持つ謎のMS。
もしかしたら、真に警戒すべきなのは、この未知数な青いガンダムもどきなのかもしれない。
アインも、マクギリスも、口には出さなかったがなんとも言えぬ危機感を覚えた。
「青い揺光か」
「は?」
「記録に残っていただろう。羽根つきのパイロットが、自身のことをその二つ名で呼んでいた。洒落た通り名をつける」
ああ、そういえば。戦いの最中そんなことを言っていた気がする。
確かにユニークな通り名だ。
「アイン・ダルトン。君のことは信頼している。必ずや、散っていった上官たちの無念を晴らしてくれたまえ」
「はっ!」
アインは改めて敬礼した。
……信用されていないな。
羽根つきのパイロットに情が移ったと思われている。今の言葉は、警告だ。
(言われなくても、彼女のことは俺ひとりでやる)
アインは、唇を噛み締めた。
どこまでも、罪深い子供たち。
復讐しなくては。そして、救い出さなくては。
羽根つきのパイロットにプレゼントされたシルバーのブレスレットが、きらりと光った。
(君は騙されているんだよ、アイリン・レア……)
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