ハイドアンドシーク
「問題は板倉さんにゲームソフトを依頼し、その彼の遺体を発見した同じゲーム会社の社員のあなた方三人と速水さんだが……」
目暮警部がそう言いかけた時、オネエ口調の男性、須貝克路が「同じじゃないわ」と否定した。
「私達三人とも別々の会社よ。私は囲碁のソフトを依頼した須貝」
「チェスのソフトをお願いしていた、内藤です」
「俺は相馬。頼んでいたのは将棋ソフトだ」
「私は速水空映。そこの三人と違ってソフトの依頼はしてないよ」
「もう帰してくださいよ、我々は板倉さんの居場所を突き止めた毛利さんに連れられて、偶偶部屋に来ただけなんですから」
目暮に眼鏡をかけた内藤と名乗った男がそう要求する。そして小五郎さんが「あ、あのぉ。警部殿、私は……」と帰りたそうに声をかけるとジト目で彼を見て「そうだな」と言った。
「板倉さんが誰かに殺されたということは分かったんだ。その犯人を特定する証拠が未だ出揃っておらん。毛利君達と貴方方には後日改めて警察に御足労願いましょうか」
その言葉に容疑者三人は顔を明るくした。
「そりゃあ助かります。録画したドラマがちゃあんと撮れてるかどうか気になってたもんで、あはは。ここはお言葉に甘えて……」
と嬉しそうに話す小五郎さんの言葉を遮るように聞こえてきた言葉は小五郎さん自身の声だ。その声に自分のものでは無いと慌てる。
「このまま容疑者を帰してはならないと言っているんです」
そういった瞬間、情けない声をだして背後のベットに倒れ込んだ。
「何故なら犯人は我々の目の前でモノ手を上げて喜んでいるんですから。警部殿はへっぽこで助かった!ってね」
「な、なにぃ!?」
「ちょ、ちょっと!お父さん!失礼じゃない!」
ベッドに倒れ込んだ小五郎さんを少年が「ちゃんとしてよ、おじさん!」とベッドの麓に座らせる。
「そこまで言うなら、毛利くん。分かっているんだろうなぁ……」
目暮は小五郎さんの言葉に身体を震わせて「板倉さんを殺害した犯人がぁ!」と怒鳴った。
「ええ。その板倉さんに教えてもらいましたから」
「ん?おいおい、まさか死んだ人間の声でも聞こえた、なんて言うんじゃ……」
「やだ!」
「足首ですよ。警部殿も見たでしょう?板倉さんの右足首だけ靴下の跡が無かったのを。あれは板倉さんが亡くなった後で再びこの部屋にやってきた犯人が遺体の靴下が片方だけ脱げているのを不自然に思い、履かせなおしたため。では何故、板倉さんは素足にならなければいけなかったのか」
焦らすように推理を話す小五郎に「何故だね」と目暮が聞く。
「それはそうしないとあるものを掴んだり、並び替えたり出来ないから」
「掴むって一体何を……」
その言葉に高木刑事があたりを見回して「ま、まさか」と囲碁に目を向けた。
「そう、板倉さんは心臓の薬が切れる迄の時間を使って右足でそこに書き記したんですよ。犯人を指し示す、ダイイングメッセージをね……」
小五郎さんが目暮警部にパソコンの使うように指示した。しかしパソコンを切ってくださいと指示に電源ボタンを押してもパソコンの電源が落ちず、コンセントを抜いてしまった。
「ダメですよ!コンセントいきなり抜いたら!コンピューター内のデータが消えたり故障の原因になったりするんですから……」
「だがさっきはボタンを押しても切れなかったじゃないか」
「安全のためにボタンをしばらく押し続けないと電源は切れないようになっておるんです」
「そう……、それはパソコンを使う人間が最もやってはならない禁じ手。そして、立ち上げるや開くなどの言葉は普段パソコンを使っていないと理解できない言葉……。もうお分かりですね?その碁盤に何が書かれているのか」
その言葉で再び碁盤に視線が集まる。
なるほど。禁じ手に普段使用していない言葉。
つまり犯人は碁盤をダイイングメッセージだと気付かない人物。ということは囲碁ソフトを注文していた須貝さんは犯人から除外される。彼ならば碁盤の不自然さに気付いてしまうだろうから。
次に普段使用していない言葉。それは恐らく点字だ。最近はすっかり視力が落ちて点字を覚えているとボヤいていた。そうなると内藤さんも犯人から除外していいだろう。眼鏡をかけているのだから目が悪いのは確か。彼ならきっと点字を読めるだろう。
「点字にこんな形は……でも白い石を無視すれば読めそうです!」
「そ、それで!」
「ハンニンハソーマ。ショーコハトケイ」
犯人は相馬、証拠は時計。
その言葉に全員の視線が相馬竜介に向いた。
「相馬さん!」
「嘘!あ、貴方は犯人なの?」
「お、おいおい、何でそうなるんだよ?誰かが俺に罪を着せるために……」
「違うよ、だって貴方が犯人だからこのダイイングメッセージが残されたんだから」
「彼女の言う通りです、貴方は囲碁も点字も知らない。したがって犯人は徹底的な証拠を今も身に付けている。相馬さん以外に考えられない」
早口で推理をかたる小五郎さんに目暮警部は「ちょっと待て、毛利君!」と静止をかけた。
「そんなに早口でなく、いつもの様に順序立てて説明してくれんか。犯人である根拠やその証拠を」
「……そう、板倉さんはこのダイイングメッセージを残す時に考えたんです。自分が死んだ頃、この身を拘束しているガムテープを解くために犯人は必ずこの部屋に戻ってくると。だが相馬さんが読むことも不審に思うこともないこの暗号にしたんですよ。それに遺体が見つかれば貴方方三人が警察に事情聴取をされ、この碁盤の写真を見せられるのは確実。その時エレベーターの点字をなぞる程目の悪い内藤さんなら点字を読んでくれるかもしれないし、自分に囲碁のソフトを依頼した須貝さんなら禁じ手を不自然に思いこれが暗号だと気づいてくれるはずだとね」
「離れていると人の心も夢も、皆変わっちまう……人生に「待った」があるなら二十年前に戻りたいよ……。奴と同じく夢を見ていたあの頃にな……」
追い詰められて自白した相馬さんの言葉に遣る瀬無い空気が残った。
「それにしても空映はなんで板倉さんと連絡をとってたの?」
事件が終わり、帰る方面が同じ蘭ちゃんとその居候であるコナンくんと帰っている途中。蘭ちゃんがそんなことを聞いてきた。
「あれ、言ってなかったっけ……。板倉卓は私のお父さんだから」
「え!?でも空映の苗字って速水だよね」
「家庭の事情……かな。まあ詳しいことは教えられないんだけど」
「あ、ごめんね。あんな事件のあとなのに……」
「ううん、大丈夫だよ」
人はいつか死ぬ。それが早まっただけ。それに逃亡したところで組織から逃げられるわけがない。だから、私は大丈夫、まだ大丈夫。
板倉の娘という事を聞いてか、コナンくんが焦ったように「空映お姉さん!」と呼んだ。
「どうしたの?」
「関西弁の大男を見たこと無い!?」
関西弁の大男、多分テキーラという男だろう。しかし何故コナンくんが彼を知っているのだろう。
「……無いかな。その男がどうかしたの?」
「う、ううん。それならいいんだ!」
コナンくんも必要最低限しか話すつもりは無い。あの組織については触れないのが一番だ。巻き込まれたら最後、命の保証なんて無いのだから。
「あ、私はこっちだから。バイバイ、蘭ちゃん」
「うん、じゃあまた学校で!」