ルックソーファミリア
蘭ちゃんと別れたのは道が違うからではなく、見覚えのある顔を見つけてしまったからだ。
赤井秀一。数年前まで諸星大として組織に潜入していたFBI捜査官。歳の近い妹か弟でもいるのかよく気にかけてくれていた。しかしまあ、それも捜査の一環だったんだろうけど。あの二人の前で彼と顔を合わせるわけにもいかない。だから蘭ちゃん達と早めに別れることにした。
少し歩いて住宅街に入ったところで女が待ち伏せしていた。
「何処をほっつき歩いていたのよ」
「素顔でいいの?」
「多少の変装もしてるし問題はないわ。貴女あの二人と知り合いだったのね」
サングラスとヴィッグは付けていたが、顔には手をつけていなかった。パッと見、彼女がクリス・ヴィンヤードだと気付く人はいないだろう。
ベルモットの言う「二人」というのが誰か悩んだが、恐らく先程まで一緒にいた蘭ちゃんとコナンくんの事と検討をつけた。
「クラスメイトだからね。ベルモットはなんで知ってるの?」
「昔少しね」
話す気は無いらしい。ただその表情をみればベルモットがあの二人をどんな風に思っているのか分かった。その様子に思わず微笑が浮かんだ。
「何よ」
「別にぃ?何でもないよ」
「あっそう。……そういえばさっき貴方がいたホテル、警察が沢山いたけど何か事件にでも巻き込まれたわけ?」
「……殺人事件だって。私は殺された被害者と連絡を取っていたから参考人として呼ばれたんだよ」
父が死んだという事実を伝えていいのか迷ったので、被害者は伏せて殺人事件ということだけ伝えた。その答えに彼女は、興味無さげに「ふぅん」と相槌をうつ。
「その事件、解決したの?」
「小五郎さんが解決してくれたからね。そうじゃないと私はまだ帰れてないよ」
「へぇ、あの眠りの小五郎が解決したのね」
「それはもう。ズバっと推理かましてたよ!」
小五郎さんの話をすると楽しげな表情を浮かべた。もしかすると彼女は小五郎さんのファンなのかもしれない。
「そういえば貴女に調べて欲しいことが有るのよ」
「何を調べればいいの?」
「ある人物の経歴や身辺よ。このサイトを見れば直ぐに身元も調べられるはずよ。……いいかしら?」
「それ位なら簡単に調べられると思うよ」
ベルモットに渡された携帯の画面に映るのは殺人サイトの掲示板だった。この人物の身元を調べて報告してほしいらしい。
そんな彼女に「でもいいの?」と聞く。そもそも組織に力を貸しているのは例のソフトを作るためだが、最近は仕事が忙しくてあまり手を付けていない。その問いに彼女は「別にソフトの取引はもうすぐ。それが終われば貴女が仕事を引き継ぐ必要は無いわ」と彼女は言った。
例のソフトは未完成だ。父は完成させずあの男に殺害されてしまったのだから。だからその仕事が私に回ってくることは必須。
組織での私の仕事はコンピュータ関連のものは殆ど関わる。情報収集からセキリティまで色々。私が板倉の娘であるという事実が知られていなくとも、そういう仕事を担当しているのだから回ってくる。今思えば彼女はそれも視野に入れていたのかもしれない。
問題は引き継ぐ以前に、父の遺したデータを組織が手に入れることができるかという点だ。手に入れなければそれでいい。私としては完成から遠退くから好都合だ。しかしそれは逆に組織以外の手に渡る危険性もある。そう考えると自分の手元に合った方が安全だ。
父の事だから別荘にデータを置いていると思うが、取りに行くのは危険だろう。組織が別荘を監視している恐れもある。私の姿を見られたら終わりだ。
電話の音が鳴った。
画面には工藤新一と表示されている。
「……出てもいいわよ?」
「じゃあ……。はい」
「よ、よぉ。速水」
言いにくそうに「お前に聞きたいことがあって」という彼に「どうしたの、工藤くん?」と聞く。敢えて名前を出したのはベルモットに電話の相手が誰なのか伝えるためだ。
「お前の親父が作ってたシステムソフトってどんなものか知ってるか?」
「どうして君がそんなことを知ってるの?」
何故、彼がそんな事を知っている。
否、蘭ちゃんが事件の詳細を話したのかもしれない。
「いや、それは、」
「……別にいいよ。知ってるけど話す気は無い。君が良い人なのは知ってるけどこれは他人に話せないことだから。」
「あー、悪い。……お前の親父が亡くなったあとだって言うのにこんなこと聞いて」
「それは気にしてないから……」
工藤くんがシステムソフトを気にしているということは、板倉卓について調べているという事だろう。しかし父一人を調べる理由は思いつかない。となると、彼が調べてるのは。最悪の予想が頭をよぎった。
「もし、君が危ない人達を敵に回してるなら蘭ちゃんを悲しませるようなことはしないで」
もしそうだというなら。それだけは守って欲しい、その返事に「わかってるよ」と返ってきた。それを聞いて「じゃ、用事あるから切るね」と一方的に通話を切った。本当にわかってるんだろうか。
「それは同意ね。あの娘を悲しませたくないのは私も一緒だもの」
「……そうだね」
ベルモットのいうあの娘が蘭ちゃんのことだと理解して「私も悲しませるようなことはしたくないな」と返した。