上げたのは産声
ふかふかしている。ベッドの上だ。
目を覚ますと見覚えのある部屋にいた。余計なものはないサッパリとした部屋、ここは後輩である降谷零の家だろう。
それにしても、なにか違和感がある。なにかが足りないような。ぺたん、とした胸を触る。

「な……無い!」

元々ささやかな胸であったが、今はまな板のようにつるぺったんになっている。それだけでは無い。無いのは胸だけでなく身長もだ。
これは一体、どういうことだろうか。全く理解できない。

「目は覚めたかい?」

廃墟で倒れていたところを助けたんだ、と丁寧に説明してくれる同僚に、どうしてあんな所にいたのか、と訊かれるがこれは答えていいものではない。基本的に、違う案件を担当している人に任務の情報を共有してはいけない。同じ課の人間だとしてもだ。それにこの態度を見る限り、彼は私が明星千歳であることを気付いていない。ならばその答えは「わからない」が最適だろう。

「そうか……それじゃあ君の名前は何ていうのかな?」
「……千歳!長谷川千歳だよ」

少し考えてそう名乗ると、目の前の男の顔が強張る。
状況がわからない以上、本名を名乗るのは危険だと思い、母の旧姓である長谷川を名乗ることにした。
しかし千歳、と名乗るのは不味かったかもしれない。千歳は彼にとって上司にあたる女性の名前だ。その女性にそっくりな同じ名前の少女。頭のキレる彼ならばすぐに推測できてしまうだろう。明星千歳と長谷川千歳は同一人物であると。とはいえ、こんな非科学的なことを信じるとは思えないので、しばらくはバレないだろう、しばらくは。

「それで君は何であんな所に?たくさん薬を飲まされていたみたいだけど」
「私も知らないよ。多分、薬を飲ませる相手として都合が良かったんじゃない?」

彼の目が微かに揺れた。
詳しいことは殆ど分かっていない。知っているのはなにか重要な薬を作っているということくらい。そしてその薬を作るための実験台としてNOCである私が差し出されたわけだ。研究員として潜入していた人間の末路。私たちを裏切ったらこうなるぞ、という見せしめのようなものだほう。

「親は?」
「もういないよ」

両親は既に他界している。車ではねられて即死だった。今思えば、この事故自体仕組まれていたものな気がする。そもそも私がNOCだとバレた理由は、……

「……もし行く宛がないなら、僕と一緒に住むかい?」
「え?いいの……?」

思考の沼にハマっていたのを引きずり出したのはその提案だった。身元もわからない、もしかしたら悪い奴の仲間かもしれない私(実際は彼の上司であるが)を一緒に住まわせてもいいのだろうか。しかし、これは都合が良い。

「君さえ良ければね」

ほんの少し愛情のこもった声で話す彼に、これからよろしくお願いします、と頭を下げた。


長谷川千歳と名乗るの少女を保護した訳は上司に似ていたからだろう。
組織に研究員として潜入していた明星千歳が公安からのNOCとばれ行方不明になり数ヶ月。連絡も取れない彼女を上は死亡扱いとし、新たに潜入させる捜査官として俺を選んだ。
今はその準備期間。ごく自然に安室透という人物を社会に馴染めさせるための土台作りをしている最中だった。

彼女を見つけたのは偶然だ。最近不審な行動をしている彼の浮気調査をしてほしいと依頼を受け、尾行していた男の立ち寄った廃墟に少女が倒れていた。(因みに、不審な行動をしていた男は彼女にサプライズで告白する予定だっただけらしい。お幸せに、と少し早い祝福の言葉を送れば依頼主である女性が頬を綻ばせてた。)
急いでその影に駆け寄り、そして驚愕した。大体小学生位の少女の顔は明星千歳に瓜二つだった。彼女の娘、だろうか。聞いたことはないが、彼女の年齢を考えれば子供がいても可笑しくはない。この少女が彼女の子供だと仮定するならば、問題となるのは彼女がなぜこんな場所にいたのかということだ。
彼女がNOCとバレたのは数ヶ月前の話。正体がバレたのなら彼女の身辺調査をされて、この少女の存在がバレるのも時間の問題。否、もうバレているのだろう。でなければこの少女がこの廃墟にいる理由が理解出来ない。
そう考えれば納得がついた。確信することはできないが、その可能性がある以上彼女はコチラが保護するべきだろう。少女を抱えて廃墟を後にした。身体はとても軽かった。

少女が目を覚ました。
ここに連れてきた経歴を説明して、なぜあんな場所にいたのかと聞いても分からないの一言だった。

「それじゃあ、君の名前はなんて言うのかな?」
「千歳!長谷川千歳だよ」

時が止まったように思えた。長谷川千歳。それが彼女の名前らしい。普通なら自分と同じ名前を子供につけるとは思えない。直即にどうしてその名前なのか、とは聞けないので名前の由来について聞いてみた。

「……由来なんて知らない。お父さんは私のこと千歳って呼んでたから」

それを言葉にするのを迷ったのか一瞬悩みそう呟いた。その口ぶりからすると少女と母親は滅多に会うことはないのだろう。
もう一度、なぜあんな場所にいたのかと訊いた。彼女には薬を大量に服用していた跡があった。
そこから考えられたのは二つ。彼女は身体が弱く頻繁に薬を服用しなくてはならない。薬を頻繁に服用されていたのは薬の効力を調べるため、要は実験台ということだ。

「私も知らないよ。多分、薬を飲ませる相手として都合が良かったんじゃない?」

恐らく。この答え方からして、彼女は薬の実験台になっていたのだろう。
ここまで聞けば十分だ。最後に一番気になっていた疑問を口にした。

「君の両親は……親は?」
「もういないよ」

沈んだ声でそういった。憐憫の情に似かよった感情が胸に残る。

「……もし行く宛がないなら、僕と一緒に住むかい?」

思わずそんな提案すればいいの?と困惑した目を向けてきた。子供なんだから、もう少し甘えていいのに。そんな少女に「君さえ良ければね」と優しい声で言う。

「こ、……これから宜しくお願いします」

こうして降谷零と長谷川千歳の同居生活が始まった。

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