早く朝を連れてきて

杏寿郎さんが任務に行ってから3ヶ月が経とうとしていた。私は急遽、お館様に呼ばれたため、産屋敷へと向かった。

「深雪、よく来てくれたね。」
『いえ…至急とお聞きしたのですが、どうされましたか?』
「お願いしたい任務があってね。杏寿郎が行った任務のことは聞いているかい?」
『はい。無限列車での被害拡大と聞いてます。』
「その通りだ。しかし、無限列車は沢山あってね。どの列車に鬼が潜んでいるのかが分からないんだよ。杏寿郎が乗った列車は今のところ全部大丈夫だったみたいだね。」
『なるほど…私も一緒に探してほしいということですね。』
「かなりの人を食べている様だから、杏寿郎のサポートをしてあげてほしい。」
『わかりました。』

任務とはいえ、久しく会っていない杏寿郎さんに会うことができるのはすごく嬉しいことだった。そんな様子を見てか、お館様は優しく笑った。

「深雪、私と出会った日を覚えているかい。」

とてもとても、泣きたくなるほどに優しい声だった。何を言いたいか分かる。きっと、すごくすごく私のことを心配してくださっていたのだろう。私の過去を憂いて下さったのだろう。だからこそ、こんな私を受け入れ、そして誰かを信じてほしいと希望を持っていて下さったのだ。

『…もう、私は一人ではございません。お館様、もう大丈夫です。』
「…うん、この任務が終わったら君を柱としよう。頑張っておいで、深雪。」

以前は柱なんて興味がなければ、死ぬべき者が皆を引っ張る立ち位置にいるだなんて不相応だと思っていた。だけど、今は皆と一緒に同じ方向を向いている。だから、その責任も重圧も心地よいものに思えた。

『ありがとうございます。』

そして何より、杏寿郎さんの隣に立ちたいと思った。後ろから追いかけるのではなくて、共に戦い合いたいと思った。
だからこそ、柱を私は引き受けようと思ったのだ。

「その前に、しのぶの屋敷へ寄ってくれるかい?炭治郎たちにも任務へ行ってもらおうと思ってね。」
『分かりました。』
「それじゃ、またね。深雪。」

優しく少し消えかかりそうな声でお館様はそう言うと、部屋へ入っていかれた。
以前あった時よりも痩せられた。初めて会った時はその瞳に私の姿を映していたのに、今では映すことがない。それでも、私たちのことを見て下さっている。
だからきっとあの人を中心に鬼殺隊は今もなお、在り続けるのだろう。
お館様を見送り、立ち上がる。久しぶり会う弟弟子と任務。そのことが少し嬉しくも感じ、私は足早にその場を後にした。

▽▼▽

蝶屋敷と呼ばれる大きな屋敷。門をくぐり、中へ入ると薬品の匂いがふわりと香る。その匂いが濃くなる先に、蟲柱の胡蝶しのぶはいる。
ノックをすると、優しい声で返事が聞こえる。扉を開けると、少しだけ驚いた顔をして出迎えてくれた。

「あら、深雪さん。お久しぶりですね。」
『しのぶさん、こんにちは。炭治郎たちと同じ任務へ行くことになったので迎えに来ました。』
「あらあら、そうだったんですね。じゃあ、深雪さん久しぶりに煉獄さんに会えるのですね。」

嬉しそうに言うしのぶさんに首を傾げる。何故、杏寿郎さんと私が会えることを喜んでくれるのか分からなかったからだ。

「あら、だって深雪と煉獄さんはもう恋仲なのでしょう?」

驚いた私は目を見開いた。それはもう「はい、その通りです。」と言わんばかりの反応に、彼女は可笑しそうに笑いながら言った。

「この前の柱合会議で気付いていない人は、きっと冨岡さんと炭治郎くんくらいですよ。煉獄さんはあんなに貴女の危険を嘆いていましたからね。同じ状態の冨岡さんのことは気にも留めていなかったのは可笑しかったですけど…あなたのことが大切なんだって伝わりましたよ。
それに、煉獄さんは苗字で呼ぶことはあっても、名前を呼ぶことは滅多にないんですよ。弟の千寿郎くんくらいですね。」

言われてみればその通りだ。心から尊敬しているお館様の前で、彼は私しか見えていなかった。見ていなかった。

「素敵なことだと思いますよ。大切な人がそばにいると、頑張れますからね。」
『ありがとうございます。』
「…気をつけて行ってきてください。またお話ししましょう。」
『えぇ、次は蜜璃ちゃんも交えて。』
「それは楽しそうですね。楽しみにしてます。」

笑顔のしのぶさんと別れ、炭治郎たちの元へ向かおうとすると、玄関から声が聞こえた。

「あ、深雪さん!こんにちは!」
『アオイちゃん、こんにちは。』
「お怪我ですか?」
『ううん、炭治郎たちと任務に行くの。』
「そうだったんですか。彼らもう出てしまって…多分、まだ善逸さんが行きたくないと言っていると思うので、きっと玄関前にいると思います。」
『そう、ありがとう。アオイちゃん。』
「いえ、私は何も…」

鬼殺隊員だが、鬼の恐怖から頸を切れなくなってしまったアオイちゃん。その後ろめたさから、いつも暗い影を漂わせていたが、今日はそんな影は見当たらなかった。

『アオイちゃん、いつも炭治郎たちのことありがとう。あなたみたいに優しく厳しい子がいるから、あの子たちはまた戦える。あなたがいるから、鬼の頸を切れるんだよ。』

頭をそっと撫でる。すると照れて頬を赤く染めた。そういえば、妹の寧々もこうやって頬を赤く染めていた。だけど、手を止めるともっとしてほしいと縋る様な目で見ていた。
何故、今更それを思い出したのかはわからないが、そんなことはどうでもよかった。私しかもう、私の家族のことを覚えていられる人はいないのだから。あんな死に方をして、今の私にまで忘れられたら私の家族は報われない。

「やっぱり、炭治郎さんの姉弟子ですね。ありがとうございます。お気をつけて。」
『ありがとう。』

あぁ、晴れ晴れとした表情の正体は炭治郎だったのか。炭治郎が影を振り払ってくれたのか。
笑みが溢れた。
さ、あの騒がしい外に出れば久しぶりにあの子たちに会える。
扉を開くと、アオイちゃんの言った通り善逸が駄々をこねている様子が広がった。

『炭治郎、善逸、伊之助。』
「え!?深雪さん!?」
「な、なんで…!?」
『あなた達と同じ任務へ行くのよ。』
「そうだったんですか!嬉しいな。」

本当に嬉しいのか、炭治郎は満面の笑みを見せた。

「深雪さん、本当にありがとうございます。俺と禰豆子の為に…」
『気にしないで。私は二人を信じているから。』

よしよしと頭を撫でてやる。あんなにお兄さんのような表情の彼も私の前では幼く見えた。

『さ、行きましょう。善逸ももう泣かないで。大丈夫、あなた強いんだから。』
「強くないんですよおおお!!」
『おかしな子ね。大丈夫よ、それに私も煉獄さんもいるから。絶対に大丈夫。』
「煉獄さんもいるんですか!」
「誰だ?そいつ」
『炎柱、煉獄杏寿郎。柱の一人よ。すごく強いの。』
「それはお前より強いのか?」
「伊之助!深雪さんだろ!」
『強いわよ。伊之助の100億倍強いわよ。』
「上等だ!!勝負だ!」
『私に勝てたらね。』

あーだこーだと言いながら、蝶屋敷を後にする。少し長い道のりを経て、都心へとやってきた。そこにある無限列車を見て、善逸以外は興奮していた。
まさか、伊之助のせいで警官が来ることになるとは思いもしなかったが…

『無事乗れてよかったけれど…反省なさい。』
「あぁ?!」
『伊之助、ものを大切にしない子は私好きじゃないの。』

私の叱る姿に炭治郎と善逸はごくりと唾を飲んでいた。そして、さすがの伊之助も小さく謝ったので、頭を撫でてやった。

「あっちから煉獄さんの匂いがします!」
『そうか、炭治郎は鼻が効くんだったね。』
「はい!善逸は耳がすごく良くて、伊之助は感覚が鋭いです!」
『そうなの?すごいね、二人とも。』
「当たり前だ!それよりすげーぞ!はえー!!!」
「伊之助やめろよ恥ずかしい!!!」

炭治郎についていくと、大きな声が響き渡った。

「うまい!」

口に食べ物を入れるたびにそう言うのは、会いたくて仕方がなかった杏寿郎さんだった。私たちに気づくことなく夢中で弁当を食べ続ける彼に、炭治郎は話しかけるが全く気づかない。

「本当にあの人なんですか?」
『うん。そうだよ。』
「柱の煉獄さん?」
『善逸なら分かるでしょ?あの人の強さ。』

私は近づき、杏寿郎さんの正面に立った。それを見てようやく彼の箸が止まった。

「深雪?」
『お久しぶりです。任務、弟弟子達と手伝いに来ました。』
「よもや、弁当を食べることに夢中になってしまってたようだな!すまない!」

そういうと、杏寿郎さんは座るよう私たちに促した。炭治郎は杏寿郎さんに話したいことがあるというので、私は杏寿郎さんの目の前に座り、その隣に禰豆子が入った箱を置いた。
炭治郎の話は聞いたことのない呼吸の話だった。とは言え、私はそこまで鬼殺隊の歴史に詳しくはないので、もしかしたらあるのかもしれないのだが、杏寿郎さんもその呼吸は知らなかったようだ。

『でもきっと、炭治郎が実際に使えたのなら、その呼吸は存在したんだよ。』
「うむ!そうだな!」
「ありがとうございます!」

そんな話をしていると、車掌さんがやって来た。
皆次々に切符を渡す。そして最後に私の切符が切られた。
途端、鬼の気配が急に感じ取れた。今まで隠していたのだろうか。私は杏寿郎さんの方を見ると彼は頷き立ち上がった。

『みんな立って。』
「車掌さん!危険だから下がってくれ!火急のこと故、帯刀は不問にしていただきたい!」

車掌さんを杏寿郎さんは背に隠す。

「その巨躯を!!隠していたのは血鬼術か。気配もわかりづらかった。しかし!罪なき人に牙を剥こうものならば、この煉獄の赫き炎刀が、お前を骨の髄まで焼き尽くす!!」

大きな背中。私は構えてはいるものの、その姿に言葉に見惚れてしまっていた。でもそれは私だけではなかった。炭治郎も善逸も伊之助も。全員が煉獄杏寿郎という男の虜になっていた。

「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」

勢いよく飛び出した杏寿郎さん。そしてあっという間にあの太い頸を切り落とした。
炭治郎たちは大興奮。弟子にしてくれと言って杏寿郎さんの周りではしゃいでいた。

「深雪、どうした?」
『かっこいい姿に見惚れていました。』

すると大きい瞳が私を映したかと思うと、逸らされる。頬を染めながら眉は珍しく下がっていた。

「…あまりそう言うことを人前で言うな。今だって抱きしめたいのを抑えているんだ。」

あまりにも可愛いその姿に胸は高鳴ったが、確かに今抱き付けば炭治郎たちに見られてしまう。
残念そうにしていた私を見て杏寿郎さんは笑って頭を撫でてくれた。

そこまではいつもと同じだった。