だけど希望は最期まで

ゆらゆらと沈んでいく。落ちていく。まるで底を知らない海の中にいるかのような感覚。だけど、心地よい。だから、目覚めたくはない。目覚めたくはーー


「ーー此処は…!?」

私は今列車の中にいたはず。何故私は今田んぼ道のど真ん中に立っているのだろうか。
血鬼術か?だとしたらまずい。何がどうなって今の状態なのか、考えろ…

「姉ちゃん?」

ひどく懐かしい声がした。振り返るのが怖いほど、懐かしい声だった。

「何してんだよ、姉ちゃん。」
「お姉ちゃん?」

恐る恐る振り返ると、そのには思いもよらない光景だった。あの時、確かに死んだ弟と妹が立っている。その背丈も顔つきも全てあの頃のまま変わらない。

『戴樹…寧々…』
「なんだよ姉ちゃん、そんなおっかない顔して」
「大丈夫?」

何故あの子が此処にいるのだろう。今までが悪い夢だったのだろうか。すると走って来た寧々が私の手を掴んで引っ張った。

「早く行こう!」
「そうだよ、母ちゃんと父ちゃんも待ってるぜ?」
『…そう、だね。』

そうか、今までは悪い夢を見ていたのか。なら今までの事は何も…

「お姉ちゃん?」

足が止まる。進んではいけないと言わんばかりに。
何故?何故、進んではいけないのか。

「深雪、任務が終わったら…祝言をあげよう。」

ハッキリと聞こえた。ハッキリと分かった。私がいるべき世界はもう、この心の中ではない。

『ごめん、戴樹。寧々。私…戻らないと。』
「戻るってどこにだよ…変だぜ?姉ちゃん。」
『うん、そうだね。変かもしれないね。だけど、此処にはもういられない。』

その瞬間、背丈や服装が一気に変わった。
戻りかけている。隊服も刀もちゃんもある。

「お姉ちゃん…何、それ…」
『寧々、守ってあげられなくてごめんなさい。戴樹、こんなお姉ちゃんを許して。』

勢いよく刀を抜く。二人の驚く顔を見ないよう、背を向けて。二人が私を止める声が聞こえるが、私はもうやるべき事は決まっていた。
これはきっと血鬼術。時姫の時と状況が酷似している。だからこそ、私は何をすべきなのか。それは自分の首を切る事。

スパンーーー

泣き叫ぶ声と共に意識が飛ぶ。次の瞬間、目を開けるとそこは列車の中だった。

「ムームー!」

おでこから血を流して泣いている禰豆子。あたりを見渡すと周りは全員寝ているようだった。

『禰豆子!』
「ム!ムー!!!」
『どうしたの!?そのおでこ!』

泣きながら私に縋りつき、炭治郎のおでこを指さす。

『頭突きしたのね。起こすために。』
「ムー!」
『偉い。よく一人で頑張ったね。』

嬉しそうに笑うも、禰豆子はすぐにオロオロし始めた。それはそうだ。兄が友が目覚めぬのだから。

『…この縄は一体何?この縛られている人たちは…』

私以外に結びつけられた縄。鬼ではなく人間だが、何のために…

『杏寿郎さん!』

ふと杏寿郎さんを見ると、彼は女の子の首を絞めているところだった。どうしてそうなったのかはわからない。ただ、彼は人を傷つける事はない。と言う事は、この縄で結ばれた人たちは私たちを何かしらの方法で殺そうとしていると言う事だ。

『鬼に操られてるの?とにかく…みんな起きて!杏寿郎さん!目を覚まして!!』

禰豆子と共に揺さぶるが誰一人起きはしない。私たちの声は何も届いていないようだ。
かと言って、彼らの夢の中に私は入れない。このままではまずい。夢に取り込まれてしまう。
そう思った時だった。

「うわあああああ!!」

叫ぶようにして起きた炭治郎。その声に驚いた禰豆子は私に飛びついた。

『炭治郎!』
「はぁっはぁっ…深雪さん!!」
『よかった。戻って来たのね。』
「はい!禰豆子のおかげです。それより、禰豆子は!夢の中で禰豆子の血の匂いがしたんです!」

早口でそう言い、禰豆子を見た瞬間炭治郎は近づく。しかし、禰豆子はおでこをおさえて私の後ろに隠れた。

「ムー!」
『貴方を起こすために頭突きをしたのよ。』
「そうか…ありがとな、禰豆子。」

禰豆子は頭を撫でてもらいご満悦な様子だった。
その後、炭治郎と状況の整理をしながら、繋がれていた綱を禰豆子に燃やしてもらった。

『…この子たちが起きたらきっと私たちを襲うと思うわ。』
「え?」
『私の直感だけどね。』

ただ繋がれているなんておかしすぎる。きっと裏がある。鬼に操られているとか、そうでなきゃ鬼殺隊だけが腕に縄を結ばれているなんておかしい。
そして、私の言った通り、一人を除いて全員が私たちを襲おうとした。

『どんな理由があろうと、人を殺すのはダメよ。』

しかし、そんな言葉は届かない。それほど、彼女たちは現実に絶望しているようだった。仕方なく、一人ずつ首を叩き気絶させた。

『…きっと鬼は前にいるわ。私たちに直接手を出さないのなら、何か私たちといると不都合なことがあるのよ。つまり、きっと距離を保つはず。』

炭治郎は目をパチクリさせた。

『どうしたの?』
「いや、すごいなと思ったんです。状況を瞬時に判断して、冷静で…」
『…本当は冷静なんかじゃないの。煉獄さんがこんな状態で気が気じゃない。だからこそ、早く鬼を切らないと。…あとは、経験値かな。さ、炭治郎。私は車内から行く。あなたは上から行って。』
「わかりました!禰豆子はみんなを起こしてくれ!」
「フムフム!」

禰豆子はみんなを起こすべく、揺らしたり燃やしたりする。燃やしても自然と熱くもないその炎は、どう言う仕組みなのか気になったが、今はそんなことを考えている暇はない。

『…杏寿郎さん、早く来てくださいね。』

いまだに目覚めぬ彼を見て、そう言った。
炭治郎が上から走っていく姿を見届け、中から走っていく。暫くすると、後ろから上に突き抜けるような衝撃波が聞こえた。それと同時に、この汽車の中は異様な風景へと様変わりしていた。

『これは…!』

今にも寝ているこの人たちを喰おうとしている。汽車自体が鬼になっていると気付くのに時間は要らなかった。

「深雪!」

そして、背後から聞こえる大好きな声と共に、汽車は大きく揺れる。

『…遅いですよ、杏寿郎さん。』
「すまない。柱として不甲斐ない!」
『…炭治郎、伊之助は前方へ向かっているようですね。なら、私は前の車両を?』
「話が早くて助かる!」
『早く終わらせましょう。』
「うむ!頼んだ!!」

一瞬でその場から居なくなる大好きな人。急所を狙っているのだろう、この汽車から何度も何度も呻き声があがる。

「雪の呼吸 肆ノ型 六華」

鋭い斬撃をいくつも飛ばすこの技。首を切る事はできないが、足止めをするには都合の良い技だった。
前方から伊之助と炭治郎の声が聞こえる。きっと鬼の首を見つけたのだろう。
そして、漸く鬼の頸を彼らが切った。その瞬間、凄まじい断末魔と激しい揺れがこの汽車を襲う。

横転する!!

そう思った瞬間、汽車は勢いよく地面に打ち付けられた。あたりを見渡すと、乗客は皆無事だった。

『…終わったのね。』

近くにいた乗客が目を覚まし始める。私は彼らの手を取り、外へと導く。
そして、前方にいるだろう炭治郎たちの元へと走った。