歴史を変える物語

鴉の声が鳴り響く。産屋敷が襲撃された。その言葉を聞き、私達は一目散に親方様の元へと走る。

『お願い…!間に合って…!!』

しかしその祈りは届くことなく、目の前で起きた爆発が状況を物語っていた。

『そんな…』

爆風と共に黒煙が立ち上る。立ち止まった足を叩き、私はその先へと向かう。そんなに遠くないはずなのに、まるで先が遠く感じる。焦りからなのか、身体が震えている。

「無惨だ!!鬼舞辻無惨だ!!奴は頸を斬っても死なない!!」

悲鳴嶼さんの言葉にドクリと心臓が大きく音を立てた。あいつが鬼舞辻無惨。全ての根源であるあの鬼舞辻無惨が目の前に。

『雪の呼吸 伍ノ型 』

皆が一斉に戦闘態勢に入る。そして、無惨に飛びかかろうとした瞬間だった。地面を強く蹴ろうとしたのに、その地面が消えていた。穴に吸い込まれるように皆が落ちて行く。

『ここは…』

血の匂いがする異様な空間。おそらく血鬼術でできたであろうこの空間に私は一人で佇んでいた。きっとみんなも何処かに居る。しかし、何処にいるのかが分からない。まるで初めて炭治郎達と会った時のようだった。

『足音?』
「深雪さん!」
『善逸!!』

後方から走ってきたのは善逸だった。善逸は少し前に師匠を亡くした。兄弟子が鬼になってしまったからだ。善逸は酷く悲しんだ。そして、必ず兄弟子の頸を斬るのだと私に言った。

『…その様子だと、いるのね。』
「まだ分からないけれどきっと…」
『善逸、私も一緒に向かうわ。もしかしたら、鬼が二体以上いるかもしれない。君は君のすべきことを集中すれば良い。』
「ありがとうございます。」

善逸や炭治郎、伊之助は私とは違い、感覚が鋭かった。善逸は特に聴覚に優れていて、その音で相手の感情すらもわかってしまうそうだ。
湧いて出てくる鬼を薙ぎ倒しながら進むとそこに居たのは、

「相変わらず貧相な風体をしてやがる。久しぶりだなァ、善逸。」

善逸の兄弟子。そして…

「強くなったか。深雪。」

時姫の姿だった。

『善逸、一人でやれる?』
「大丈夫です。やります。」
『…今の君はあんな奴よりも強い。私が保証する。』
「何だ?テメェ?俺がこんな奴より弱いって?」
『えぇ。百倍は強いわよ。』
「獪岳、其方は鬼になって間もない。自分の力を過信しすぎては待つのは死じゃ。」
「うるせえ。俺はお前を上弦の伍だって認めてねえ。すぐに抜かしてやる。」

面倒くさそうに忠告をする時姫に歯向かう獪岳。きっと、獪岳が鬼になったばかりだから時姫はここにいるのだろう。しかし、聞く耳を持たない獪岳を助けるような鬼ではない。

「ならば、一人でやってみよ。死ぬのはお主じゃがな。深雪、こやつらの戦いが終わった時、妾たちも戦おうぞ。」

時姫は今、戦う気などさらさら無いような表情をしていた。結局、この鬼は何を考えているのか全く読めない。いや、鬼のことを分かったところで意味などないのだが。
戦い始めた善逸たち。鬼となった善逸の兄は呼吸も強化されているようだ。嬉々とした表情で善逸に畳み掛けるように技を織りなす。

「お前の言ったことは違ったな!あのカスが俺に勝てるわけなかったんだ!!」

落下していく善逸を笑いながら見る獪岳と呼ばれたその鬼は私にそう言った。
こんな奴をあの子はずっと慕い、寄り添おうとしてきたのか。

『私の大切な弟子を侮辱するな。負けるのは君だ。善逸はまだ、負けていない!』

そう、私は信じている。こんなことで挫けて諦めるような子では無い。心優しい強い子だ。絶対に絶対に戻ってくる。
獪岳の表情が変わった瞬間、善逸は勢いよく鬼の間合いへと詰める。

「雷の呼吸 漆ノ型 火雷神」

その技は何度も何度も善逸が考えていた技だった。いつも出来ない、俺は弱いと叫びながら、挫けながらずっとずっと。ただただ、兄と肩を揃えて歩きたいがためだけに。

『善逸!』
「深雪…さん…」
『また、後でね善逸。善逸をお願い!!!』

落下していく善逸を仲間の大使が助けてくれたようだった。私はこれで心置きなく戦うことができる。

『始めましょうか。時姫。』
「…良い顔つきじゃな。深雪。」

どちらも駆け出す。

『雪の呼吸 壱ノ型 吹雪の舞』
「血鬼術 時空」

無限列車で出会った時よりも、着いて行けてる。その感触があった。時姫も以前のように力を抜いているようにも見えなかった。

「…強くなったな。」
『当たり前でしょ。』
「でも、痣は出ておらぬのだな。」
『何故、その事を…』

その瞬間、弾き飛ばされる。受け身をとる暇もないような打撃に顔を歪める。
口からは血が流れ出てくる。今までとは明らかに違う。本当に力を抜いているように見えてなかった。いや、違う。この鬼は最初から…

「妾の真の力を其方に見せよう。妾に勝てねば、あやつに勝つことなどあり得ぬぞ。」

本当の強さを隠していたのだ。きっとあの時出会ったであろう、上弦の参と同等の力だ。
勝てるだろうか。この私が。心臓が嫌な音を立てる。

「深雪。」

その瞬間、何故か彼の声が聞こえた気がした。

「心を燃やせ。」

そうだ。私はこんなところで立ち止まってなんかいられない。善逸は上弦の鬼を倒したのに、師範である私が弱音を吐いている場合じゃない。

「其方…痣が…」

どうやら、首元に痣が出現したようだった。驚いて指を指す時姫。
しかし、そんなことはどうでもよかった。ギュッと刀を握りしめる。純白だった刀は徐々に熱を帯びたように赫刀へと変わる。身体は燃えるように熱い。

『私は雪柱美影深雪!私は必ず貴方をここで斬る!!』

私は私の責務を彼のように全うする。それだけだ。

『雪の呼吸 伍ノ型 』

「血鬼術 来し方の行く末」

頭の中が急に映像で埋まる。見たことのないその景色。仲間達が継子達が皆死んでしまうそんな映像。

『…私達を侮辱するな!私達は強い!!!』

間合いを一気に詰める。あと少しだ。あと少しでこの鬼に届く。

『白魔の渦!』

頸に刀が当たった瞬間だった。時姫は泣きそうな優しい顔をしていた。

「…よかった。もう、大丈夫だね。お姉ちゃん。」

バシュッと音と共に、時姫の頸が胴から離れる。私は目を見開きながら手から刀を離した。すごくすごく、懐かしい声だった。ずっとずっと、その声を聞きたかった。

『ね、寧々…なの?』
「…お姉ちゃんなら勝てるよ。」
『待ってそんな…何で…』
「お姉ちゃん、ずっとずっと応援してるから。」
『寧々…!何で言ってくれなかったの!こんな…』
「お姉ちゃんは優しいから…私を殺せないでしょ。」

崩れていく妹。私を殺さずにずっとこの子は…私が強くなるよう、見守ってきたというのか。まだ幼いこの子が。

『寧々…ごめんね。ごめん…守ってあげられなくて。苦しめてごめん…』
「あいつを倒してね。お姉ちゃん。そして、生きて…」

崩れていった。残されたのは寧々が着ていた服のみ。こんなことがあるだろうか。私は今、実の妹に手をかけた。鬼になっても、こんなにも私を想ってくれていた妹を。

『無惨…絶対に許さない。』

座り込んでいた私は立ち上がる。私は今、杏寿郎さんと寧々の想いを背負っている。想いは私の原動力になる。

「シノブ!!カナヲ!!伊之助!!三名ニヨリ!!上弦ノ弐撃破!!撃破ァァァ!!
深雪ニヨリ!上弦の伍撃破ァァァ!!!」

鴉が鳴き、着実に勝利を掴んでいることを告げる。

『私は何処へ向かえば良い?』
「北へ向カエ!!!」

言われた通り、走り出す。夜明けまであとどれくらいなのか。分からないが、進む先はただ一つ。憎き鬼舞辻無惨の元へ。