望むのは君が幸せな世界

久しぶりに煉獄さんと一緒の任務へと出かけた。どうやら、下弦の鬼がいるとの情報が入ったのだ。

「気を引き締めて任務にあたろう。」
『はい。』

深夜。それは鬼達が活発に動き出す頃。見回りをしながら警戒をする。静かなこの街に、毎日のように行方不明者が出ている。ギュッと手を握ったその直後だった。

「キャー!!!」

女の人の叫び声が聞こえた。

「行くぞ。」
『はい!』

その声のした方へ行くと、既にその声の主であろう女性がグッタリと倒れ、血を流していた。

「…あぁ、折角食事にぴったりの場所を見つけたと思ったのに。長く此処にいすぎたようだ。鬼狩りが来てしまったか。」

心底残念そうにそう言った鬼は血で濡れた口元をペロリと舐めた。
その光景に怒りを覚える。

「…あぁ、こりゃまた厄介な。貴様、柱だな。」
「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ!」
「私は下弦の参、時姫(トキ)。ここで会ったのも何かの縁。さぁ、妾の食事となっておくれ。」

まるで私は眼中にないかのように話すその鬼は次の瞬間、既に煉獄さんの間合いにいた。

『煉獄さん!』

しかし、煉獄さんの赤い剣はその鬼の攻撃をしっかりと捕らえる。しかし、その衝撃に顔を歪めた。

「…本当に下弦の参か?」
「ほぅ…其方、今まで何度か下弦の鬼と戦ってきたのか。」

興味深そうに目を細める時鬼。
何となく嫌な予感がした。

「妾は別に下弦も上弦も興味はない。知っておるか?下弦や上弦になるには戦いを挑まねばならんのだ。そんな面白くもない戦い、する必要もなかろう。私はただ、それなりに食べて、それなりに生きていければ良いのだ。強くなったところで、何かしたいこともないのでな。…話が逸れたな。私は戦いを挑んでないから上弦にいないだけ。私は強いぞ。さぁ、どうする小僧。」

煉獄さんが刀をギュッと握ったのが分かった。それ程に相手は強い。私はちゃんと戦えるのだろうか。足手まといになることなく、しっかりと…

「美影。一気にたたみかけるぞ。」

煉獄さんの方を向くと彼は鬼を見ていた。私を信頼してくれている。言葉にしなくても分かるその行動に勇気が出た。

『はい!』

大きく息を吸い、煉獄さん後を追う。

『雪の呼吸 参ノ型 雪崩』
「炎の呼吸 壱ノ型 不知火」

代わる代わる攻撃をたたみかける。しかし、鬼はびくともしない。

「…これはこれは、其方(そなた)を見くびっていたようじゃな。しかし、やはり其方が弱いことには変わらぬ。力というのは、身体能力、体力だけではない。」

その笑顔に寒気がした。何か企んでいるような。そんな悪い笑顔。

「さぁ、妾の目を見て。其方のこと、もっと教えておくれ。」
『しまった!』
「美影!」

いつの間にか目の前にいた鬼。あの悪い笑顔を貼りつけて私の顔を覗き込む。

「血鬼術 想起」

その瞬間、様々な記憶が一気に頭を巡る。
そして止まったのは、あの嫌な思い出。父と母が弟が妹が鬼に殺されたあの日。私の心が死んだあの日。

「美影!」
「無駄じゃ。この娘はもう過去から動けない。可哀想に。辛いだろう。悲しいだろう。だから、妾が悪い記憶ごとちゃんと食べてあげよう。」

動けない。まるで縛られたようにその場に立ち尽くす。ただただ、父と母から赤い血が流れ出てくるその現場を見るだけ。涙を流し、私に助けを求めるかの様に手を伸ばし倒れ込んでいる妹と、そんな妹を守る様に倒れる弟。

『お父さん、お母さん…みんな…』

呼び掛けてももう死んだ家族は何も返事をしてくれない。

『また、私だけがのうのうと生きてしまった…』

ピクリとも動かない父と母、弟と妹。私は誰も救えない。誰も…

「美影!しっかりしろ!お前は強い!!」

頭に電撃が走ったようにその声がしっかりと聞こえる。

『煉獄さん…』

私は一体何をしているんだ。今見ているのは現実ではない。過去のことだ。私が在すべきことは、こんな所で挫けていることではない。

『ここが過去なら、私は血鬼術にかかった状態。』

落ち着け、この空間から出る方法は必ずある。だけど、どうやって…

「無駄じゃ。其方はここから出られぬぞ。」

振り返るとあの妖しげな笑顔をした鬼がいた。しかし、先程の表情とは打って変わって、驚いた様な青ざめた様な顔をしていた。

「…其方、名は何という。」
『…美影 深雪。』

名前を聞いた瞬間、何故かすごく悲しそうな顔をしたのを私は見逃さなかった。しかし、何故そんな顔をするのか検討もつかない。
そんな疑問を持ってすぐだった。鬼は元通りの表情をしていた。あの妖しげな表情で私は見る。

「…深雪、お前は何故弱い。何故自分を抑え込む。」
『私は…』
「そんなのでは大切な者など護れぬぞ。」

妖しげな表情で私を見続ける。汗が頬を伝うのが分かる。圧倒的な強さを前に感覚が研ぎ澄まされていく。

「……其方、死にたいと思っておるのじゃな。」
『…っ私の心を覗いたのか!』
「何を今更。妾の血鬼術、もうどういうものか分かるじゃろう。勘違いも程々にな、妾は馬鹿が嫌いじゃ。今すぐにでも殺したくなる。」

その瞬間、あの妖しげな表情から一変し、見下す様な表情に変わった。その表情は本当に今すぐにでも殺してしまいそうな殺気を漂わせていた。

「まぁ、どちらにせよ…期待はずれじゃったな。こんな弱い者のためにあの男は護るとは…理解できん。柱のくせに、あやつも弱かったということか。」

残念そうに溜息をついてそう言った時姫。カッとなる気持ちを抑え、とにかくこの血鬼術を突破する方法を探す。

私が血鬼術にかかっているのなら…

『…私は確かに弱い。だけど、煉獄さんのことをそんな風に言うことは許さない!』

刀を抜き、時姫に向かって突き立てる。心底つまらなさそうな表情を見てニヤリと笑った。

『此処では貴女の首なんてものは存在しない。なら、切るべきは貴女じゃなく…』

時姫に向けていた刀を瞬時に自分の首元へ。その瞬間、驚いた表情をしたのを私は見逃さなかった。
これが正しい選択。

『私の頸!!!』

そして、勢いよく首を切る。次の瞬間、夢から覚めた様な感覚を身体で感じた。座り込んでいたことを理解し、素早く立ち上がる。顔を上げるとその先にはあの鬼が立っていた。

「驚いた。其方…ふふっ。中々やるではないか。妾の血鬼術から逃れる策を短時間で導き出すとは。」
『次は貴女の頸を獲る。』
「まぁ、待つのじゃ。もう日の出が近い。今日はここでお開きじゃ。其方の大切な人、早く手当をすべきじゃろう?」

何を言っているのか分からなかったが、時姫が指さす方へ視線を向けると、腹部から大量の血を流している煉獄さんの姿があった。

『煉獄さん…!!』
「其方らは弱すぎる。そんな状態では…妾に勝てぬ。いや、他の上弦にも勝てるかどうか…次会う時には期待を超える強さを…期待しておるぞ。退屈なのは妾、嫌いじゃ。杏寿郎、深雪…近々また会おう。」

スッとその場から姿を消した鬼。そして私は煉獄さんの元へ駆け寄った。

『大丈夫ですか!?』
「問題ない…美影は大丈夫なのか?」
『はい…』
「そうか、よかった。」

何故、こんなにもボロボロなのか。それは何となく予想がついた。私を守るためだろう。
煉獄さんは誰一人傷つけたくないと思う人だ。きっと、あの鬼は私ばかり狙った。守り続けるが故に、致命傷を与えることができず、自分が傷つく結果となったのだろう。
あの鬼は私たちのことを弱いと断定していた。それはまだまだお互いを信じきれていないということなのかもしれない。

『すみません。』
「何故…謝る。」
『足を引っ張ってしまいました。』
「いや、あの鬼は強かった。下弦の参と言っていたが、恐らく上弦の鬼に匹敵する強さだろう。…そんな相手の血鬼術からよく戻った。君は強い。胸を張れ。」

大きな手が私の頭を撫でる。涙が溢れ出てきてしまった。泣いたらダメだと思えば思うほど、涙は止めどなく溢れる。

「泣くな。美影。」
『でも…煉獄さんが傷ついたのは辛いです。大切な人が傷つく姿は…』
「それは俺も同じだ。美影。俺もあの時、絶対に君を傷つけさせないという気持ちで戦った。君が俺にとって大切だからだ。」

困った様に笑った。その表情は見たことがない表情。柱や兄としてではなく、そこにいたのはまるで愛する人を前にした青年の表情をした煉獄さんだった。

「以前、君は俺を好きだと言った。俺も同じだ。いや、あの時とは違うな。どんな事があっても…君が幸せでいて欲しいと思う。」
『煉獄さん…』
「此処にずっとこうしているわけにもいかんな。お館様にも報告せねば。さぁ、帰ろう。」

血が出ていた腹部はいつの間にか血は止まっていた。だけど、この痛々しい血の染みから見て、かなり深い傷だったのだろう。
だけど、そんなことは感じさせない力強い歩み。
いつ何処であの鬼に会うかわからない。それまでにもっと強くならないと。心を身体を。
もう二度と大切な人が傷つくのは嫌だから。
家に着くと、千寿郎くんが血相をかえて駆け寄ってきた。千寿郎くんはすぐにお医者様を呼び、診てもらった。
私は幸い、軽い打撲とかすり傷程度だったが、煉獄さんは傷を縫う大怪我だった。

「しばらくは休養が鍛錬になりそうだ。」
『大丈夫ですか?』
「大丈夫だ!君の目に映っているのはちゃんと生きている人だぞ。」

布団の上で座っていた煉獄さんは、私の頭を撫でた。

「大丈夫、お前を置いて死にはしない。」
『…はい。』
「さ、君ももう寝るんだ。軽症とはいえ、傷は負っているのだからな。」
『はい。煉獄さん…』
「待て。千寿郎のことは千寿郎と呼んでいるのに、何故俺は杏寿郎ではないんだ?」
『え?』
「君は俺のこと好きなんだろう?なら、俺のことは杏寿郎と呼んでくれ。」
『きゅ、急ですね…』
「あぁ、俺もそう思う!だけど、呼んで欲しいんだ。」

真っ直ぐ見つめられると心臓がバクバクと音をたてる。

『きょ、杏寿郎さん…』
「あぁ。ありがとう深雪。」
『え!?』
「どうした。」
『え、いや…だって名前…』

きっと今、すごく顔が真っ赤になっているだろう。
だけどそんな私を見て柔らかく笑うこの人をもっと見ていたい。

「好きだ。深雪。」
『え…』
「君の思っている好きで間違いない。俺は君を慕っている。よもやよもや、誰かを愛する日が来ようとは…いいものだな。こんなにも毎日が愛おしい。」
『…私の方が先に好きになったんですよ。』
「あぁ、そうだな。君が好きだと言ってくれなければ気づかなかったかもしれないな。ありがとう。」

想いが通じ合うというものは、こんなにも素敵なことなのだと思い知る。
今度こそ、大切な人を必ず護って見せると同時に心に誓った。