愛される分、愛したい

杏寿郎さんの傷も回復し始めた頃、私と杏寿郎さんはお館様に報告へ行った。
下弦の参の鬼のことを伝え、どんな血鬼術かも伝えた。

「その鬼は…杏寿郎の言う通り、面倒な相手だね。二人が生きて帰れたのは、その鬼が楽しんでいるからだろう?逆に言えば、つまらない人間の烙印を押されてしまえば殺すことに躊躇することもないということ。…皆にも下弦の参には気をつけるよう、私から伝えておくよ。」
「ありがとうございます。」
「うん。二人ともいい顔をしているね。深雪を杏寿郎に任せてよかったようだ。」
『お館様には感謝しております。死にたがりの私を想ってくださったこと、煉獄さんを師にしていただいたこと、全て感謝しきれません。』
「私は何もしていないよ。君が頑張った結果だ。そんな君にお願いがあってね。」
『何でしょうか。』

優しい笑みをこぼしながら、私の方を向く。随分とこの数ヶ月で変わられてしまった。もう、あの優しい目に私は映っていない。

「君が杏寿郎と任務に行っている頃に君の弟弟子にあたる子が鬼殺隊に入ってね。それは聞いているかい?」
『はい。竈門炭治郎ですよね。』
「あぁ。是非、君にあの子と会ってきて欲しい。」
『…それだけでございますか?』
「うん。あぁ、もしあの子達が任務中なら導いてあげて欲しい。」

てっきり任務に行って欲しいのだと思ったが、そうではなく、弟弟子に会って指導をして欲しいと。あまりにも考えていたことと違いすぎて唖然とした。

「いいじゃないか!まだ、君も会ったことがないんだろう?大切な弟弟子だ!会ってこい!」
「決まりだね。深雪、どんな事があっても目を逸らさずに向き合ってあげてほしい。また、君に会えるのを楽しみにしているよ。」

そう言って、お館様はその部屋を後にした。弟弟子…鱗滝さんからの手紙でしか知らないが、きっと優しい子なのだということは伝わった。
冨岡さんとも煉獄さんの家で何度か話し、その時にもチラリと話題になった子だった。

「深雪、行くぞ。」
『はい!』

名前で呼ばれることも、名前で呼ぶことにも慣れてきた。ただ、何となく…暫く離れることは寂しいと感じる。
不意にその寂しさからか、彼の服をギュッと握ってしまった。

「ん?」
『あ、すみません!』
「謝ることはない!俺は嬉しかったからな!だけど…俺はこっちがいいな!」

大きな手が私の手を包み込む。恋人らしいその行動に胸が高鳴る。優しい温もりを感じながら、私はもう一度その温もりを確かめる様に、ギュッと握った。

『…なんだか、ずっと一緒にいたから暫く離れると思うと変な感じです。』
「変?」
『…これを寂しいと言うのでしょうか。』

何だか、胸がギュッとなる。胸のあたりを抑えると、繋がれていた手がギュッと力がこもった様に感じた。

「うむ!家に帰る前に街へ行こう!」
『えっでも、杏寿郎さん怪我…!』
「治った!」

無邪気に笑う杏寿郎さんを見て、思わず私も笑ってしまった。

『こんなに包帯だらけなのにですか?』
「ん?これは気にするな!」
『杏寿郎さん、面白いですね。』
「そうか?それは多分、深雪が隣にいるからだな。俺は今すごく楽しい!」

本当に楽しいと言うのが伝わってきて、私は嬉しくなった。
私たちは街のあちこちを見て回った。美味しそうなお菓子に目を奪われてそのお店に入ったり、服を見て最近の流行りに二人して驚いたり…あっという間に日が沈む頃になってしまった。

「兄ちゃんの恋人かい?こりゃまた別嬪さんだねぇ。」

千寿郎くんへのお土産を買いに入った菓子屋の店の店主が大福を包みながらそういった。

『いえ…そんな…』

そう言いかけた瞬間、

「そうだろう!」
「かーっ!いいねぇ!これからも仲良くやんだよ!こんな別嬪さん、泣かすんじゃねぇぞ!」
「当たり前だ!」

と笑いながら言う杏寿郎さん。きっと今の私の顔は赤い。だって、こんなこと言われて嬉しくならない方がおかしい。私は今、すごくすごく幸せだった。
外に出ると私たちと同じ様に仲が良さそうな恋人たちが歩いている。私たちもそんな関係に見えていると思うだけで嬉しいのだ。

『杏寿郎さん。』
「なんだ?」
『私、幸せです。』
「うむ!俺もだ!」

重ね合わせた手をもう一度ギュッと握る。すると握り返してくれる。この距離がとても愛おしい。ずっとそばで離れたくない。
そんな我儘な感情が湧き上がる。私にもこんなことを思う感情があったと驚かされるほどに。

「千寿郎も待っているだろう。帰ろう。」
『はい。』

ゆっくりゆっくり、夕日を背に歩いていく。この幸せを二人で噛み締めながら。