歴史を紡ぐ者たちよ

『それでは、行ってまいります。』
「あぁ。」
「気をつけて行ってきてくださいね!」

あんなにもたくさんいたのに、暫く離れる。別に任務に行くわけでもないのに、こんなに心苦しいなんて…

「深雪、君が楽しいと思ったこと、嬉しいと思ったこと…何でもいい。帰ってきたら教えてくれ!楽しみにしているぞ!」
『はい!いってきます!杏寿郎さん、千寿郎くん!』

穏やかに笑う二人に手を振りながら、道を進む。

「ソノママ進メー!」
『こんな山奥に本当にいるの?』

人里離れた場所に一軒の小屋があった。大分古くなったその小屋から、鬼の気配がした。

『…他にも何人かいるわね。』

人間らしい気配もいくつかする。きっと、そのうちの一人が竈門炭治郎だろう。

『…この箱は。』
「進メェェェー!!」
『あっちょっと待って!』

確かに鬼の気配がした。だけど、何故だろう。優しい気配も同時にしたのは。

『…血鬼術で場所が入り乱れてる。』

先ほど入ってきた入口は一瞬で消えてしまっていた。
歩きながら、部屋がどんどん変わってゆく。

『…困ったな。これじゃ今いる場所すら分からない。』

そう述べた次の瞬間だった。
部屋が一瞬で変わり、目の前には鬼。

「また邪魔者が!」
『何なのよ…』
「危ない!!」

鬼の戦闘態勢を見て避けようとした途端、横から何かが突撃した。運良く逃れることはできたが、一体何だったんだ。

「大丈夫ですか!?」

そこにいたのは額に痣があり、花札の耳飾りをつけた少年だった。

『君が…竈門炭治郎くん。』
「えっ?」
『雪の呼吸 陸ノ型 青女の息吹』

飛ばされてきた斬撃が一瞬で消える。驚きの顔を隠せないと言った少年は目をパチクリとさせた。

『話は後で。さ、早くこの鬼を。』
「はい!」
『…私は手を出さない。援護だけする。やってみて。経験はどんな鍛錬にも勝るから。』
「は、はい!」

この少年は鱗滝さんの様に鼻が効くようだった。技一つ一つを鼻で記憶している。

『でも…鼻に頼りすぎてる。雪の呼吸 陸ノ型 青女の息吹』
「ありがとうございます!」
『集中。鼻に頼りすぎ。もっと頭を使って。』

肋を折っているのだろう。庇う様な動きをしている。だけど、呼吸を使って挑めば挑むほど、少年は強くなっていった。

「君の血鬼術は凄かった!」

そして鬼の首を獲ることができた。
この子は…きっと強くなれる。私なんかよりもずっと。

『…肋、折ってたのに頑張ったね。』
「き、気付いてたんですか!?」
『そりゃ…あんな庇う様な戦闘態勢なら気づくよ。』
「あはは…まだまだですね」
『うん、そうだね。』

その子はショックを受けた様に固まってしまった。
あぁ、違う。そうじゃなくて…
その時思い出したのは杏寿郎さんの姿。優しく笑いながら必ず私を肯定してくれる。そして、頭を撫でてくれた。

『ごめん…言い方が悪かったね。君はこれからもっと強くなるよ。炭治郎。』

するとキラキラした目で私を見つめてきた。すごく嬉しそうで、頬を赤らめながら。まるで尻尾が見える程に。
もし、弟が妹が生きていたら…
そんなことを考えていたら、自然と炭治郎の頭に手を置いていた。思った以上に柔らかい髪を撫でると、また嬉しそうな顔をした。

「あ!そろそろ迎えに行かなきゃ!」

聞くと、まだ此処には幼い少女とその兄がいるのだとか。炭治郎について行くと、その二人は身を寄せ合っていた。

『炭治郎は二人を守ったんだね。偉いね。』
「いえ!そんな…!」
『人を守れることは、凄いことだよ。』

私が炭治郎くらいの年の時、果たして人を守れただろうか。きっと守れなかっただろう。自分は死ぬべきだと、自分のことしか考えていなかったのだから。

「大丈夫ですか?」
『大丈夫。』

微笑んで見せると炭治郎は少し困った様に眉を下げながら、でもそれ以上は何も聞いてこなかった。
そして、外へ出ると争っている…いや、一方的に暴力を振るう猪の頭を被った少年の姿とあの箱を護る少年の姿があった。
一目散に炭治郎はその猪頭を止めに入る。しかし、争いが収まる様な気配は感じなかった。

『君、大丈夫?』
「へ?え!?」
『酷い腫れね…それに後頭部から血が出てる。』

早く医者に診てもらわないとと思い、炭治郎達の方を見る。
あの二人も重症だ。それにしても、まだ争いを続ける体力があるなんて…
二人の方へ近づく。

『やめなさい。二人とも。』
「あ?なんだテメェ!!」
『やめなさい。』

少し怯えた様に固まった二人。だが、猪頭はそれでは止まらない。挙げ句の果てに私に殴りかかってきたものだから、手刀で気絶をさせた。

『…少し寝ていてもらおう。その間に…炭治郎と君、動ける?』
「はい!」
「は、はい!」
『埋葬をするから手伝って。』

二人は身体が痛いだろうに、キビキビと手伝ってくれた。そして、あの少女達も一緒に手伝ってくれ、半分以上を埋葬できた頃、あの猪頭は目覚めた。
黄色い頭の少年は怯えた様に私の後ろに隠れる。そりゃあれだけ一方的に殴られたらそうなるだろうけど…
何がともあれ、その少年も最後は手伝ってくれて、全員を埋葬する事ができた。

『次、生まれてくる時は…鬼とは無縁な人生を送ってください。』

その為にも鬼を消し去らねばならない。
私たちを苦しめる鬼を。

「あの…今更なんですが、炭治郎の知り合い?」
「あぁ、鬼と戦っているときに助けてくれたんだ。でもそう言えば名前…」
『あぁ、言っていなかったね。私は美影 深雪。鱗滝さんの元で育ったから、一応君の姉弟子にあたるかな。』
「え!?」
「いいな〜炭治郎!!こんな綺麗な人が姉弟子なんて!!」
「姉弟子ってなんだ!!!」
『君が竈門炭治郎くん。そして…君たちは?』
「あ、我妻善逸です。」
「嘴平伊之助様だ!お前!勝負しろ!!」
「やめろよ!恥ずかしいな!!」
『善逸と伊之助ね。じゃあ、三人ともお医者様に診てもらわないとね。』

鬼に襲われた少年たちと別れ、藤の家紋の家に到着した。すぐに医者に診てもらい、結果を聞く。全員肋を折る重症であった。
ご飯を食べ、お風呂に入ったところで少し話をした。

『君たちは何の呼吸?炭治郎はやっぱり水の呼吸?』
「はい!でも深雪さんは水ではないんですね。」
『うん。一応水から派生した呼吸だから、似ている部分はあるよ。善逸くんたちは?』
「あ、僕は雷です。…壱ノ型しか使えないけど。」
「俺は獣の呼吸だ!!」
『なら、善逸くんの足の速さはこの中の誰よりも速いんだね。獣の呼吸は聞いた事がなかったな。』
「そ、そうですかね?」
「ふん!俺様が作ったからな!当たり前だ!」

そんな話をしていると、善逸が考え込む顔をした。きっと、箱の正体の話だろう。そう言えば、鬼が入っているのに何故私は…

「炭治郎、鬼を連れているのは何故なんだ?」

すると、少し悲しげに箱を見つめた。炭治郎が何かを言う前に、箱からガタガタと音がし、扉が開く。すると、その中から可愛らしい女の子の鬼が出てきた。

そんな鬼を見て善逸が叫ぶ。炭治郎は逃げる。そんな中、伊之助は寝る。そして、その女の子の鬼と目があった。

「深雪さん!」
『炭治郎、君が優しい子なのは分かる。だけど、鬼を切るのが私の仕事。そして、君の仕事だよ。』

刀を構えた私を見て、炭治郎は青ざめる。そんな姿を見て、善逸も青ざめた。

「この子は俺の妹なんです!もう2年近く人を食べていません!これからも!!絶対に俺がさせません!絶対に!!」
『…妹なの?』
「…はい。」
『…そう言うことか。お館様が言いたかったのは…』

お館様はどんなことにも目を逸らさないでほしいと言った。きっとそれはこの鬼のことなのだろう。

『炭治郎。君はもし、この子が人を襲った時どうするの。』
「…!禰豆子を殺した後に俺も切腹します。でも!禰豆子は絶対に人を襲いません!だから、そんな未来が来ることはありません!」

真っ直ぐ見つめる。実際、こんなにも人がいるのに禰豆子という鬼は誰も襲ってこない。
刀を鞘におさめると、炭治郎は緊張が溶けたように息を吐いた。

『炭治郎、その未来を信じ切れるほど、私は優しくないよ。それは鬼殺隊全員だと思った方がいい。私は鬼に家族を友人を殺された。私は鬼が憎い。だけど、もし君の立場が私だったら、禰豆子を護りたいと確かに思うと思う。…証明し続けるしかないよ。炭治郎。それを君はできる?』
「はい!」
『そう…なら、私は君を信じるよ。』

襲ってもいい場面は沢山あった。だけどこの子は…
ふるとその鬼の子はニッコリ笑って私に抱きついてきた。

「ねねね禰豆子!駄目だ!失礼だろ!」
「ムー」
『禰豆子…あなたは守ってくれるお兄ちゃんがいて幸せだね。』

そっと頭を撫でると、凄く嬉しそうに頬を擦り寄せてきた。

『炭治郎、善逸、そして伊之助は寝てるけど…君たちは強くなれる。此処でしっかり傷を治して、たくさんの人を助けること。それができる。だから、やり遂げなさい。』
「はい!」
「は、はい!!」
「グゴー!!」

元気よく返事をしたのを見て微笑む。

『じゃ、私はこれで。』
「え!?もう帰っちゃうんですか!?」
『時間は有限よ、善逸。あなたは今すべき事は身体を治す事。私は鬼を切る事。…また、鬼と戦う日常に戻るから、今はただの少年としてゆっくり過ごしなさいね。』
「折角会えたのに…」
『大丈夫。きっとすぐまた会える。だって、私は死なないし、君も死なないでしょ?』

いつの間にか死ぬべきだという思いから、生きたいという想いに変わっていった。無表情だったのが微笑むことを覚えた。誰かに優しくされると優しくしたいと思った。誰かに優しくすると、優しさは何倍にもなって返ってきた。
幸せが幸せを生む。こんな世の中だけど、幸せは必ず側にある。

『またね。』

少し寂しげな炭治郎と善逸の頭を撫で、外へ出る。
大きな月が私を照らし続ける。

『杏寿郎さんに会いたいなあ。』

そう思うと身体は自然と走り出していた。1秒でも早く彼の元へ。鎹鴉には今から戻ると煉獄さんに伝えてほしいと一足先に旅立ってもらった。
杏寿郎さんの家から少し離れていたところだったため、すぐに着くはずもなく、電車を乗り換えながら向かう。
炭治郎達と別れて二日後。漸く電車の車窓からは、見慣れた景色が流れてきた。電車が駅に着くとすぐに扉から出る。
駅を抜けると広がる懐かしい景色。そして…

「深雪。」

炎の様な髪と真っ直ぐ見つめる赤い瞳をもった大好きな人が立っていた。

『杏寿郎さん…!!』

走って近づくと、杏寿郎さんは両手を広げた。その行為に首を傾げると、笑いながら私を抱き寄せる。

「手を広げたら、こうだろう!」

今までにないくらい近くに杏寿郎さんを感じた。心臓が均一に鳴り響く。心地よいその音に耳を寄せながら、温もりを抱きしめる。

「おかえり。」
『ただいま戻りました。』

差し出された手をしっかり握り、歩き出す。

「あ!深雪さん!!お帰りなさい!!」

嬉しそうに笑う千寿郎くんに迎え入れられ、私は今日も幸せだと思った。