あの日の回想

「深雪、柱合会議が今度ある。君にも来てほしいとのことだ!」
『柱合会議…あの時のですか?』
「うむ!その通りだ!」
『何を話し合うんですか?』
「隊律違反をした隊士がいるらしい!鬼を連れていたそうだ!」
『えっ…』

それはどう考えても炭治郎のことだった。鬼を連れているなんて、炭治郎しかいない。
炭治郎と会ってからお館様や鱗滝さんと炭治郎の事について話した。私は人と距離をとっていたから知らなかっただけで、てっきり殆どの鬼殺隊士が禰豆子のことを知っているのだとばかり思っていたが、そうではなく、殆どの隊士が知らないことだそうだ。
勿論、杏寿郎さんも禰豆子の存在を知らない。きっと知れば首をとるに決まっている。それが鬼殺隊としてのあるべき姿だからだ。

「話し合うも何も、処罰されて当然だが!」

杏寿郎さんに炭治郎の事を伝えるべきだったのだろうが、伝える事ができなかった。きっと彼は反対するだろうし、そんな判断をした私を見限るかもしれないと思うと怖くて仕方がなかったからだ。
だから、杏寿郎さんは私に当たり前のことをいう。当たり前のことをこんなに苦しく思うようになるなんて、思いもしなかった。

「ん?どうした?」
『…その少年は、私の弟弟子です。』

杏寿郎さんが目を見開いた。それはそうだろう。隊士が鬼を連れているだけでも驚くのに、それが私の弟弟子だなんて。

「…よもや、君は知っていたのか?」
『この間、その鬼とも会いました。』
「何故首を切らなかった!」
『人を襲わないと判断したからです。それに…お館様も容認している様でしたので…』


だけど、私は炭治郎を禰豆子を生かして欲しかった。禰豆子が人間を襲わなかったのはもう自分の目で確かめたことだ。だからこそ、私は鱗滝さんと同様に自分の命を賭けると鱗滝さんに伝えたのかもしれない。
初めて、私たちの間で気まずい雰囲気が漂った。そして幸か不幸かお互い単独の任務がその直後に入った為、そのことについてきちんと話す時間は取れぬまま、柱合会議当日を迎えた。

「あら、お久しぶりですね。深雪さん。」
『しのぶさん…本当にお久しぶりです。』
「深雪さんは怪我をすることが殆どないですからね。中々会えなくて残念です。」
「深雪ちゃん!きてたんだ!」
『蜜璃ちゃん。久しぶり。』

数少ない女性達と話す。話す傍ら何度か杏寿郎さんを見たが、一切こちらを向くことはなかった。
怒っているだろうか。
そんなことを考えると悲しくなる。もし、このまま見限られてしまったらと思うと立ち直れそうにない。
スッと視線を下げると、すぐ近くに眠っている隊士の姿があった。

『炭治郎…!』
「あら、お知り合いですか?この子が今日の中心となる話題の人物ですよ。」

深く眠っていると言うより、気絶に近い状態の炭治郎。隠の人に起こされ、状況把握に目を回している様だった。そして同時に、炭治郎は柱達の注目の的だった。しのぶさんと蜜璃ちゃん以外は、隊律違反をした竈門炭治郎を処罰すべきだと言う意見だった。そして、特に不死川さんは周りの柱よりも処罰すべきだと言う考えを持ち、行動を起こした。
その行動にしのぶさんも珍しく怒っている様子だった。

「不死川さん。勝手なことをしないでください。」

しかし、しのぶさんの言葉に耳を貸すこともなく、不死川さんは禰豆子が入った箱を刺した。同時に炭治郎は怒る。炭治郎だけでなく、私も内心は穏やかではなかった。

「俺の妹を傷つけるやつは、柱だろうがなんだろうが許さない!!」
『炭治郎!落ち着いて!それじゃあ、相手の思うつぼ!』
「妹が傷つけられているのに、落ち着けるわけないじゃないですか!!!」

しかし、不死川はその炭治郎の言葉を聞き煽る。冨岡さんが止めたことで炭治郎は不死川さんに頭突きをくらわすことができた。

「ぶっ殺してやる。」

そう言って炭治郎に刀を向けた不死川さん。流石に我慢の限界で炭治郎の前に私は立った。

「てめぇ…何のつもりだ。」
『私闘は隊律違反ですよ。不死川さん。』
「こいつはもう隊士じゃねぇだろ!」
『いいえ。隊士です。お館様の御意見も聞かずにあなたが勝手に決めつけるのは少々勝手すぎるのでは?』
「深雪さん…」

炭治郎がそう言った直後だった。お館様がゆっくりとこちらへとやってきた。その瞬間、柱達が頭を下げる。私もそれに倣い、少し離れた場所で頭を下げた。
不死川さんの挨拶から始まり、すぐに炭治郎の処罰についての話題となった。
多数の柱が処罰を求めた。しかし、お館様の御意見は容認してほしいとのこと。それでも納得できない柱がほとんどだった。

「どう言うことだ!深雪!」

そんな中、お館様の側にいた女の子が読み上げた鱗滝さんからの手紙を聞いた。内容は炭治郎達のことを容認してほしいとのこと。しかし、
「もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は、竈門炭治郎及び、鱗滝左近次、冨岡義勇、美影深雪が腹を切ってお詫びいたします。」
これを聞き、杏寿郎さんは怒りをあらわにしたのだった。
それもそうだろう。何故、鬼のために自分の命をかけるのだ。以前の自分でもそう思う。

「俺は聞いていない!何故、君がそこまでする!相手は鬼だぞ!」
『…そうですね。その通りです。』
「答えになっていないな。俺は何故、命をかけるのかと聞いている!」
「煉獄さん、少し落ち着いてください。深雪さんにも何か考えがあるのかも知れないですよ。」

胡蝶しのぶが少し驚いた様に止めに入る。だけど、彼の怒りは収まることを知らないようだった。

「杏寿郎、少し落ち着いて。」
「…はい。」

不服そうではあるが、お館様の声掛けで漸く気持ちを落ち着けた杏寿郎さん。

「深雪。何故君は命をかけようと思ったんだい?」

優しく尋ねるお館様を見る。そして杏寿郎さんを見るとすごく辛そうな表情をしていた。申し訳ないと思いながらも炭治郎の方を見る。拘束され、体は痛そうな傷跡ばかり。それでも、禰豆子の為に明日も戦おうとしている。涙を流しながら私を見つめる炭治郎の頭をそっと撫でた。

『…炭治郎は優しい子です。そして、禰豆子も優しい子です。あの子は確かに鬼だけど、人間を傷つけないことを私はこの目で見ました。それどころか、人間を愛している。人間と同じ様に生きようとしている。私たちが掲げているのは、悪鬼滅殺です。禰豆子は悪鬼とは思えません。悪鬼でもない鬼を殺すのは…この少女を殺すことは殺人と同じだと考えてます。』

炭治郎の目からは涙がどんどん溢れ出てくる。杏寿郎さんは何か考え込む様に眉をひそめていた。
しかし、私の意見などすぐに尊重されるわけがなかった。不死川さんが禰豆子を刺し、襲うことを証明すると言い屋敷の中へ入る。そして、炭治郎を伊黒さんが押さえつける。
苦しむ炭治郎の顔を見て私も苦しくなった。だけど、今が好機だった。ここで認めさせれば、誰も何も言わなくなる。
炭治郎、あと少しだけ我慢して。
だけど炭治郎は我慢の限界だった。しのぶさんに呼吸を使うなと止められたのに、体に力を入れ縄を引きちぎる。押さえつけていた伊黒さんを冨岡さんが止め、炭治郎は走り出した。

「禰豆子!」

その時だった。禰豆子は不死川さんの顔から視線を逸らしたのは。
その瞬間に、禰豆子は人を襲わないと言う証明が成立した。あとはお館様の言葉をただ聞いていた。炭治郎もお館様には大人しく話を聞いている様だった。
そして、蝶屋敷に連れて行かれた炭治郎と禰豆子。まさか途中で戻ってくるとは思わなかったけれど…

「それでは、柱合会議を始めようか。」

そうお館様が言うと、柱は一斉に立ち上がる。私はまだ柱ではない為、お屋敷内で杏寿郎さんが会議を終えるのを待つこととなった。