君と一緒に彩る未来

待っている間にたくさん考えた。きっと杏寿郎さんは怒っている。それもそうだ相談もせずに決めた事だから。

『…きっと怒っているだろうな。』
「ああ、そうだな。」

驚いて振り返ると後ろには仁王立ちをした杏寿郎さんが立っていた。やはり表情は先ほどと変わる事はなく、怒っている様だった。

『すみません…』
「きみは何に謝っているんだ。」
『…命をかけたことです。』
「…半分正解で半分は不正解だな。」

ふっと息を吐き、真剣な眼差しで私を見る杏寿郎さん。見限られたかもしれないと思った瞬間だった。

「君は…俺がどんなに君のことが大切なのかを分かっていない!」

1メートルほどあった距離が一瞬にしてなくなり、いつの間にか抱きしめられていた。何度も聞いてきた声だけど、今日の声はなんだか震えている様に感じた。

「命をかけるということは、君の一瞬一瞬をあの少年に預けることと同じことなんだ!あれは少女だが鬼であることには変わりない!襲わないことを証明しても今後の保証はどこにもない!君はそんな大事な決断をしたんだ!」
『杏寿郎さん…』
「なぜ…なぜ、一言でも相談してくれなかったんだ。君にとって俺は、一生を預けられないほど頼りないだろうか。」

今まで見た事がないほど、哀しげな表情をしていた。抱きしめていた手は微かに震えていたし、声だっていつもより弱々しかった。こんな弱々しい杏寿郎さんを見た事がなかった。
いつも強く逞しく、何があろうとも己を叩いて立ち上がるような人だったから。

『杏寿郎さん、ごめんなさい。怖かったんです。見限られるかもしれないって。こんな決断をした私を。』

思いを吐露すれば、自分の手が震えていることに気がついた。ただ自分の想いを伝えるだけなのに、心が身体が怖くて叫ぶように震える。
誰かを愛するということは嬉しくて幸せなことだけど、その分怖いことだってある。いつ死ぬか分からない死線を乗り越えてきたからこそ、死に慣れてしまっていた。いや、昔から私の命などくだらないものだと思っていたから。
だけど、今は違う。少なくとも、この人は…杏寿郎さんは私に生きてほしいと思ってくれている。きっと誰よりも強く。

「見限るはずがないだろう。君は知らないだけで、俺は君のことになると…愛しさが止まらないのだから。」

月明かりに照らされた杏寿郎さんの顔は困ったように眉を下げ笑っていた。あぁ、何て愛おしいのだろうか。こんなにも近くで大好きな人が笑ってくれている。しかも、私だけに向けて。

『杏寿郎さん、ごめんなさい。本当にごめんなさい!!』
「…うむ!大丈夫だ。俺が絶対に君を守ろう!あの鬼の少女が人を襲わないように、見ていよう。それに…君のいう通り、あの少年は強い。不死川に一撃をくらわせていたからな。俺が心配しすぎるほどでもないだろう。」

わしゃわしゃと頭を撫でられる。それだけなのに、何故か涙が溢れ出た。

『うう…』
「む!?どうした!?」
『ホッとして…もうこうやって触れてもらえないんじゃないかって思ったから…』
「君は本当に…馬鹿だ。だが、そこが俺には可愛くて仕方がないんだがな。」

頬に手を添えられ、もう片方の手で涙を拭われる。
そして、だんだんと近づく彼を見ながら自然と目を閉じる。そして、柔らかな感触が唇に広がった。
温かく包み込むような口づけ。そっと離すと珍しく顔を赤らめた杏寿郎さんが目の前にいた。

『ふふっ…』
「なんだ!」
『だって…炎柱の煉獄杏寿郎さんがこんな赤面をするなんて…』
「むっ…俺のこの素顔は君にしか見せん!だから、もう少しだけ…」

引き寄せ合うように唇が重なり合う。
存在を確かめるように、愛を確かめるように。私たちは月に照らされながら長い長い口付けを交わした。
それはそれは甘い口づけだった。