幾つもの夜を数えつくした

累が殺された。何度か会ったあの子の気配は覚えていた。だから、プツリとその気配がなくなった時に久しぶりに嫌な予感がした。そしてその予感は命中し、無惨によって私を含む下弦の月が集められた。
キョロキョロと周りを見る者、怯えたように前に進む者、何も感じていないように悠々と歩む者。様々なその姿を見ると、下弦の月というのはこの程度かと思い知らされる。

「時姫、なぜ集められたのか知っているか?」
「さぁ…妾は知らぬな。」
「何だ。使えんな。」

下弦の弐が私に話しかけてくる。弱い癖に、私よりも強いと思い込んでいるところが可哀想なことだ。強さを隠していることに気付かぬまま、そう言うのだから。だが、見下したような表情はすぐに終わった。下弦の月が全員同じ場所に集められたのだ。
そして目の前には女性の姿。いや、違う。無惨だ。
その瞬間、私は頭を下げた。

「時姫だけか。」

ボソッと笑いながら言ったその人は、

「頭を垂れてつくばえ。平伏せよ。」

そう言った。その瞬間、私以外立っていた者全員がその場で平伏した。
気づかなかったことに言い訳をする鬼に喋ることを許さず、淡々と話し始める。話した内容は、下弦の月は何故弱いのか。というものだった。
確かしそれは間違いではなかった。上弦は100年余顔ぶれが変わっていないのに、この下弦は私が下弦になってからも変動を繰り返していた。
おそらく、上弦と下弦では考え方が違うのだ。上弦は強くなり、無惨のためにが第一。しかし、下弦は強くなれれば良いが、強くなるために無惨が何かをしてくれると思っている。行動を起こさず、血を分けてもらえるのを狙っている。または、その地位につけてゴールしたように錯覚している。そして何より、尊敬ではなく恐れすぎているのだ。だから弱い。
しかし、だからこそ良い隠れ蓑だったのに。
私はそして思考を止めた。ここから先はどんな事にも反応したり、思考したら殺される。現に、思考を読まれた鬼が真上で殺された。生暖かい血を被る。最悪な気分だ。

「下弦の鬼は解体する。」

やはりその言葉が出てしまった。やはり、上弦に血戦を申し込むべきだったか。
鬼と人間の情報を手に入れることができる地位に魅力を感じ残り続けていたというのに。こんなにもあっさりと解体となってしまうとは。
以前の私なら、死んでも構わなかったが、今は死ねない理由ができた。だから、何が何でも死ねない。

「最後に言い残すことは。」

無惨の呼びかけは何故か、下弦の壱のみだった。私の方は一切向かない。下弦の壱の受け答えが耳に流れて来る。多分、この鬼は生き残るだろう。そう考えた次の瞬間、無惨は下弦の壱に大量の血を与えた。
耐えられたら強くなり、耐えられなければ死。そんな状態にして下弦の壱のみその場から姿を消した。いや、無惨の横にいるあの女の鬼の血鬼術だろう。

「時姫よ、お前は今後どうするつもりだ。」

まるで今までの行動はお見通しだと言わんばかりに、冷ややかな目で見下ろされる。流石に背筋が凍った。

「私の役に立つのか、立たないのか…言ってみろ。」
「立つか立たぬかは分かりませぬが…」

無惨。私はお前に殺されてなんてやらない。私が死ぬときは絶対に、お前の手によってではない。

「殺したい人間がおります。」

だから、思ってもいないことを私はいとも簡単…本人のように語れる。

「誰だ。言ってみろ。」
「美影 深雪。」
「…お前の口から殺したいと出るとは。一体どういう風の吹き回しだ。」
「妾が気まぐれなことは知っておるのでしょう。」
「…面白い。いいだろう。今は下弦として据え置いてやる。…先程の鬼を見張れ。あれは単なる気まぐれで血を分けてやったが、柱の力には到底及ばん。…時姫、あまり私を待たせるなよ。」

琵琶の音が鳴り響いた途端、最初に私が立っていた位置に戻された。

「…妾が上弦にいかぬと言ったら、きっと殺されるのじゃろう。」

空を見上げるとあの日と同じように月が私を見ていた。私を。私たちを。

「…私は絶対に許さない。あいつのことを。絶対に。」

今日の月はあまりに大きく輝いていて、この鬼の姿の私をハッキリと映し出し、隠そうとしてはくれなかった。