いばらの道を歩く王子様


中間テストと言うものが終わり、大会は目前。
そう、春季大会。

私達の息子達は遅くまで部活に没頭中。

飛雄は最後の大会ではないけど、もう春季大会をする事は出来ないからね。頑張ってほしいな。
蛍は最近身長が急成長してるから、どんどん活躍してほしいな〜


「ねぇ、ママ。」
『んー?どうした?翔ちゃん。』
「勇くん、今日来るかな?」
「英くんとも僕会いたい!!」


ニコニコと笑いながら言う翔陽と忠。


『そうだね。最近ずっと見てないね。』
「勇くん、翔陽の事嫌いになっちゃったのかな…」
「英くん、もう僕と遊んでくれないのかな…」
『金田一君も国見君も、今バレーが大変なんだよ〜。だから、疲れててあそぶ元気が無くなっちゃってるだけ!大会の日、応援に行くから、いつも遊んでくれたお礼にいっぱい応援しようね!』


するとシュンとしていた二人は同時に、うん!と言って笑った。

シンクロ。双子ってすごい。
いや、双子は関係ないか。

…でも、どうしたんだろう。
本当に最近二人の顔を見ていない…


「ただいまー。」


少しいつもより低めの声。


『飛雄、おかえり。』
「ん。」
『蛍は?』
「あー、二年で帰ってるからもーすぐ来る。」
『そう。…ご飯、出来てるよ。』


そう言っていつの間にか私の背丈を越した彼の頭に手を置いてそっと撫でた。

この子が今、何を思い、何に躓いているのか。

そんな事は分からない、

だけど、それでも一生懸命なこの子が…壊れてしまいそうで。


「…母さん。」
『どうした?』
「……。」
『…飛雄、無理に言わなくていい。言いたくなったら言いなさい。
お母さんはずっと待ってるから。』


震えているこの子をそっと抱きしめた。
背丈は越していても、生意気な口を叩いていても…

まだこの子は子供なんだ。

たくさんの事で傷つくし、悩む。

大きくなっていたと思ってた、まだ小さいこの子に私は何をしてあげられるだろう。

きっと、何もしてあげられないのだろうな。


『さ、ご飯食べちゃって!蛍が来たらご飯よそってって言っておいてね。』
「分かった。」
『翔ちゃん、忠〜寝るよ〜〜』
「はーい!飛雄にいちゃんおやすみ!」
「蛍兄ちゃんに、僕のおやすみ言ってね!おやすみ、飛雄兄ちゃん!」
「おやすみ。ゆっくり寝ろよ。」


そんな風に言いながら笑った飛雄を見て、翔陽と忠の手を取り、二人の部屋へ向かった。

*
*

「ただいま〜」

いつものようにそう言うと、飛雄が玄関に顔を出した。

「おかえり、父さん。蛍見なかった?」
「さっきそこで会ってさ、友達の家でご飯食べる事になったんだってさ。」
「ふーん。」
「里紗は?」
「翔陽と忠を寝かせに行った。」
「あー、もうそんな時間か〜」

笑いながら靴を脱ぎ、リビングへ向かう。

「おー、今日はハンバーグか〜」
「うん。」
「ん、飛雄、今食べだしたのか?」
「え、あ、まぁ…」

いつものようにハッキリとした口調でない飛雄に少し違和感を覚えた。

「じゃあ、一緒に食べるべ〜!」
「うん。」

笑って見せた飛雄だけど、いつもの笑顔とは違うのは分かる。だって、この子の親だから。

「…飛雄、何かあったのか?」
「え…」
「俺はお前の父さんだ。息子が悩んでいることくらい、分かる。」
「…。」
「きっと母さんにも無理をするなとやんわり言われただろうけど…」
「…。」
「口に出したらきっと楽になることもあるはずだよ。」

黙っている飛雄を見ながらそう話すと、二階から降りてくる足音。

『あ、孝支。お帰りなさい。』
「うん、ただいま。」

そう言うと、里紗は俺の隣に座る。
彼女は察しの良い人だったから、きっと何を話そうとしていたのか。すぐわかったのだろう。

「俺はバレーが好きで…」
『うん。』
「国見と金田一も大切な仲間だと思ってるし、一緒に優勝したいって思ってる。」
「うん。」
「俺は、北川第一を勝利を掴めるようにしたいんだ。俺が勝利に導いてやりたいんだ。」
『…。』
「だけど…みんなは勝ちたくないのかわからねーけど…俺がしようとした事、全部ムリだと言うんだ。
…国見と金田一もだんだん俺から距離を置いた。」
「……。」
「俺は勝ちたいだけなのに…」

抱え込んでいたものを出し切った飛雄は少し顔を歪ませた。
こんな時、親だったら何て言えば良いのだろうか。15年、この子の父親をしてきたというのに、分からない。
慰めるのだろうか。それとも、それは違うと叱るのだろうか。

『飛雄。』

暫くの沈黙を破ったのは里紗だった。

『飛雄が今辛いのは、仲間に信頼されていないから。だよね?』
「……。」
『仲間に信頼されないのはものすごく辛い事だよ。だから、飛雄はきっと私が思っている以上に今、苦しんでいたんだと思う。今まで気づいてあげられなくてごめんね。』

でもね、
そう彼女言った。

『国見君も金田一君も…飛雄に信頼されてなくて、飛雄に負けないくらいに悩んだのじゃないかな?』

そういった時、飛雄の目が見開かれたのがわかった。

『飛雄、貴方は一人で戦っているんじゃないよ。みんなで戦っているんだよ。
飛雄が目指す所と彼らが目指す所が違うわけないじゃない。
勝ちたいに決まってる。じゃなきゃ、去年の夏、ここで次は俺たちが全国へ行くって三人で言ってたじゃない。泣きながら、先輩の分もって。』
「…。」
『誰が悪いとかじゃない。
飛雄達はきっと…バレーが好きでたまらなくて…だからこそ、すれ違ってしまったんだよ。』
「俺…」

泣きそうな表情を見せた飛雄。
そして既に涙を流している里紗。

「飛雄。俺は試合を見てていつも思う。お前達は強いよ。」
「…!」
「強いんだよ。それは飛雄、お前だけじゃない。みんな強いよ。」

里紗の言葉を聞いて流石だなと思う。
母親というのは…本当にすごいと思う。

「今からでもいい、ちゃんと話し合いな。きっと、分かってくれる。いいや、本当は分かってあげたいんだよ。」

飛雄は頷いて目に溜まった涙を拭った。
…飛雄は少し素直では無いけれど、いい子に育ったと思う。

ーー飛雄はお父さんになるの!お父さんみたいなすごーーいセッターになるんだぁ〜!ーー

ーーお父さんが行けなかった全国に連れて行くから。ーー

そう言ってくれたのはつい最近だったのに。
子供の成長はものすごく早い。

「よし、じゃあお風呂入るべ〜!蛍ももうすぐ帰ってくるだろうしな!」
「うん。」
『ゆっくり入っておいで。』

飛雄は頷くとお風呂へと歩いて行った。

「里紗…」

里紗の涙をそっと拭ってあげると困ったように笑った。

『難しいね。こんな時、本当はどんな言葉をかけてあげたらいいんだろう…』

あぁ、彼女もまた俺と同じように悩んでいたんだ。

「里紗はちゃんと母親だったべ。俺の方こそ、何も言ってやれてないから。」
『そんなこと無いよ。飛雄は孝支が大好きだもの。孝支に強いと言ってもらえてきっと嬉しかったと思う。』

微笑んだ表情は昔から変わらない。
そんな里紗を抱き締めた。

「ありがとう。」
『私は本当の事しか言ってないよ。』

そう言って笑う彼女。
これから先、この子達の為に俺は何が出来るだろう。
きっとできない事だらけなんだろうな。
だけど…

「これから先も幸せにしてやるべ!」
『…そんなの当たり前でしょ。』

すると蛍が帰ってきて、
…こんな時間に何やってるの。何、もう一人弟できるの?
なんて言われた。
蛍も飛雄と同じチームだし、きっとそれなりに悩んでいるのだろうと思う。
だって、蛍はなんだかんだ飛雄を心配しているから。
だけど、そんな風に見せないのは彼の性格だろう。
そんな風に見せたくは無いのだろう。

「蛍。」
「何?」
「バレー…頑張れよ。」

すると驚いたように目を見開いた後、

「…大丈夫。父さんも母さんも、そして飛雄も必ず全国連れて行くから。」

というより、あんなバレー馬鹿が全国いけ無いわけ無いデショ。
なんて言った。
すごく幸せだと思う。こんな家族に巡り合えて。
本当にそう思った日であった。


Noah