九つの命

私は孝支君が好きだ。






九つの命
遮るものは貴方と私の生きるスピード。








「美月!」


そう呼んでいつも抱きしめてくれるから。

私は猫の美月。この名前は孝支くんがつけてくれた。初めは私より年上だったのに今じゃ同い年なんてびっくり。


「見て!美月!これ!」

(なになに?)

「知ってる?これ、バレーボールって言うんだよ!」


目をキラキラ輝かせて教えてくれた君をみて、すごくすごく嬉しかった。それと同時に少し悔しかった。

わたし以外にもこんな表情を見せるなんて思わなかったから。

それから貴方はいろんな表情をわたしに見せてくれた。


「レギュラーに選ばれたんだ!」


嬉しそうに笑う孝支くん。


「負けた…悔しい…」


悔しそうに泣く孝支くん。


「疲れた〜」


倒れ込んで寝てしまう孝支くん。


バレーボールに出会ってから貴方はどんどん大きくなった。小学生の頃の優しさを残したまま。だけど、その優しさがあなた自身に刃となって傷つけたこともあったね。


「バレー…何でみんな勝とうとしないんだろう。」

(そうだね、分からないね。)

「美月が人間だったらな…」


わたしの頭を撫でながら言った貴方に私が言った言葉を貴方は聞き取れた?


(私は猫だけど、あなたの側にずっといるよ。)


なぜ私は猫なんだろう。
なぜ人間じゃないんだろう。
ねえ、神様教えて。


「猫って九つ魂があるんだって。すごいよね。」


昔、小学校の先生に教えてもらったんだと自慢げに話す孝支くんがふと思い出された。


私は何回生まれ変わったんだろう。


そんなこと分からない。だけどきっと何度生まれ変わっても孝支くんの隣が、わたしのいる場所だと思うんだ。


中学を卒業して高校に入った。優しくて大好きな孝支くんの年齢をいつの間にかいくつも超えていた。

眠たくなる時間が以前よりずっと増えたし、最近は少し疲れる。


「ただいま!」


でも、その声を聞けば元気が出るから不思議。


(おかえりなさい。)


お迎えに行くと昔から変わらない笑顔で頭を撫でて抱き上げてくれる。


(今日も楽しかった?)

「今日も楽しかったよ。」


いつもそう私に言ってくれる。中学とは違っていい仲間に出会えたようだ。

でもその笑顔はいつからかムリしているように見えた。


ただいまの声も私の名前を呼ぶ声も…
元気のない声だったから、すごく心配したの。

だからね、初めてあなたの後を追ったの。生まれて初めて内緒で家を出た。

いつも孝支くんの腕の中で見ていた世界を自分で歩くのは少しワクワクしたわ。まるで、孝支くんと同じ世界を見てるみたいだったから。

部活をしている君はいつからそんなに暗いものになったの?

きっとあれはキャプテンの大地くん。あれ、旭くんがいない。あの元気な子はきっと田中くん。あの子は縁下くん。そして木下くんと成田くん…西谷くんがいない。

あんなにも孝支くんが大事にしていた仲間が欠けている。


(どうしてだろう。)

そっと体育館を離れると一際大きな人。初めて見たなぁ。あんなに大きな人。
きっと君が旭くんだね。


「ニャー」

「え、猫?」


驚いてたけど優しい笑顔で抱っこをしてくれた。


「お前どこから来たんだ?」

(孝支くんの家からだよ。)

「聞いてもわからないよなぁ。」

(分かるよ。)

「俺、バレー部だったんだけど、今はバレーが怖くてできないんだ。」


旭くんは私を撫でながらたくさん話してくれた。辛いこと、苦しいこと、そして仲間への思い。


(優しい人。本当はみんなとバレーがしたいんだね。)


私の言葉はきっと届いてないのだけど、


「ありがとう、猫ちゃん。」


少しでも貴方が孝支くんとバレーができればなって思ってるよ。


さて、帰ろう。
少し寄り道をして帰ろうかな。
きっと怒られちゃうな。
それならそうね、一人になれる場所を見つけたいな。


歩いているとバレーボールの音がした。


あれはもしかして、西谷くんではないだろうか。

背が低く、前髪が金髪の彼はとても目立っていた。


「こんなんじゃまだまだだ。」


ガムシャラな西谷くんに少し胸が痛んだ。きっとからも傷を抱えているんだなって。

休憩時間、西谷くんに近づくと嬉しそうに抱きしめてくれた。

「お前可愛いな〜」

「寒いだろ、中入れよ!」


優しい言葉をたくさんくれた。

きっと孝支くんの周りはそんな人達で溢れているんだろうな。
だから悲しいって思えるんだろうな。

人間って面白い。そして優しい。


(人間の人生は短い。だから存分に精一杯生きてね。)


そう行って立ち去った。そして気づいた。あぁ、私も死期が近いのだと。今になってたくさんの記憶が蘇る。あぁ、私は9回目の人生を歩んでるんだ。

猫としてはこの命が尽きればおしまい。

全部足したらどれだけの年月をかけてどれだけの人と出会い、愛してもらったかな。


家に着くと孝支くんが家の前で待ってた。私の姿を確認すると走って抱きしめてくれた。


「心配しただろ!」


ぎゅっと抱きしめてくれるあなたに出会えてよかった。最後の命、あなたと過ごせてよかった。


「さあ、家に入ろう。」


抱き上げてもらって家に入る。
今日は疲れたな。いっぱい歩いたから。


「おやすみ、美月。また明日な。」


撫でてくれる孝支くん。

ねぇ、孝支くん。貴方は今ものすごく辛いかもしれない。苦しいかもしれない。でも大丈夫。
その苦しみはいつか必ず報われる。
きっとね、まだまだ辛いことは起きるんだと思う。
もし、辛くなったら私を思い出して。

私は貴方の友達。
貴方だけの友達。
決して、あなたのそばを離れないから。


「美月!美月!」

呼ばれた声に返事をしても声が聞こえてこない。
目も開かない。

あぁ、もうさようならの時。


もし、生まれ変われるなら…


また貴方のそばにいたいなぁ。


「美月…」


返事ができない。だから、どうか届いて。

私は必ずまた貴方に会いに行く。







「ニャー」

「あ、猫!!」

「日向、あまり騒ぐなよ。」

諭すように言う澤村。


「人懐っこいですね。」

「影山にも近寄ってる…」

「おい!どーいうことだ。」

「ほらほら、喧嘩しないで。」


東峰が止めに入る。


「美月に似てるな。」

「飼っていた猫のことか?」

「そう。」


美月が死ぬとき、必ず会いに行くって聞こえた気がしたんだ。
いつ来るのかって待ってたらとうとう春高…美月、宮城代表になれたんだよ。


「よし、気合い入れていくぞ。」


澤村の声で皆は会場に足を踏み入れる。


大きな歓声と観客席からでもオレンジ色のコートが目の前に広がった。


『あの!』


振り向くとタオルを持った子が立っている。


『落としましたよ。』

「あ、ありがとうございます。」

『烏野高校…?』

「あ、宮城代表できたんです。」

『そうなんですか!私は音駒高校の生徒なんです。』

「俺、よく音駒と練習してました。」

『あ、だからかな。聞いたことがあるって思ったの…』


ニコッと笑って彼女は言う。


『音駒高校3年の孤爪 美月です。』

「烏野高校3年の菅原 孝支です。」


偶然じゃないよね、きっと君と出会うのは運命だったんだよね。


貴方に会いに行く。次はきっと貴方と同じ人間の姿で。


end


Noah