わずかに空いた窓から入ってくる風。その風にのって踊るように揺れるカーテン。白を基調とした部屋にベッド。そんな場所に儚く笑う少女がベッドに横たわりながら、蒼い空を眺めていた。
まるで生きることを忘れたかのように。
蒼い花は儚げに笑う
それは暑い夏のことだった。
高校に入学し、バレー部に入った俺は絶対に全国へ行くと意気込んでいた。しかし、俺の入った青城は強豪だけあって、中学での1番はここではなんの関係もなかった。
とは言っても、俺はセッターの中では上手いほうだったから、すぐにレギュラー入りを果たした。1年では俺と岩ちゃんだけ。
そんなこともあって内心すごく嬉しかった。
大会では途中で出たりと、良い経験を積むことができたと思う。だからもっと証明したかった。俺たちはもっと出来るってことを。そんな矢先、足をひねってしまった。
本当についてない。
「早く病院行け。」
岩ちゃんはそう言ってボールを投げてきた。言葉と行動が一致していないのはいつもの事。大丈夫って言ってたけど、鬼のような顔をするのだから行くしかない。
休日、病院へ行った。
病院はなれない。幼稚園の頃はよく行ったらしいけど、記憶にある限りだとほとんど病院にお世話になった記憶がない。
検査を終え、会計の待ち時間座っていると男の子がじっと見てきた。
「お兄ちゃんハイキューレンジャーのブルーみたいだねぇ!」
「ハイキューレンジャー?あ、日曜日にやってるやつね。それはお兄さんがかっこいいからだよ〜!」
「ううん、身長が似てる!」
身長かよと突っ込みかけた。
「君、パジャマだけど入院してるの?」
「そう!でもここどこ?」
つまりは迷子になった男の子が目の前にいるのだ。そんな男の子を放置するわけにもいかず、会計を済ませたあと、送り届けるべく小児科病棟へ行った。
白を基調とした病院だが、小児科病棟はおもちゃがあったりなど、少し色味がある。
「いた!!すみません、たっくんを連れてきてくださったんですね。」
探し回っていたのか、少し息が上がっている看護師がこちらに近づく。
「いえ、大したことありませんよ。」
手を繋いでいた男の子との手が離れる。
「お兄ちゃんバイバーイ!」
「もう抜け出しちゃダメだぞ。」
そう言って別れを告げた。さぁ、帰ろうとした時、目に入ったのは一人の少女だった。
その少女にまるで吸い込まれるかのように足が動く。
『…誰?』
気づいた彼女はそう言って俺の方を見た。透き通ったような白い肌に黒い目と髪。
美しいと思わせられたのは初めてだった。
『…あの?』
「あ、ごめんごめん!ずっと外を見てたから何か外にあるのかなって。」
『あぁ…何もありませんよ。ただ、空が綺麗だなって。』
「確かに今日は快晴で青空が綺麗だよね。」
『うん。』
取ってつけたかのような理由をあっさりと受け入れてくれた。
『貴方もどこか体が悪いんですか?』
「あ、いや…俺は足を捻挫しただけで…」
『そうだったんですね。ならどうしてここに?』
迷子になった子のことを話すと、仲が良いようで、「ありがとう」と彼女はいった。
それからは俺の通っている高校の話をした。すると彼女とは同い年だということが分かった。高校の話を彼女は楽しそうに聞くものだから、ついつい話しすぎてしまった。
「あっ、ごめん。俺ばっかり話してたね。」
『ううん、楽しかったよ。徹くんの話は私の中ではおとぎ話のような話だから。』
「美月ちゃんはいつからここにいるの?」
『小学校3年からだよ。もう8年、入退院を繰り返してる。元気だったら徹くんと同じ高校で同じクラスだったかもしれないね。
まぁ、私はどっちにしろそう長くは生きられないと思うけどね。』
そう言った彼女はまたあの表情をして笑った。
もう自由には生きることのできない身体を呪うように、そして諦めるかのように。
生きることに執着することを忘れた儚い表情だった。
「美月ちゃん、これから来ていい??」
『私はいいけど…』
このままじゃ、彼女は最期の時まで生きたいと思わない気がして。初対面だけどそれは何だか悲しかった。
「それじゃあ決まり。だからさ、俺のために明日もちゃんと生きてここにいてね。」
『徹くん…』
「俺が必ず美月ちゃんに明日も楽しみだって思わせてあげる。だから…諦めないで。俺は美月ちゃんがいなくなるのは嫌だなあ。」
少し驚くように彼女の目が見開かれる。
『何で?私たち、初めて会ったのにどうして優しいの?』
「俺は優しい人間なのです。」
真面目な顔でそう言うと、彼女はちゃんと彼女らしい笑い方で笑った。
『うん、きっとそうなんだろうね。ありがとう、明日も楽しみにしてる。』
花が咲いたように笑う彼女。
「うん、待ってて。」
その笑顔をもっと見たい。
いや、もうあんな表情の彼女にはさせないと俺は誓いを立てた。
「また明日。」
『うん、また明日。』
こうして、俺は毎日は部活があるから来れなかったけど、出来るだけ彼女に会いに行った。
以前に比べて笑うことが増えたと思う。
そんな変化に嬉しさを感じると同時に、彼女のことが好きになっていった。
だけど、病気は彼女の体を蝕んでいたのは事実で、時には苦しそうにしている彼女の手を握ることしかできない日だってあった。
『明日、検査の結果が出るんだけどね、』
「うん。」
『いつもはどうでもよかった。けど、最近は徹くんのおかげで楽しくて…正直怖い。悪化してたらどうしようって。』
「美月ちゃん…」
『徹くん、私ね…もっと一緒に生きたい。一緒にやりたいこと、たくさんできたの。…でも、悪化していたら…怖い、怖いよ。』
黒い瞳は潤んでいて、今にも溢れそうな涙を懸命に堪えている彼女の手を握る。
『徹くん…』
「俺もね、美月ちゃんと生きていきたいよ。俺は美月ちゃんがそう言ってくれて嬉しい。きっと大丈夫。それに悪化してたって俺は絶対に美月ちゃんから離れたりしない。
でもね、前の美月ちゃんより今の美月ちゃんならきっと病気だっていい方向に向かっていると思うな。」
医者じゃない俺の言葉は信用できないかもしれない。それでもそう伝えたかった。
今だって、同じ時を一緒に生きているのだから。
『…うん、そうだね。ありがとう。』
少し泣きそうな彼女の顔を見て胸が握り締められたかのように痛くなった。
そして衝動的に抱きしめた。
『徹くん?』
「ごめん、少しだけこのままで…」
驚いた彼女にそう言うと、彼女もそっと俺を抱きしめた。
『徹くんは優しいね、本当に…』
笑いながらそう言った彼女は今まで見たことがないくらいに美しく、今にでも消えそうなくらいに儚く感じた。
『大好きだよ、徹くん。』
嬉しいはずの言葉でさえも…儚く聞こえた。
fin