紅のルージュに口づけを

白い肌に桜色のチークで頬を染め、まつげをカールさせて、紅いルージュを塗れば…


今日も私は私になれる。




























私であって私ではない私。メイクをすれば仮面を被ったように、もう一人の私を演じることが出来る。メイクさえすれば、誰にだってなれる。

「美月のドラマ見た!?」
「見た!やばいよね!本当に可愛い!」
「次の展開が気になる!」

可愛らしく着飾った女子高生くらいの子たちが私のことを楽しそうに話している。そんな姿を横目にすれ違った。まさか話している本人がこんな所を歩いてるだなんて、思いもしないだろう。彼女たちは一切気付くことなく通り過ぎていく。
私は若手女優として世間を賑わせている。何となく、自分以外を演じることに興味があったのか、私自身と向き合うことを放棄したかったのか、今となってはあの頃の自分の気持ちなんてわからないけれど、今、こうやって世間を賑わせていることが不思議だ。メイク用品のコーナーにはでかでかとばっちりメイクを施した私がいる。

『これが私ね…。』

臆病で前に立つことが大嫌いな私が身につける唯一の武器。メイクなしではカメラの前なんか立てやしない。マスクで隠した素顔に誰も気づかず、通り過ぎて行く人たち。今だけは女優という仮面を取っ払ったただの美月でいられる気がした。

『あ、美味しそう。』

途中でケーキに惹かれて思わず二つ購入。両方私が食べたいケーキを買って、鼻歌を歌いながら歩いて行く。そして、あるアパートの前でチャイムを押せば、ガチャリとドアが開く。

「美月?」
『えへへ、来ちゃった。』

マスクをしていても気づいてくれる彼にそう言う。すぐに私を家に入れてくれ、リビングへ促してくれる。

「コーヒー?」
『うん、あとお皿とフォーク二つ。』
「昼飯前にケーキかよ。」
『美味しそうでしょ?』
「二つとも食べたくて買ってきたんだろ。」
『ご名答!』

まるで何でもお見通しだと言わんばかりに、そう言う彼は唯一、素で話せる相手だった。

「ほら。」
『クロ、どっち食べたい?』
「どっちでも。どうせ一口ちょうだいって言うんだからさ。美月が選べよ。」

いつだってクロは私に優しかった。私の変化に気づいて声をかけてくれるものだから、彼と出会ってからは彼に甘えっぱなしだったと自覚している。

「で、今日はどうした?」
『ドラマでキスシーンがあるの。』
「…そうか。まぁ、女優ならそうだよなあ。」

チラリと彼の方を見たけれど特に変わった様子はない。嫌だと思ったのは私だけなのか。そっと目を伏せて、コーヒーを口にする。いつにも増してそのコーヒーは苦く感じてしまったのは、私が彼を好きだと自覚しているから。

「でも、やっぱり好きな女がキスしてるのを見るのは嫌だな。」

耳を疑った。バッと顔を上げ、彼の方を見ると、少し考え込むような困ったような…そんな表情をしていた。

『クロ…』
「なぁ、お前は俺が好き?友達としてじゃなくて、男として。」

まるで時が止まったかのように、鉄朗の声だけが響く。だけど嫌じゃない。寧ろ、すごく心地良い。

『もうずっと…クロのことを男としてしかみてないよ。』

少し細い目がぱっと見開かれた瞬間、私は彼に抱きついた。

「ちょっ…」

勢いよく飛びついた私に驚きながらも、その大きな身体はすっぽりと私を隠してくれた。

『何で、私が今まで恋愛ドラマでキスしてこなかったと思う?』
「へぇ…俺のためだってか?」
『うん。』

素直に答えると、真っ赤な顔になった彼は私をぎゅっと抱きしめ、自分の顔が見えないようにした。ずっと知りたかったかの温もりにそっと目を閉じた。

「美月。」

優しい声に呼ばれ、彼の方に顔を向けると、優しくキスをされた。

『もう一回。』
「いいよ。いくらでも。」

優しく包み込まれ、甘酸っぱい気持ちで満たされる。少しずつ深くなるその口付けに酔いしれながら、彼の全てを受け入れた。

「美月…好きだ。」

好きな人とするそれは、深さを増すにつれて愛おしくて仕方なくなる。そして、私の名を呼ぶその声に、もっと言ってと欲が芽生えてしまう。

「美月の口紅、全部俺がとっちゃったみたいだな。」
『クロの口は少し赤いね。』
「あんな真っ赤な口紅を付けてたらそうなるわ。」
『素顔の私は全部、鉄朗のモノだよ。』

惜しむように離れた唇からは、あの魔法はすっかり取られてしまっていた。
だけど、素の私でいられる。それは、彼が私のことをいつだって外見だけで判断しようとはしなかったからなのかもしれない。

『好きだよ。ずっとずっと。』
「うん。」
『ちなみに、今の言葉はドラマのセリフ。』
「想いのこもり方は、断然俺に向けてが一番だから良いよ。」

やめろとは言わない彼に感謝し、もう一度その唇にキスをした。

「なぁ、これ以上は我慢できない。」
『私も我慢できないって言ったらどうする?』
「それならそうだな…」

耳元で「俺以外に目がいかないくらい愛してやる。」と言った彼。その押し寄せる愛のような波に飲み込まれるように、私は身を任せた。

因みに、ドラマは視聴率が良く、それ以降は恋愛ドラマに引っ張りだことなり、彼が少し拗ねてしまったのはまた今度お話ししましょう。

end


Noah