繋いだ夜のあたたかさ


灰谷兄弟は堀川玲美の言うことだけは聞く。そう言われるようになったのはあの合宿からだった。確かに、以前より仲良くなった。話しかけることもある。
皆が不思議がるように、自分自身不思議だった。
なぜ、あの灰谷達が私なんかを構うのか。
ある意味、ストッパーのような存在。あの日から、友達も私のご機嫌を伺うように話してくる。いや、あまり友達なんていなかったのだろう。
そう考えると、蘭や竜胆は私にとって唯一の友達なのかもしれない。

「帰ろーぜー」
『うん。』
「なぁ、今日玲美の家行ってい?」
『いいよ。竜胆も来る?』
「兄ちゃんが行くのに俺が行かないわけないじゃん。」

そんな日々を過ごす中、坂道を登った先にある我が家に二人が来るのはもう恒例のようだった。

「あら、早いわね。おかえりなさい。」
「ただいま〜」
「お邪魔しまーす」
『何で私より先に入るの??』
「まあまあ、三人とも手を洗ってらっしゃい。」

蘭と竜胆は私の母と仲が良かった。母は噂で人を判断してはいけないと常々言う人だと言うこともあり、二人を快く受け入れた。

「玲美はいいな。」
『何が?』
「お母さん、良い人だもんな。」
『そうかな。』
「俺らの親はあんなんじゃねーよ。」

少し寂しげに目を伏せた蘭。困ったように笑う竜胆。
二人の親は常に家に居ない。海外にいるそうだ。
六本木のタワーマンションの最上階に住む二人は、いつだって二人ぼっちだったそうだ。

「蘭くん、竜胆くん、玲美!アップルパイ焼いたんだけど、食べる??」
「食べる〜」
『あ、蘭ちゃん!大きいの選んだでしょ!』
「早い者勝ちだし〜」
「まあまあ、おかわりあるから。それ食べたら、三人とも宿題しなさいよ?」
「は〜い」

こうやって放課後に私の家に来て、おやつを食べて宿題をして遊ぶ。時には夜ご飯を食べて帰ることもある。私の家にいる時だけは、小学生らしく笑うのだから不思議だ。

「ただいま〜…お、蘭に竜胆。お前らまた来てたのか。」
「あ!お父さん!!」
「ね〜ね〜、今度キャッチボールしてよ。」
「ずるいよ兄ちゃん!俺も!」

もはや、蘭も竜胆も家族のようだった。父も母も自分の子どものように愛情を注いでいた。
勿論、私が一番だけど。
だけど、そんな二人をまるで本当の父と母のように慕っているのは、実の娘の私でさえ感じた。
なんせ、お父さんとお母さんって呼ぶくらいだったから。

「明日、水族館に行こうと思ってたんだけど。」
『え!?ほんと!?』
「え〜キャッチボールは?」
「蘭、キャッチボール先週もしただろ。玲美が水族館行きたがってたからさ。」
「いいじゃない!お母さんも賛成!ね、みんなで行こう!」
「まあ、お母さんが言うなら…」
「俺はどっちでも良いよ。」
「じゃあ、水族館に行こうか。久しぶりにドライブだ!」
『やったー!!蘭ちゃん、竜胆、明日ちゃんと早起きしてね!!』
「じゃあ今日はもう帰るか〜」
「じゃあ、送ってくるよ。」
「気をつけてね、じゃあ蘭くん、竜胆くん明日ね。」
「うん、おやすみなさ〜い」

父と共に出て行く二人。
少し、肩の力が抜けた気がした。

「玲美。二人は今も学校で暴力を振るってる?」
『え?少し減ったかな…』
「そう。それなら良かった。」
『どうして?』

確かに、母には二人が暴力を振るう子達だとは言っていた。だけどそんなこと、気にしていないと思っていたのだ。

「…きっと寂しいのよ。」
『寂しい?どういうこと?』
「……この感情は知らない方が幸せね。お母さんは玲美が大好きよ。」
『どういうことー??』

ギュッと抱きしめてくれる母。抱きしめられると嬉しくて、ギュッと抱きしめ返した。
そして次の日、家族と蘭、竜胆で水族館へ行った。
スタッフの人に「仲の良い家族ですね」と言われて、蘭と竜胆は嬉しそうに笑っていた。そんな楽しい時間で終わると思っていた矢先だった。

「灰谷兄弟じゃねーか。」

怖そうな中高生くらい男の人達が此方へとやってくる。その瞬間、二人の表情が変わったのを感じた。そしてそれと同時に、私の中で危険だとサイレンが鳴る。この表情を私は知っている。合宿の時と同じだ。
そんな時だった。

「うちの子に何か?」

蘭、竜胆の前に立った父。優しそうな表情は変わらない。そんな父に私だけでなく、二人も驚いた表情をしていた。

「あ?お前、こいつらの親かぁ?」
「嘘だろ、こんな弱々しい奴が?」
「は?何つったテメェ。」

大きな声で笑い出す男達をみて、蘭が言い放つ。
可笑しそうに笑いながら、馬鹿にしたようにもう一度同じことを言った瞬間、蘭が飛びかかる。しかし、そんな蘭を最も簡単に捕まえ、肩に担ぎ上げたのが父だった。そして、隣を見れば、母が竜胆の手を繋いでいる。そして、もう片方の手で私の手を繋いだ。

「離せ!!」
「蘭、落ち着け。こんな事で怒っていたら疲れるだろ。どう考えたって、怒らせたくて言っているんだ。乗ったら負けだ。」
「何でだよ!!ぶっ殺してやる!!」
「蘭!」

低い声が響く。父の声だった。
ビクッと肩を震わせた蘭。そんな蘭をみて驚く竜胆と私。

「悪いね。まだまだ子どもなんだ。あまり、虐めてやらないでくれ。」
「はぁー?何でおっさんの言うことを聞かなきゃいけねーんだよ!!」
「うんうん、そうだね。じゃあこれで失礼するよ。さ、行こうか。」
「だっせぇな、灰谷の親!」
「こんなにダセェとはな!!」

ゲラゲラと笑い続ける男達。そんな男達に背を向けて、父と母に連れられて歩き出す。
蘭は父に担がれたまま、ずっと黙っていた。竜胆は悔しそうに下を向きながら母に連れられて歩く。
楽しいはずの時間が一気にお通夜のようだった。

「何で…」
「ん?」
「何でだよ…何で止めたんだよ。」

家に着き、ようやく口を開いた蘭。
そんな蘭をみて両親は困ったように笑った。

「蘭はどうして飛びかかったんだい?」
「そんなの、馬鹿にされたからに決まって!」
「蘭のことは馬鹿にしていなかっただろ。竜胆のことだって。どちらかと言うと馬鹿にされたのは俺と母さんだ。」
「俺にとって大事なもんを馬鹿にされたらそりゃキレんだろ!!」
「そうだよ!あんなに馬鹿にされたのに!!」

肩を震わせ、怒鳴り散らす蘭。だけど、いつものように暴力にはしったり、物に一切当たらない。竜胆もギュッと拳を握っているだけだった。

「ありがとう。蘭も竜胆も優しいな。」
「は?何言って…」
「嘘じゃない。本当よ。蘭くんと竜胆くんを玲美が連れてきた時、少し驚いたけど、過ごしていくうちにあなた達の優しいところが私たちは大好きになったの。」
「本当に息子のように思っているんだよ。蘭、竜胆。」
「は…ははっ…何言ってんだよ…」
「変だよ、俺らのことを息子だなんて…」
『蘭ちゃん…竜胆…』

初めてみた。肩を震わせて泣く蘭と竜胆。
その時に思い出した。私の母が言った、「寂しいのよ」と言う言葉を。
ずっと二人で過ごしてきた彼らにとって、家族というのは憧れであり、諦めだったのだろう。

「蘭、竜胆。暴力は振るうな。それはいつか、君たちに牙を剥く。戻れなくする。…暴力を振るわなくたって、君たちは強いよ。」
「…今日は二人とも偉かったね。特に竜胆は暴れずにいてくれて助かったわ。暴れたら抱きしめて止めなきゃ!」

泣き続ける二人をギュッと抱きしめる母。そして微笑む父。そんな泣き続ける二人の頭を私は撫で続けた。

「ほらほら!いつまで泣いてんだ。男だろ。泣き止め。」
「お父さん煩い…」

蘭がそっぽを向きながらそういうと、父はそんな蘭に抱きつき脇をくすぐる。

「煩いって言ったのは誰だ〜??」
「あははっ!やめろよ〜!!」
『あはは、蘭ちゃんの負けだ〜』
「玲美、今なんて言った〜??」
『キャー!!逃げるよ竜胆!』
「俺もかよ!」

その日からというもの、彼らの暴力はピタリとやんだ。勿論、キレることはあっても、止めれば止まってくれる。
そんな日々はあっという間に過ぎ、私たちは中学生となった。






Noah