森のくまさんが拾ったあれ
「あれ?」

行楽日和の土曜日の昼下がり。好きな作家の新刊を買って気分良くぶらぶらと街を歩いていると、この数ヶ月で随分と目に馴染んだ緑色が視界に映りこんだ。人混みの中頭一つ分飛び抜けている上、珍しい髪色だからたいへん目立つ。学校以外で会うことがなかったため、半ば無意識に人混みを掻き分け彼に近付く。

「緑間くん!」

とん、と肩を軽く叩くと驚いた顔がキョロキョロと辺りを見回す。その様子が可愛くて笑いながら「こっちだよ」と緑間くんのシャツの裾を引くと、そこでようやく目が合った。長い睫毛に縁取られた瞳を大きくして驚いている。

「みょうじ先輩……?」
「こんにちは。歩いてたら緑間くん見つけて、つい追いかけちゃった」

目を瞬く緑間くんに、急に深く考えずに声を掛けたことを後悔した。友達や家族と歩いてたら邪魔しちゃったかな。部活は休みだって宮地くんが話してたけど、もしデート中だったら迷惑も良いところなのでは……?と、悪い方向へ想像を膨らませて顔が青ざめていくのを感じた。

「ごめんね、誰かと一緒だよね」
「いえ、一人です」

けれどそれは杞憂だったようで、フリーズから回復した緑間くんは首を横に振った。最悪な展開を回避したことに、ほっと胸をなで下ろす。
すると緑間くんは彼のシャツを掴んでいた私の手を取り人混みを上手く避けて歩き始めるから、今度は私が目を白黒させる番だった。
手を引かれるままに辿り着いたのは少し歩いた場所にある公園で、そこでようやく緑間くんは私と向き合うように立ち止まる。

「ええと、ここは?」
「あの場所では立ち話するには落ち着かないでしょう。何か用があったのでは?」
「えっ」

どうやら彼は私が何か用があって話しかけたのだと思っているらしい。確かにあの人通りでは立ち話も出来ないが、残念ながら偶然見かけて話しかけただけで用はない。けれど「特に用はないです」と言うのも失礼な気がして二の句が継げない。
言葉を探して黙る私に、緑間くんは怪訝そうな顔をし、それからハッとしたように慌てて繋がれていた手を離す。それによって緑間くんと手を繋いだと言う事実を認識してしまい、顔に熱が集まるのを感じた。

「すみません、つい」
「ここここちらこそ」

微妙な距離を取り、二人でぺこぺこと頭を下げあう。一頻り謝り合った後で、周りから見たら怪しい光景だったろうなと思うと何だか笑えてしまい、どちらからともなくぎこちなく笑った。

「ごめんね、本当にたまたま見かけて声掛けただけなんだ。緑間くんもお買い物?」
「はい、ラッキーアイテムの調達に」

まだ少し顔に赤みを残しつつも落ち着きを取り戻した緑間くんは、至極真面目にそう答えた。なるほど、彼の毎日欠かさず持っているアイテムはこうして休日に調達しているのか。この数カ月ですっかり慣れてしまったラッキーアイテムの存在に、既に疑問を持たなくなっていた。

「ちなみに見た感じ手ぶらだけど、今日のラッキーアイテムは?」
「これです」

そう言ってポケットから出したのは、彼の髪色と同じ緑色の携帯電話だった。目の前に差し出されたそれに付いた某猫のゆるキャラのマスコットがゆらゆらと揺れている。今日のおは朝は良心的らしい。

「すみません、まさかお会いすると思わなったのでみょうじ先輩に渡せるものがありません」
「ふふふ、実は今日は私も自発的にラッキーアイテム付けてきたんだ」

申し訳なさそうにしゅんとする緑間くんにときめきつつ(彼はあの長身で仕草がいちいち可愛い)、耳にかかる髪を手で払う。耳に付けた貝殻モチーフのイヤリングが揺れて指に触れた。
いつもラッキーアイテムをくれる緑間くんと会えない日にこうして会えるとは、彼が熱心に信仰するだけあってすごいパワーである。

「たまたま朝起きた時に占い見てね、ちょうど持ってたから付けたんだけど…早速ご利益あったみたい」

頭二つ分は高い位置にある顔を見上げると、彼は首を傾げつつも「流石おは朝なのだよ」と誇らしげに眼鏡のブリッジを押し上げた。
やっぱり緑間くんは可愛い。



(170608)



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