「俺が廉だったら、あれは立ち直れない」
「う……」
「顔見て逃げられるなんて、嫌われたとしか思えないじゃん」
「いや、そこまでは……」
「〇〇ちゃんが思ってなくても、普通ならそう思うよ」
「はい……」
持っていたフォークをお皿の端にかけ、思わず黙り込んだ。
目の前には、あの日よりラフな私服姿で、こちらを見つめる平野くんの整った顔。
「話せば良かったのに」
「それが出来れば、苦労してないです」
「何がそんなに難しいの」
「何がって、色々………」
「色々?」
「うん、」
「そっか」
段々と尻つぼみになる声に、何か思うところがあったのだろう。
一度口を付けたコーヒーのカップを置いてから黙り込む平野くんに、わたしも口を噤んだ。
「廉、最近少しイライラしてんだよね」
「え……」
「元々そんなにお喋りな方じゃないし、分かりやすくはないけど、俺達には、なんとなく分かる」
「そうですか、」
「多分自分でもそれを分かってるから、またイライラしてって、超悪循環」
「……」
「でも、前に話した俺達メンバー、みんな良くも悪くも空気読まないから。廉も、なんとかやってるよ」
言われて、以前平野くんが楽しそうに話してくれたメンバーのことを思い出す。
初代リーダーで、一番年上だけど、一番天然で、誰からも愛される岸くん。
末っ子で、甘えん坊で、いつもニコニコ笑っているけど、パフォーマンスになると、別人のような顔をする海人くん。
自分より年下なのに、落ち着いていて、優しくて、いつもみんなを温かく見守ってくれる神宮寺くん。
廉くんと同じ特別な彼らは、あの頃、たった一人の特別だった彼に、居場所をくれたのだろう。
わたしでは、あの鋭い目に、何も言えなかった。
誰といてもつまらないと、見たこともない目で呟いた彼の手を、取ることも出来なかった。
「ありがとう、」
「ん?」
今、廉くんのそばにいてくれて。
わたしが、もう受け入れることは出来ないと諦めた彼のことを、受け入れてくれて。
「平野くん達がいれば、きっと廉くんは大丈夫なんだろうなって思います」
「……」
「わたしがこんなことを言うのも、何様なんだって感じですけど、」
「……」
「一度でいいから、平野くん達とステージに立ってる廉くんの姿、見てみたかったな……」
「そう思うなら、言ってみればいいじゃん」
「え……?」
「廉に。ステージで、歌って踊ってるお前を見てみたいって」
平野くんは、そう言って、呆然とするわたしのことをジッと見つめた。
「今のが、〇〇ちゃんの本音なんでしょ」
「……」
「キッカケなら、俺が作るよ」
「うん……でも、」
「怖い?」
「……」
交わった視線に、ドキリとする。
平野くんは、なんでもお見通しなのだろうか。
「ごめん、勝手なこと言いすぎたね」
「、」
「無理にキッカケ作るとか言わないから、お願い。泣かないで」
「え……」
「〇〇ちゃん、廉のこと考えてる時、いつもそうやって辛そうな顔するから」
「そう、ですか、?」
「そうだよ。最初に廉の話聞いた時から、ずっとそんな顔。無理矢理笑おうとしてるでしょ」
「………」
言われて何も返せないわたしに、平野くんは一瞬だけ視線を逸らした。
「俺は、〇〇ちゃんがそうやって無理をする原因が廉とのすれ違いなら、せめて本人と話して、少しでも、そのわだかまりが消えればいいと思ってた」
「………」
「俺には廉も大事だから。話して二人がスッキリするなら、それが一番だって。でも、違うでしょ。話すことすら怖いと思う廉に無理矢理会わせて……例えば、〇〇ちゃんがまた泣いちゃうんなら、会わせたくない」
「……」
「俺は……〇〇ちゃんには、もう泣いてほしくないんだよ」
一瞬、何を言われているのか、よく分からなかった。
相手は、あの平野くんだ。
その言葉に、嘘がないということはよく分かる。
しかし、それが嘘偽りのない本心であると分かったからこそ、返す言葉に困ってしまった。
「平野くんは、本当に優しいんだね」
友達でもない。恋人でもない。
ただの知り合いである誰かを、ここまで純粋に思いやれるなんて、どこまで優しい人なんだろう。
イケメンと称される、その見目麗しい容姿とは別に、彼が周りから好かれている理由が、よく分かった。
「俺は、優しくなんかないけどね、」
「そうですか?すっごく優しいと思いますけど」
「そう思うのは、〇〇ちゃんだからかな」
「……?」
最後に残っていたコーヒーを飲み干した平野くんが、そう言って優しげに笑った理由をわたしが知るのは、もう少し先の話である。