〇〇にもう会いに来るなと言われ、数日が経った。

最初は、何を言われようが知ったことか。明日にでも会いに行ってやる。と思っていたのに、その拒絶は、想像以上に俺の心を抉っていた。

また会いに行って、例えば、もう一度会いたくないなんて言われてしまえば、今度こそ立ち直れないような気がしたから。


それだけ大切な存在だったのに。

傷付けて、また間違いを犯した。



忘れようとしても、忘れられない。
彼女が最後に見せた泣きそうな顔が、頭から離れなかった。








「れーん」
「あ?」
「もう、機嫌悪ッ、なんかあったの」
「別に、なんも」

仕事終わりに、ご飯でも行かない?と俺を誘ってくれた海人には感謝した。


このまま家に帰っても、気持ちは晴れないだろう。

相変わらず、気分は最悪だ。


どうしても、このムシャクシャした気持ちを発散したくて、早よ行くぞ、と声を掛ける俺に、海人は相変わらずマイペースだった。









「廉!廉、ちょっと待って」
「んやねん」
「どうしよ、面白いもの見つけちゃった」
「はあ?」
「いいから!アッチ見て」

ニヤリと、まるで悪戯っ子のように笑った海人が、そう言って指差した先ーーー少し先の通りには、隠れ家のようなカフェがあった。

通りの奥にあるその店は、一見民家のようで、よく見なければ、カフェとも分からない。

へぇ、静かで良さそうな所やん、と呑気に考えていた俺の横で、次の瞬間海人が発した言葉に、俺は耳を疑うことになる。


「紫耀が女の子連れてる」
「はあっ?!」

紫耀って、平野紫耀か。









同年代で、同じグループに所属するソイツは、映画やドラマで見せるカッコいい一面とは裏腹に、実際には、純情やピュアという言葉が何よりも似合う男で。

仕事上、控えろと言われれば、はい分かりましたと、そういった付き合いを一切断ってしまう。

そんな真面目で真っ直ぐな彼が、何故こんな所で女の子と一緒にいるのか。


そうか。紫耀にもそんな相手がおんのか、と、よく考えれば簡単すぎるその答えに、俺が一人納得していた頃。

興味深そうに、しばし彼のことを観察していた海人が、口を開いた。

「可愛いかも、相手の子」
「まじで?」
「うん、なんか泣いてるみたいだけど。修羅場かな?」
「う〜わ、まじかぁ」

俺にも見して、と少し前にいた海人をどかし、視線を向ければ、確かに、そこには紫耀がいた。


おそらく、仕事終わりだろう。
見慣れた上着に袖を通したままの彼が、一体どんな女性を連れているのかと、視線を凝らした瞬間だった。


紫耀の向かいに座る、その綺麗な髪の持ち主に、俺は言葉を失った。












「別れ話かな?仕事とわたし、どっちが大事なの!ってやつ」
「……」
「紫耀、なんでも上手くやりそうなのに」
「……」
「次会ったらソッコーイジってやろーっと………廉?」

普段の俺なら、せやな、と軽く笑うはずの場面。

しかし、そんな俺から何の反応も返って来なかったからだろう。

黙り込む俺の隣で、海人がもう一度「廉?どしたの?」と声を掛けてくるのが聞こえた。











何で。
どうして、よりによって紫耀なん。

同じアイドルで、同じグループのメンバー。
年齢だって、スペックだって、ほとんど変わらない。

アイツがそうして泣いとるお前のそばにおるなら、俺にだって、そばにおることは出来たんやないの。


だって俺、幼なじみやで。

例え紫耀が、いつどこでお前と知り合っていたとしても、確実に、距離が近かったのは俺の方だったはず。

だって、それだけ一緒におった。

それだけ、ずっと、お前のことを思っていたのにーーー。










「ん〜?別れ話じゃないか」

海人の言葉通り、二人はそんな雰囲気ではなかった。

確かに、〇〇は涙をこぼし、ボロボロ泣いていたけど、その表情は柔らかかった。


俺が失ってしまった、優しい笑顔。

例え、どんなに焦がれ、求め続けても、もうどうしたって手には入れられない笑顔が、別の男に向けられていた。


「…………ックソ女、」
「、廉?」


悔しさ。
虚しさ。
切なさ。

嫉妬ーーー。

自分以外の誰かに向けられた、その大切な笑顔が、俺の感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。












どうしたらいい。

油断すれば、今にもあの二人の間に割って入り、紫耀のことを殴ってしまう。

しかし、そんなことをしてしまえば、彼女は元々軽蔑していた俺のことを、さらに嫌い、避けるだろう。
分かっているからこそ、行動には移せない。


苦しいーーー。

感情のまま、無意識に動きそうになる体を、ギリギリの理性で、なんとか抑え込んだ。











「もう行こ、海人」
「いいの?」
「なにが、」
「あの子、知ってる子なんじゃないの?」

言われて、ジッとこちらを見つめる海人に、何をどう言えば、この動揺を誤魔化せるのか。そんな事さえ、分からなかった。

「なんかワケあり?」
「いや、」
「話したくないなら、別に何も聞かないけど」
「………」
「廉でも、そんな顔すんだ」

心配そうに、こちらの様子を伺いながら言った海人が、笑いながら黙り込む俺の頭に手を置いた。
ポンポンと、まるで拗ねた子供を宥めるように置かれたその手が、きっと、いつになく優しかったせいだ。

思わず、ポツリと言葉が漏れた。


「なあ海人、」
「ん?」
「どうしたら、大人になれるんやろな」

自分勝手で、ワガママなクソガキの俺が壊してしまった彼女との関係を、大人になれば、いつか修復出来るだろうか。


「廉」
「……」
「何に焦ってるのか知らないけど、きっと大人になったって、何も変わらないと思うよ。多分、後悔だって死ぬほどするし、思い通りにならない事だって、山ほどある。でも、それをどう乗り越えていくのかって、大人でも子供でも、きっと変わんないと思う」
「……」

言われて、情けなく逸らした視線の先。
ガラス張りになった雑貨店の壁には、自分の姿が写っていた。

幼い頃とは違う。
明るく染められた髪に、必要以上に、この身を飾るアクセサリー。
指に光るなんの意味も無い指輪が、まだ何も飾られていなかった彼女のそこを思い出させ、泣きたくなった。

やはり、自分は相応しくない。
彼女には、きっと紫耀のような、真面目で良い奴がお似合いなんだと、改めて責められているような気がした。