「ふーん、この間の子、幼なじみだったんだ」
「まあ」
「で、好きな子だっんだ」
「………まあ」
「廉、バカでしょ」
「………」
レッスン終わりのスタジオは、シンと鎮まり返っていた。
メンバーの半分が帰宅し、機材も片付けられた室内では、海人のバカという言葉が嫌と言うほどに響く。
「あれ、紫耀、絶対次にでも告ると思うよ」
「せやな」
「せやなって、もっと焦れよぉ!」
「ったいなぁ、叩くなって、怪我人やぞ」
「肩じゃん」
一度、紫耀と一緒にいるアイツのことを目撃した海人は、あの時のことをよく覚えているそうだ。
デリカシーも無く、紫耀もだいぶ好きっぽかったもんね〜 なんて、先程のことを蒸し返してくる。
「いつから知ってたの?」
「何がよ」
「何がって、その、〇〇ちゃん?のこと」
「さあ、幼稚園の時くらいちゃう?」
「えー!じゃあ、もう20年の付き合いじゃん!」
「お前、俺の話聞いとった?言うたやん、中学の頃からはほぼ絶縁状態やったって」
「ふーん」
「ほんま、人の話聞いとらんな」
海人相手に、何か相談をしようと思ったワケではない。
しかし、自分せいで関係無いメンバーへも迷惑を掛けたのだ。せめて聞かれた事には、答えるべきやと思った。
「中学で、何かあったの」
「あったなぁ」
「何が」
「まあ、喧嘩、?みたいな」
「みたいなって?」
「みたいなんは、みたいなんよ」
「え〜 そこ知りたいよね?」
「うん」
外の自販機で、三人分の飲み物を買ってきたジンが、海人とは反対側に腰を下ろす。
「ん。足は?大丈夫?」
「おん、ありがと」
「ねー、これジンの奢りでいい?」
「何でよ。まあいいけど」
「えぇんかい」
こんだけ広いレッスン室で、何故こんなにも密集しているのかは分からない。
しかし、鏡張の壁に背中を預け、ダランと伸ばされた足が仲良く6本並んでいるのに、少し笑ってしまった。
「で?何やらかしたの、中学生の廉くんは」
「アホ、何で俺がやらかした前提やねん」
「違うの?」
「………違わんけども」
「殴った?」
「さすがにそこまでせぇへんわ」
「じゃあ言葉で殴ったんだ」
「んなわけ…………いや、まあ、当たらずも遠からずか」
「えぇ、酷っ」
言葉で彼女を傷付けたという意味では、間違っていない。
妙に納得し、受け取ったペットボトルの蓋を開けようとする俺に、海人が大袈裟な声を上げた。
ホンマ、酷いよなぁ。
自分勝手なワガママで、何も悪くない彼女を、二度も傷付けた。
本当はそばにいてほしかったし、彼女は、とても綺麗だった。
思うだけで、伝えられなかった言葉は、他にも山程あるというのに。
「はあぁ………腹立つわ、ほんまに腹立つ」
「え、急に?」
「拗らせてるねー」
「笑い事ちゃうねん」
「廉、めっちゃ落ち込んでたもんね」
「そうなの?」
「そうそう。すっごい顔して、俺にどうやったら大人になれるんやーって」
「うっわ、それは拗らせてるわ」
「二回も言うな」
ケラケラ笑うジンの肩に、軽く一発パンチを入れた。
海人は、そばにあった自分のタオルを畳みながら、鏡越しに目が合った俺のことを見つめ、楽しそうに笑う。
「なに」
「ううん、出来るといいね、仲直り」
「、せやな」
「どんな子なの?その〇〇ちゃんって」
「あー!それ俺も気になる!」
「聞いてどうすんねん」
「えぇ〜 いいじゃん教えてよ〜」
遠慮の無い海人からの追及に、激しく腕を揺さぶられ、考えた。
彼女は今、どんな人生を歩んでいるのだろう。
知っているのは、彼女が大学生で、今年4年生だということ。
通っているのは、紫耀が今月からドラマの撮影に使っている大学で、そのキャンパスは、都内から少し離れた郊外にあるということ。
見た目は、大人しめ。
髪型は、ロングのストレートが基本やったけど、たまに緩くカールしていることもあった。
カフェに入れば、いつもミルクティーを飲んでいたから、きっと甘い物が好きなんだろう。
俺のことは、結局いつまでも「廉くん」と呼んでいた。
幼なじみやのに、変な距離感やった。
しかし、その距離を作ってしまったのは、間違いなく俺の方。
「別に、どこにでもいる、普通の大学生よ」
ただ俺にとっては、少し特別なだけ。
「可愛いよね、〇〇ちゃん」
「、せやな」
海人の言葉に、思い出す。
決して派手なワケではない。しかし、パッチリとした大きなタレ目が、幸せそうに細められる瞬間が好きやった。
廉くん、と少し緊張気味に俺の名を呼ぶ彼女の声が、今でも耳に焼き付いている。
「伝わるといいね、好きって」
「…おう、」
自分で思っとったよりずっと、俺の心は、彼女のことでいっぱいやった。