「ここのロールケーキね、中にフルーツが12種類も入ってんの」
「えぇ、凄い!」
「番組の収録で食べたんだけど、めちゃくちゃ美味しかったから、お土産」
「わあ、!」
水曜日の午前中。
唯一空いていたその時間に、いつものカフェで平野くんと待ち合わせた。
不思議なもので、彼とは、こうして会うことが一つの日課になっていた。
最初のうちは、もちろん廉くんに関することしか話さなかった。
しかし、いつからだろう。
話に廉という名前が出なくなり、代わりに、平野くんは、自分のことをたくさん話してくれるようになった。
好きなもの。
得意なこと。
最近のこと。
大学での撮影のこと。
たまに、〇〇ちゃんは?と、わたしの話にも相槌を打ってくれる姿は、とても優しかった。
「〇〇ちゃん」
「はい」
「廉のことって、まだ考える?」
「え、」
平野くんのおかげで大好きになったこの時間が、久々に窮屈に感じたのは、きっと、その名前のせい。
「廉くんの、こと、ですか、」
「うん」
表情は、いつもと変わらない。
しかし、それまでにこやかに緩んでいた目元が、ほんの少し鋭くなった様な気がした。
廉くんのことは、よく考える。
例えば、夜寝る前。
朝、カーテンを開けた時。
日常のふとした瞬間に、思い出しては、消えていく。
「さあ、どうでしょう」
平野くんには、なんとなく言えなかった。
わたしのことを気遣い、こんな面倒な時間にも、付き合ってくれている。
これ以上、廉くんのことで悩んでいる自分に、気付かれたくなかった。
「嘘吐き」
「……」
俺、よく天然って言われるけど、バカではないから。
いつか自分のことを、そう言っていた平野くんの姿を思い出した。
「優しい平野くんなら、騙されてくれるかなって思ったんですけど、」
「さすがに無理でしょ」
「知ってるなら、聞かないでください、」
「うん、ごめん。でも、ちゃんとしておきたくて」
「、?」
何故か膝の上に手を置いた平野くんが、そう言って急にかしこまるから、自分も同じように膝の上に手を置いた。
すると、そんなわたしの姿を見た平野くんは、ふはっと、楽しそうに笑い目を細める。
「〇〇ちゃん」
「?はい」
「俺ね、〇〇ちゃんのそういうピュアなところ、めっちゃ良いと思う」
「え、」
「好きだよ」
言葉と同時に、優しく細められた目元が、その気持ちに嘘はないと告げている。
急に、どうしたんだろう。
目の前で、少し恥ずかしそうにはにかむ平野くんの姿を見て、もう一度首をかしげる。
「俺ね、実は、ずっと〇〇ちゃんのこと知ってたんだよ」
そう言って、上下にゆっくり動かされたストローがグラスの氷をかき混ぜ、カランと涼しげな音を立てた。
「名前を知って、廉の幼なじみだってことを知ったのは、ちゃんと自己紹介されてからだけど、その前に、見せてもらった大学の写真に、〇〇ちゃんがいたから」
「そう、なんですか、?」
「そう。楽屋で、みんなでその写真を見てた時、廉が急に話に入って来たから、ちょっと気になってたの。それまで全然興味無さそうだったのに、何でだろって。そしたら、見てた写真に女の子がいて、まさかとは思ったけど、空いた時間に、〇〇ちゃんと歩いてんだもん」
「……」
「だからその後、偶然〇〇ちゃんが台本拾ってくれた時はめっちゃ驚いた。試しに廉のこと話したら、やっぱりちょっと変な感じだったから、気になっちゃって」
「そう、だったんですね、」
だからあの時、あんなに話してくれたのか。
「ごめんね、今までずっと黙ってて」
「いや、それは別に、」
「せっかく幼なじみなのに、廉と何か拗れちゃったなら、少しは力になってあげたいって思ったの。最初に話した時から、〇〇ちゃん、凄く良い子だったし」
「そんな、」
「でも、ダメだったんだよね」
「?」
「最初は廉の為にも力になりたいって思ってたのに、泣いてる〇〇ちゃんのこと見て、すぐに廉のことが許せなくなった」
「………」
「廉の為に泣いてる〇〇ちゃん見たら、悔しくなっちゃったんだよね」
思えば、あの頃からだった。
わたしの話を聞き、優しく笑ってくれる平野くんの眼差しは、とても心地良かった。
拙くても、はちゃめちゃでも、上手く話せないわたしの言葉に、大丈夫だよ、と声を掛けてくれる彼の温かかさが、嬉しかった。
わたしの為に、無理をすることは無いと、廉くんの話をしなくなった平野くんが、何故理由も無しに、わたしを誘ってくれるのか。
答えは、簡単なことだった。
「〇〇ちゃん、好きだよ」
「……」
「好き」
真っ直ぐに見つめられた瞳から、視線が逸らせない。
ありがとうの一言さえ、発することが出来なかった。
「ねぇ、今、誰のこと考えてる?」
………平野くんだよ。
そう言って、曖昧に笑うことしか出来なかったわたしに、彼は困ったように微笑んだ。
「ありがと、めちゃくちゃ嬉しい」
「うん、」
「俺、優しいからさ。今は騙されてあげる」
お見通しの嘘は、彼の優しさで、仮初の真実に変わる。
頭の中では、今も不機嫌そうな彼が、手元のスマホに視線を向けていた。
「平野くん、」
「あ、今俺のことフるのはダメ。だって、ちゃんと付き合ってくださいって申し込んでないから」
「え……」
「俺に、頑張らせてくれない?これから、全力で〇〇ちゃんのこと、守るから」
なんて優しく笑う人なんだろう、と思った。
「〇〇ちゃん」
「……はい」
「廉のメンバーで、アイドルとしての俺じゃなくて、ただの俺を見て」
最初から、ずっと優しく自分に笑いかけてくれた視線は、変わらない。
しかし、その視線の中に、ほんの少しの熱を孕んだ彼の腕が、こちらへ伸ばされた瞬間。
「…あ…」
「……すっげータイミング、」
テーブルに置いてあったわたしのスマホが、パッと明るくなる。
『急にごめん、会いたいねんけど』
どうして、今。
ここで、この人といる時なんだろう。
「〇〇ちゃん」
「……」
「ちゃんと、こっち見て」
伸ばされた手が、今度こそ、わたしの手を捕まえる。
真剣な表情で、こちらを見つめる平野くんの言葉は、しっかりと届いていた。
握られた手の感触も、その温度も。
目一杯の愛情で、わたしが好きだと伝えてくれるその言葉に、胸がいっぱいになった。
この人を好きになれたら、幸せなんだろう。
交わる視線に、思った瞬間。
『〇〇』
『もう一回会いたい』
表示された二通のメッセージに、泣きたくなった。