メッセージは3通。
会いたいという、ただそれだけの言葉に、なんと返事をすべきなのか、答えは出ないままだった。
「〇〇」
「ん?」
「なんかあったの?」
「なんかって?」
「今日、ずっと難しい顔してるから」
学内の講堂で、指定された席に座った友人が、頬杖をつきながら言う。
「悩みなら聞くよ」
「うん、」
未だ未読状態のまま、開けることが出来ないトーク画面。
そして、今朝も"おはよう"という言葉から、何通もやり取りをしたトーク画面。
上下に並ぶ二つの名前が、頭を支配し、離れなかった。
「えっと……喧嘩……というか、一方的に突き放して、もう会うのはやめようって思ってた人から、連絡がきて、」
「うん」
「会いたいって、言われたんだけど……色々と、その……理由があって会わないようにって決めてたから、どうしたらいいか、分からなくて、」
「うん」
「それだけでも、どうしようって、ずっと、困ってるのに………その人のことを、ずっと相談してた相手に、なんていうか………えっと、」
「告白でもされた?」
「!え、なんで分かるの、」
「なんとなく、展開的に」
「えぇ、と……まあ、そんなことがあって、」
「漫画みたいな三角関係だね」
登場人物は、幼なじみの廉くん。
そして、そんな彼のことを知る、優しい平野くん。
わたしは、ただ偶然そんな二人と知り合いなだけで、本来であれば、その人生に関わることは無かったはずだ。
本当に、ただの偶然。
二人だけが特別で、わたしは特別ではない。
あまりにも不釣り合いすぎるその三角関係は、きっと、一つの頂点が歪に形を崩しているだろう。
「〇〇はさ、好き?その二人のこと」
「え、」
綺麗に巻かれた髪を耳にかけ、こちらを向いた友人が問いかける。
「異性としてじゃなくていいよ、そもそも、その二人のことは嫌いなの?好きなの?」
「それは……」
「喧嘩別れしちゃった人のことは、どう思う?」
「どうって、」
「もう二度と、一生その人と話せなくなっても、耐えられる?」
「……」
言われて、すぐに返事が出来なかった。
例えば、あのメッセージを削除し、連絡手段を断ち、今度一生、彼と関わることが無くなった人生は、どんなものだろう。
考えてみれば、少し前に戻るだけだ。
光り輝くステージの上で、キラキラ輝く彼は、わたしとは違う世界にいる人間。
そんな彼とわたしが、本来あるべき、関わることがない誰かと誰かに戻るだけ。
「会わない方が、いいから……」
「今聞いてるのは、〇〇がその人と会えなくなってもいいのかってこと」
「それは……」
「建前とか、難しい話は聞いてないよ。〇〇は、どうしたいの?」
廉くんの立場や、平野くんの気持ち。
世間体や、責任。
投げかけた冷たい言葉に、酷い態度。
全てを取り払い、何も気にせず、彼のことを思うなら。
廉くんという一人を、昔のように、ただの幼なじみとして、見てもいいのならーーー。
「………いやだ」
「……」
「もう一生……会えないなんて、嫌だ……」
嫌いになんて、なれるわけがない。
ずっと、大切な憧れの人だったのだ。
立場なんて、関係ない。
彼は、ただの大切な幼なじみなんだから。
「なら、会えばいいんじゃない?」
「でも、」
「会いたいって、言ってくれてるんでしょ」
突き放しても、もう会いに来ないでと告げても、会いたいと言ってくれた彼の気持ちに、自分の気持ちを重ねる。
わたしも会いたい。
ただそれだけを、返せばいい。
「相手がアイドルだからって、気持ちに嘘吐いてたら辛いよ」
相手が廉くんだとは言っていない。
しかし、最初から全て分かっていたかのように優しく笑う彼女は、楽しそうだった。
スマホを取り出し、ずっと開くことが出来なかったトーク画面をタップする。
「で?拗れた永瀬廉とのこと相談してた相手ってのは?」
「え……」
平野紫耀です、なんて言えるワケがなかった。
待ち時間が終わり、ちょうど撮影開始しますというスタッフさんからの合図で、すっかりそちらに気が移ってしまった様子の彼女に、ホッとする。
実は、わたしの相談相手は、今からここに来る、もう一人のアイドルなんだよ。
信じられないけど、わたし、その人から好きだって言われたの。
廉くんのことと、平野くんのこと。
頭を占める二人の存在に、はあ、と溜め息を吐いた時。
シン、と鎮まり返る講堂の入口から、見慣れた影が姿を現した。
「凄い、本物だ、」
「ね、」
衣装の制服に身を包み、いつもとは違う雰囲気の彼が、周りに頭を下げながら入ってくる。
そばにいたスタッフさんから何かを告げられ、うなずいた彼は、既に集中している様子だ。
やはり、とても真面目な人だと思う。
彼が仕事をしているところを見るのは初めてだが、それでも、真剣に今この仕事に向き合っているということは、よく分かる。
「カッコいいね、平野紫耀」
「うん、本当に」
素敵な人だと思う。
カッコよくて、優しくて、温かい。
誰からも好かれているであろうその背中から視線を逸らし、手の中にあるスマホの画面を見つめた。
『わたしも、会いたい』
数日ぶりに更新されたトーク画面がさらに更新されるのは、それからすぐのことだった。