ほんの数日外に出ていなかっただけなのに、歩くだけでも、わすがにもつれる足が煩わしかった。
「名前」
「黒崎くん……」
「良かった。こっちおいで」
軽く腕を広げ、優しく呟く彼の方に足を進めた。
人質にされたのは、どうやら自分だけではなかったらしい。
彼から離れ、わたしと入れ違いに走って行く見知らぬ男の姿を見て、一方的にこちらの仕事を邪魔されたわけでは無いと知り、ホッとした。
「で、どうする?俺と手を組むか」
頭に手を回され、ポンポンと宥めるように抱きしめられる後ろで呟かれた声。
薄々予想していたが、やはり、この男も彼と同じ仕事を生業にしているのだろう。
抱きしめられた腕の中、拘束のせいでまだ自由に動かない手を使い、ぎゅっと彼の服を握り締めた。
「嫌だね」
「………」
「手は組まない。俺の仕事を、お前が手伝え」
言葉の直後、ピンと張り詰めた空気をぶち壊すかのように男が笑う。
「っはは、謎のマウントするんじゃねぇよ。ガキ」
「………」
睨み合う二人の意図は分からない。
しかし、数秒の沈黙の後。
また連絡すると、その場を離れた男の声を聞く限り、最悪の事態になることは避けられそうだ。
短い時間だったとはいえ、緊迫した空気の中にいたせいか。
一気に緊張が解けて力の抜けた体を、今度はしっかり両手で抱きしめられた。
「黒崎くん……」
「もう、めちゃくちゃ心配したじゃん、」
「ごめんなさい」
「謝るのは俺の方。ごめん。完全に油断してた」
そして、告げられる白石という男のこと。
やはり同じ詐欺師ではあるが、今まで相手にしてきたただのシロサギとは違う。
アイツも同じ。餌にするのは、腐った犯罪者のみ。
それを聞いて、やけに落ち着いた彼の声にも納得がいった。
「今進めてる仕事、一週間以内には終わると思う」
「そうなんだ」
「ほんとは、今すぐにでも帰してあげたいんだけどさ、」
そこまで言って、軽く離された体が彼と向かい合う。
「5分だけちょうだい」
「え、……っん、」
言葉と同時に、噛み付くように重ねられた唇に声が漏れた。
驚く間もなく、拘束された手を頭上で押さえ付けられ、もつれた脚の間に彼の片足が差し込まれる。
「ッ……待っ、だめ……」
「ほんとに?そうは見えないけど」
「んんっ……」
「ほら口開けて」
「…っ」
「へぇ、開けてくれないんだ?」
息がかかるほど近くで、体の奥に響くような低い声で言われる。
そのあまりの色気に当てられ、思わず薄く開いてしまった視界に、彼の顔が映り込んだ。
「いいけどね。別に、そのままでも」
「っ……!、」
スッと細められた目元が、獲物を捉えるようにこちらを射抜いたのは一瞬。
直後、閉じた唇に優しく触れた舌の感触に、思わずぎゅっと拘束された手を握り締めた。
「……ん、っ」
「……」
「ッ……」
「ふふ、どうしたの。可愛いここが震えてるけど」
「、ゃだ……っ」
「ん?」
「それ……やめ、!……っん、」
言い終わる前に、もう一度唇を塞がれて拒む声すら飲み込まれる。
やめて。
離して。
一言だけでも伝えたいのに、ちゅ、ちゅと音を立てて執拗に重ねられる彼の唇に、思考がじわじわ溶けていくようだった。
「名前」
「……っ、ぁ……」
「もういいでしょ。何を我慢してんの」
「…、ッ…」
「名前、」
呼ばれた名前に、体の奥がきゅんと反応する。
開けてしまいたい。
もう、全部この唇に委ねて楽になりたい。
つぅ、と 考える間にもこちらを試すように触れる舌の感触に、固く閉じていた唇に隙間ができる。
「……ふふ、良い子」
「っん……」
どんなに抗っても、結局目の前の彼から逃れることなんて出来なかった。
「……さき、く、」
「ん?」
「くろさきくんっ……」
「うん」
「っくろさきくん、……」
ごめんね。
「すき……」
今は、もうそれ以外何も考えられない。
「はぁ……っとに可愛すぎ、」
「…ッ、……」
「帰るよ」
力の抜けた体を横抱きにし、早足で歩いて行く彼の胸元にぎゅっと抱ついた。