昼間は雲一つなかったはずの空から、土砂降りの雨が降り始めたのは、つい数分前のことだった。
「もう大丈夫よ。これで貴女の役目はおしまい」
「はい」
「よくやってくれたわ」
御木本から回収した100億。
そして、わたしが提供した顧客の情報。
その全てをキングタイガーに差し出し、取引は終了した。
「わたしは先に帰るけど、あなたはどうするの」
「黒崎を待ちます」
「そう、分かった。元気でね」
酷い雨の中、最後までわたしに笑顔を向けてくれた早瀬さんと別れ、傘を差した。
聞いていたホテルまでは、あと数分。
彼は無事、仇と会えただろうか。
未だなんの連絡もないスマホを確認しながら、最後の路地に差し掛かった時だった。
「…………黒崎くん、?」
細い路地の奥から、傘も差さずに歩いてくる人影。
ゆっくり、一歩踏み出すごとに脱力し、崩れ落ちていくその姿に、数年前の記憶が蘇った。
『名前っ………』
「………」
父親が騙され、俺の家はもうダメかもしれないと泣き崩れた彼は、あれから一度もわたしの前で泣いていない。
感情を殺し、ただ仇を討つ為だけに生きてきた彼には、今、どんな言葉を掛けるのが正解なんだろう。
降りしきる雨の中、一人声を上げて涙する彼の姿に、足が動かなくなってしまった。
「………っ、ぅ、」
「………」
泣かないで、と慰めるのは違う。
だからといって、大丈夫だよ、なんて無責任な言葉もかけられない。
子どものように泣きじゃくり、冷たい雨に打たれる彼の体を、ただ抱きしめることしか出来なかった。