止まない雨の中、何分そうしていただろう。

声が消え、ようやく少し落ち着いた彼とホテルに戻る頃には、既に日付が変わろうとしていた。

「黒崎くん、体平気?」
「………」
「とりあえず上着脱ご。そのままじゃ風邪引………、っ?!」

言葉の途中で、強引に引かれた腕にバランスを崩す。

気付けば、そのまま唇が重なり、わたしの濡れた髪には、彼の手がしっかりと差し込まれていた。

「……は、ぁ、……くろ、」
「高志郎」
「…ぇ、……」
「名前、呼んで」

小さく呟き、止まった口付けに目を見開く。

「くろ、さきく……」
「違う」
「ん、」

重なった唇が、一瞬だけ触れ、すぐに離れた。

「呼んで」
「でも……」
「もういいから」
「黒崎くん、」
「高志郎」

雨に濡れ、髪に隠れてしまった彼の目をジッと見つめる。

言葉はなくとも、その真っ直ぐな目には、確かに悲しみの色が浮かんでいて———。

「高志郎……」

何年ぶりだろう。

その名を呼べば、再び重ねられた唇に、わたしの言葉は飲み込まれた。

先ほどよりも、激しい口付け。

息継ぎさえ追いつかず、口を開けた瞬間ぬるりと割って入る舌の感触に、思わず彼の肩を掴んだ。


事件の後、彼のことをそう呼べなくなったのは、多分、わたしも彼も怖かったから。

あの夜。最後に黒崎くんの名前を呼んだお父さんの声が、今でも脳裏に焼き付いているのは、彼も同じだろう。

直接口にされたことはなかったが、あの日以来、彼はわたしに名前で呼ばれることを望まなくなった。


「……ッは……ぁ、」
「もっと、」
「んっ、」
「呼んで」

「……こ、しろ…」
「もう一回」
「こう、しろ……」
「名前」
「っ……ん、」

言葉ごと飲み込むように、何度も角度を変えて重ねられる唇に、全身の力が抜けていった。

雨で冷え切っていたはずのなのに、触れた場所から熱が伝わり、体の奥だけは熱い。

「名前」
「ん、」
「首に手回して」
「、でも…」
「言うこと聞いてくれないと、このまま酷くするよ」

ゾクッと、熱に浮かされた体が一気に冷えるくらいの声。

いつもと様子が違うことは、なんとなく分かる。

しかし、今それを指摘しても、彼は何も話してくれないだろう。

泣きそうな瞳で、ジッとこちらを見つめながらわたしの答えを待っている彼に、言われるがまま腕を回すことしか出来なかった。