耳に当てたスマホから、一定のコール音しか聞こえなくなったのは、彼と日本に帰ってからすぐのことだった。

画面を埋め尽くす不在の履歴は、全てわたしから掛けたもの。

いつもならすぐに折り返しの連絡が来ることを考えると、やはり何かあったんだろう。

聞きたくても聞けない状況に歯痒さを感じながらも、結局それ以上何も出来ないまま数日が経った頃。

出先で、よく知った顔と鉢合わせた。


「どうも」
「、どうも」
「こんな所でどうしたの?大学はお休み?」
「あ、えっと………ぇ、」
「ん?」

軽く挨拶を交わすだけのつもりが、何故かわたしの方を見て、これ以上ないほど目を見開いた吉川さんの姿に首をかしげる。

「苗字さん……」
「?はい」
「もしかして、弁護士なんですか……」

そういえば、言ったことは無かったか。

胸元に付いたバッジを凝視し、驚く彼女ににっこりと微笑んだ。

「はい。弁護士です」

その瞬間、何故かキラキラと目を輝かせた彼女が、あの!と食い気味に声を上げた。










話を聞けば、SNS経由で詐欺に遭った友人を助けようと、相談をした相手がそもそも詐欺師だったというのだ。

「その弁護士の名前は?」
「熊谷真紀子です」
「事務所はちゃんとあったんだよね?」
「はい。日弁連のサイトもきちんと確認して、嘘じゃないって確かめたんです」
「うーん……」

そこまで本当なら、何故その弁護士は姿をくらませたのか。

さすがに情報が無さすぎてどうにも出来ない。

「そうだ。その熊谷って弁護士の写真はある?」
「いえ、写真は、さすがに……」
「じゃあ、見た目は?歳はいくつくらい?」
「えっと、」

出来る限りの情報を引き出し、何か分かることがあれば連絡すると伝えたところで、あの、と申し訳無さそうに眉を寄せた彼女から顔をのぞき込まれる。

「なに?」
「その、今回の件、名前さんが相談に乗ってくれたりとか……」
「正式な依頼なら事務所を通してくれる?その熊谷って弁護士の件も、協力するとは言ってないでしょ」
「え、」
「何か分かれば教える。分からなければ、教えないってこと」

言うと同時に、にこりと口角を上げるわたしに、吉川さんは酷く落胆した様子で溜め息を吐いた。

「そういうところ、ほんとアイツにそっくりですね」
「アイツ?」
「黒崎です。人を揶揄って楽しんでるところとか、ほんとそっくり」
「ふふ、ごめんね」
「………でも、なんだかんだ言って、結局優しいんですよね」
「え、」
「意地悪だけど、最後はちゃんと優しいっていうか……きっと、そう見せてるだけですよね」

言われて、ここしばらく顔を合わせていなかった彼のことを思い出す。

「確かに。そうかもね」

彼女の言う通り、彼は優しい。

詐欺という、世間一般には許されない犯罪に手を染めてはいるが、その本質は悪ではない。

「ありがとう。そんな風に言ってくれて」

わたしの他に、誰か一人でも彼の味方になってくれる人がいるなら———。

しばらく考えることすら諦めていたその可能性に、少しだけ痛む胸に気付かないフリをした。