人殺し。
言われた言葉に何も返せなかったのは、自分でもそれを認めていたから。
いくら直接手を下さなくたって、俺がいなければ、きっとあの2人は死んでいなかった。
それを思えば、殺したのが俺だと言われても仕方ない。
結局、俺はあれだけ嫌悪していたあの男と、同じことをしてしまったのだ———。
「名前」
「ん、」
「好き……名前、」
「……ん」
消えない声。
脳裏をよぎる最悪の記憶に、なんとか彼女を重ねて夜を過ごした。
こんな事をしたって、何も変わらないことは分かっていた。
しかし、それでも怖かった。
彼女がそばにいなければ。
彼女が名前を呼んでくれなければ。
自分が自分じゃなくなるようで。
怖くて怖くて仕方なかった。
何度、腕の中で眠る彼女の姿を確認しただろう。
その度に、いつもと変わらない寝顔に安心して。
同時に、拭い切れない罪悪感に襲われた。
きっと俺が何を言っても、彼女はずっとそばにいてくれる。
その際限の無い優しさが心地良いと同時に、とてつもなく苦しかった。
「黒崎も、いつかなれるといね」
「え…」
「将来、詐欺師でいる必要が無くなって、全ての罪を償ったら、全部理解して、受け止めてくれる苗字さんと、家族になって生きていけるかもしれないでしょ」
「…………」
そんな未来、俺には無い。
思えば思うほど、否定しようとする心には彼女がいる。
離れなければ。
いよいよありもしない幻像まで見えてしまうようになった自分に絶望しながら、もう本当に戻れないところまで来てしまったんだと、目の前が真っ暗になった。
会いたい。
本当は、今すぐにでも声を聞いて、何もかも全部忘れさせてほしい。
勝手に連絡を断ち、彼女を避けたのは俺だというのに。
自分以外の男と彼女が仲良さげに話しているというだけで、気が狂いそうだった。
「楽しそうだね。デート?」
気持ちを抑える為、余裕ぶって絞り出した声は、間違いなく彼女を傷付けた。
「あれ、ごめん、泣いちゃった?」
違うんだよ。
本当は、今すぐ嘘だと言って抱き締めたい。
ごめんね。大丈夫だからと囁いて、その不安を取り除いてあげたい。
触れたい。
涙が落ちるその頬に、思わず触れてしまいそうになる手を、なんとか抑えた時だった。
「ごめんね……」
何も出来なくて。
苦しそうに呟いた彼女の姿に、胸が引き裂かれるようだった。
何で。
どうして。
あんなに酷いことを言ったのに。
勝手に突き放して、傷付けたのは俺なのに。
どうして、そこまで優しいんだよ。
立ち上がり、俺ではない男と一緒に行ってしまう彼女のことを、もう黙って見ていることは出来なかった。
行かないで。
お願いだから。
本当はすぐにでも引き寄せて抱きしめたいのを抑え込み、掴んでいた手に力を込めた。
往生際が悪いのは分かっている。
カッコ悪いのも、百も承知だ。
それでも、どうしても謝りたかった。
何も出来ないなんて、そんなことは無いと伝えたかった。
ありがとう。
名前がいたからここまで来れたんだよ。
たくさん悩んで、何度も頭の中で呟いたフレーズは、結局彼女に伝わらないまま。
一方的な約束を取り付け、分かったとも言われていないのに、勝手に裏切られた気持ちになってしまった。
「…ゃ、っん……」
俺の口付けに、小さな声を漏らす彼女から香る知らない匂い。
そりゃそうだよね。
あんだけ密着してたんだもん。
このとろんとした顔で、力の抜け切った体を他の男に預けていた姿を思い出すだけで、気が狂いそうだった。
「ッや、ねぇ……待って黒崎く、」
「黙って」
「んっ……」
火照った顔で、必死に俺の服を掴む手が愛しい。
あぁ、きっと、名前は今俺のことでいっぱいだ。
息つく間もなく、何度も唇を重ね、ようやく名前の表情にも意識が向くようになった頃。
気付けば、目が合った名前の様子は、明らかにいつもと違っていた。
何で?
どうして、そんなに辛そうな顔で俺を拒むの?
「…黒崎くん……」
「ん、?」
「もう、わたしのことなんか、どうでもいい……?」
重ねた唇に、感じたことのない激痛が走る中、俺は、また彼女を傷付けてしまったんだと気付いた。
「っ………」
「名前……」
違う。
そんなわけない。
守りたいのに。
ただ、大切にしたいだけなのに。
涙を流し、辛そうにうつむく彼女の体を、今度はゆっくり抱きしめた。
ごめん。上手に愛してあげられなくて。
許して。これからも好きでいることを。
「………名前まで、いなくなんないでよ…」
俺には、もう名前しかいないんだよ。