「………ん…、…」
暑い……。
全身を包む不快感に目を開ければ、すぐ横でぐっすりと眠る彼の腕がお腹に回っていた。
日本に戻ってからの数日、彼はどうしていたんだろう。
うっすらとクマが滲む目元に触れ、名前、と、苦しそうにわたしの名前を呼んでいた彼のことを思い出す。
「おはようクロ、ご飯食べる?」
とりあえず、何か飲みたい。
汗でベタついた体を仰ぎながら、足元に擦り寄ってきたクロの喉元へ手を伸ばした時だった。
「ッ名前…!」
「?」
大きな声に振り向けば、寝起きで乱れた髪をそのままに、今にも泣いてしまいそうな彼と目が合う。
「いた……」
「、?いるけど…………っん、!」
言うと同時に、グッと強く腕を引かれ、驚く間もなくキスをされた。
「っ、良かった……」
「、黒崎くん…?」
「起きたら、名前、いなかったから……」
「え、」
「はぁ……めちゃくちゃ名前の匂いする、」
「ふふ、くすぐったいよ…」
肩口に顔を埋め、酷く安心した様子で呟く彼の髪が頬に当たった。
珍しい。
まるで甘えるようにぎゅっと抱きしめられ、そのままふわりと体が浮いた。
「ごめん」
「え、」
下されたのは、シーツが乱れたベッドの上。
すとんと優しく座らされたわたしの目の前に、申し訳なさそうに眉を寄せた彼がしゃがみ込んだ。
「少し、俺の話聞いてくれる?」
めちゃくちゃ情けない話だけど、嫌いにならないでね?
そう言って、困った様に笑みを浮かべた彼が、遠慮がちにわたしの手を握りながら話し出した。
最初は、上海で何があったのか。
その次に、どうしてわたしを避けたのか。
度々辛そうに顔を歪めながら言葉を選ぶ彼の姿に、ぎゅっと握られた手を包み返した。
「ごめん、本当に………何も言わずに傷付けて」
理由が分かれば、それだけでいい。
「名前は、何も出来なくなんてないから」
「………」
「それも、言わせちゃったのは俺のせいだけど」
悲しげに笑って細められた彼の目には、薄く涙が滲んでいた。
きっと、わたし以上に辛かったのは彼の方だ。
拭いきれない罪悪感の中、全てを一人で抱え込み、どけだけ苦しんだのだろう。
「すぐに話してくれたら良かったのに、」
「うん、そうだよね」
「全部話さなくていいとは言ったけど、そのせいで黒崎くんが辛いなら撤回する。苦しい時は、ちゃんと頼って」
重なった手に、きゅっと力を込める。
「名前」
「ん?」
「抱きしめてもいい?」
その声は、いつもと比べてずい分小さかったけど。
ホッとしたように目を細め、優しく微笑んでくれる姿は、わたしのよく知る彼だった。
「俺たちってさ、あと何回こうやってすれ違うんだろうね」
「ふふ、何回すれ違っても、わたしが黒崎くんを追いかけるよ」
「それは俺のセリフね」
「………でも黒崎くん、この前吉川さんのこと抱きしめてたでしょ」
「?!、は……?あれ見てたの?」
小さくうなずけば、慌てて体を離す彼と目が合う。
「黒崎くんから抱きしめてた……」
「待って!違うって!ほんと誤解だから!あれにはちゃんと理由があって……!」
聞かなくても、今はこの慌てぶりを見るだけで分かる。
きっと、本当にただの仕事だったんだろう。
一から十まで。わたしが心配する間もなく全てを話してくれる彼の姿に、逆に笑ってしまった。
「ねぇ、なにその笑顔」
「ううん、なんでもないよ」
「めちゃくちゃ可愛いけどさぁ、絶対なんもなくないじゃん」
「ふふ、いつもの黒崎くんだ」
「いつものって?」
「こうやって、すぐわたしのこと甘やかす」
ジッとこちらを見つめて、頬に伸ばされた手に自らの手を重ねる。
「そりゃ、甘やかしたいからね。好きな子は」
「ふふ、」
「その嬉しそうな顔めちゃくちゃ可愛い」
「んっ、」
ちゅ、と軽く触れるだけのキスをされ、ニヤリと笑う彼にぐっと腰を引き寄せられた。
「じゃ、ここからは俺の番ね」
「え、」
「昨日一緒に帰ってきた男のこと、ちゃんと説明してくれる?」
「あ………」
すっかり忘れていた。
これで全部解決と安心しきっていた心に、思わぬ暗雲が立ち込めた瞬間だった。