「顧問弁護士してるよ」
「マジで?」
「うん、わたしじゃないけど」

部屋中に散らかったインスタントラーメンのゴミ、書類などを片付けながら、壁一面に貼り付けられた、ある銀行役員についての資料に目をやった。

「とりあえず、今はコイツを喰う為の駒が欲しい。その為に、ひまわり銀行の支店で使えそうなネタが無いか探そうと思ってるんだけど、なんか、そういう情報持ってない?」

大手銀行ともなれば、良くも悪くも人には言えない隠し事は多い。

この仕事を始めてから、嫌でも知ってしまったそんな世間の汚さも、彼の為になるなら、喜んで提供しようと思う。

「ごめん。名前の仕事利用するようなこと頼んで」
「そんなこといいから。はいこれ。捨てて来て」
「……すみません」

中身がいっぱいになったゴミ袋を抱え、申し訳無さそうに部屋を出て行った彼が、駒を見つけた、と、わたしの元を訪れたのは、それからすぐのことだった。























「こちら、苗字名前さん。僕の一番信頼してる人で、身分もちゃんとしてるから」
「初めまして。苗字名前です」

黒崎くんに連れられ、ひまわり銀行による詐欺の被害に遭ったという家族の元を訪れた。

「弁護士さん?」
「はい。お金を取り戻すことは出来ませんけど、その後のことなら、きちんと相談に乗ってくれる方を紹介します」

詐欺によって家族を失ったという境遇に自分を重ねているのか。

初めて協力者となる被害者のケアについて相談されたことには驚いたが、きっと、それだけこの家族が心配なのだろう。


「お姉ちゃんも、まぁちゃん達の味方?」
「うん。悪者を倒す仲間に、わたしも入れてくれる?」
「わぁ!」

しゃがみ込み、用意した小さな花束を差し出しながら微笑む。

「くれるの?」
「うん。どうぞ」
「ありがとう!」

嬉しそうに駆け寄ってきた彼女を抱き上げ、隣にいた彼の方へ振り向いた。

「お兄ちゃん達、これから悪者を倒す作戦会議なんだ」
「かいぎ、?」
「そ。大事なお話だから、お姉ちゃんと遊んであげてくれる?」
「え〜」
「お願い」

小さな女の子の頬をふにふにと押しながら、優しく微笑む姿に少しだけキュンとした。

「お姉ちゃん、あっち」
「ん?」
「一緒にさくせんかいぎしよ」
「ふふ、そうしよっか」


























「でも、保証人なら苗字さんはダメなんですか?」
「ダメではないけど、名前は一応あの銀行と関わりがあるからね。リスクのあることは避けないと」
「そうなんだ。やっぱり、なんか凄いんだね、弁護士さんって」

銀行からの融資を受け取る条件は、保証人を立てること。

その為に、偽物の役員として黒崎くんに協力することになったのは、今回の件で亡くなってしまった被害者家族である根岸さんだった。

「ま、そんな固くならなくても。いざとなったら秘書の名前ちゃんにフォローしてもらえるから」
「え、聞いてないけど……」
「うん。今言ったからね」

リスクはどうした。

なんでもない顔で、さも当然のように言ってのける彼を軽く睨み付けた。


「ねぇ、ちなみに二人って、どいう関係なんですか?」
「どうだと思う?」

「名前ちゃん、お兄ちゃんのこと好き?」
「え、」
「だいすき?」

何で?

含みを持たせた彼の問いかけに、何故か真っ直ぐ純粋な瞳を向けられ、戸惑った。

「名前さん?まあちゃんが聞いてるよ?」
「………」
「お兄ちゃんは、名前ちゃんのこと好きなの?」
「うん。大好き」
「じゃあ結婚するんだ!」

嬉しそうに、ニコニコ笑って言われた言葉を、彼はどう受け止めたのだろう。

一瞬何かフォローをすべきか迷ったが、子どもの言葉だ。そこまで気にすることもないかと、優しく笑う彼の隣へしゃがみ込んだ。

「結婚はどうかな〜?まだ名前ちゃんが俺のこと好きか聞いてないし」
「あ!」
「まあちゃん、もう一回聞いてみてくれる?」

子どもを使って巧みに誘導され、さすがにこれ以上は逃げ切れないかと腹をくくった。

「好きだよ」
「大好きかも聞いて?」
「だいすき?」
「うん、大好き」
「だって!」
「ふふ、じゃあ結婚しようかな」

冗談でも、そう言って楽しそうに笑ってくれる姿に安心した。



























「名前」
「ん?」
「秘書の件は冗談だから。一つだけ頼まれてくれない?」

根岸家からの帰り道。

コンビニで買ったあんまんを咥えながら、真剣な表情で持ちかけられた相談は、少し時間を要するものだった。