融資、通ったよ。

仕事中、彼から掛かってきた報告の電話に、思わず、ほんと!?と大きな声を上げてしまった。

「やったね。これで担保にしてた家も取り戻せる」
『うん。金が振り込まれたら、すぐに持って行くつもり。名前も行くでしょ』

言われて、小脇に抱えたたくさんの書類に視線を落とす。

「黒崎くん」
『ん?』
「わたしのこと応援して」
『は、?』
「誰かさんのせいで、今すっごく忙しいの。通常業務以外に、善意のお手伝いもしてるから」
『ふはっ、そうだった』

電話口から、楽しげに笑う声が聞こえた瞬間。

ガラス張りの壁に写った自分の姿が、あまりにも嬉しそうで、少し恥ずかしくなった。

『名前ちゃん、頑張ってて偉いねぇ。お疲れ様』
「……今すぐ××のガトーショコラ買って来て」
『いいの?行っていいなら俺マジで行くけど』
「そういう返しは想像してなかった」
『何個食べたい?』
「3個」
『欲張りかよ、笑』

先日の一件以来、目に見えてわたしに構うようになった黒崎くんは、仕事中でも、よくこうして連絡をくれるようになった。

以前とは違い、わたしが彼のサポートをしているという事も大きいが、それ以上に、こんな下らないやり取りにも時間を割いてくれることが嬉しかった。

『しょうがないから、ガトーショコラ3個買って待ってるよ』
「うん、ありがとう」
『何時に終わりそう?』
「分かんない。まだ会わなきゃいけないお客さんもいるし、」
『迎えに行っていい?』
「え、」

詐欺師という立場上、必要以上にわたしと一緒にいることを望まない彼から、初めて言われた言葉だった。

『なんか、たまにはそういうのもいいかなって』
「うん……凄く嬉しい。死ぬ気で頑張るね」
『ふはっ、そこまでしなくていいけど。まぁほどほどに頑張って』
「うん」

『名前』
「なあに?」
『ちょっと後ろ向いてみて』
「え、」

どういうこと?

言われた通り振り向くも、もしかして、と期待した彼はいない。

『ふはっ、ほんと可愛いね名前』
「え?なに、分かんない、」
『こっちだよ』
「こっちってどっち?」
『だから、こっちだって』
「っ、?!」

電話越しの声と、本物の声。

突然重なったその音に驚いていると、急に開いた真横の扉から、グイッと腕を引っ張られた。


「っ、黒崎くん?何で…」
「さぁ、何ででしょう」

ガチャンと閉まる扉の音に、ブラインドで閉め切られた薄暗い室内。

訳も分からず目の前に立つ彼を見上げると、ニヤリと笑って、髪を耳にかけられた。

「ちょっと野暮用でね」
「ここに?」
「そ。俺結構根に持つタイプだから」
「なんの話?」
「なんでもいいでしょ。こっちの話だよ」
「………」
「あ、ちょっと拗ねた」

わざと耳元に唇を寄せ、吐息がかかるほどの距離で一言。

可愛い、と囁かれ、一気に顔が熱くなった。

「っ黒崎くん、」
「あー……ここが名前の会社じゃなかったら、間違いなく襲ってんのに」
「何言って、」
「あはっ、照れちゃってかわいーの。ねぇ、キスだけしていい?」
「………」
「ちょっと、なにこれ」

言いながら、ぐっと顔を近付けてきた彼との間に、持っていた書類を挟み込む。

「ガード」
「可愛いけど邪魔」
「だめ」
「そういう言い方されると余計に燃えるんだけどなー」
「わたし今仕事中なの」
「だからキスだけ。ね?二人の秘密ってことで」
「ちょ、」

壁際まで追い込まれ、あと数センチで唇が重なるという瞬間。

ブーブーという震動音と同時に、わたしの胸元で社用のスマホが光った。

「ちょっと、雰囲気ぶち壊しなんだけど」
「ごめんね。また後で」
「えぇ〜…せっかく名前に会えたのに」

不満げに眉を寄せ、ジッとこちらを見つめる彼と目が合う。

「ちゅー」
「………」

あざとい。

物凄く可愛いが、そんな罠に屈してたまるか。

「黒崎くん」
「ん?」

仕方ないから、今はこれだけ。

「じゃあ、またね」

言いながら、逃げるようにちゅ、と軽く頬にキスを落とした。





「…………………生殺しなんだけど、」