銀行から得た融資のうち、二千万を根岸さん家族に手渡し、今回の件は終了した。


「はい。これで、この家を取り戻せるんだよね?」

大金を前に、涙ながらにお礼を言ってくれる姿を見て、黒崎くんは、ただ静かにうなずいていた。

「お兄ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「………うん」

誰かに感謝され、こんな風に笑う彼の姿を見たのは初めてかもしれない。

優しく目を細め、噛み締めるようにうなずいた後、照れ臭そうにこちらへ振り向いた彼と笑い合った。





















「でも大丈夫なの?借りた3億は返さないと、黒沼さんのあのビル、取られちゃうじゃない」
「と、思うでしょ?」
「え、」

実は、ビルの名義は別人。
だから契約は無効。

本当の持ち主に、ちょっと協力してもらったんだよね。

そう言って、なんてことない顔で事の顛末を明かす彼の姿に、一家全員呆然としていた。


「この仕事をしてたら、色んな知り合いが出来るからね」
「え、じゃあ、もしかして名前さんも…」
「名前はただの同級生。ね?」
「うそ。学生の頃から付き合ってるってこと?」
「そ。凄いでしょ」

お土産に買って来たケーキを頬張りながら、自慢げに笑う彼の顔は楽しそうだった。


大切な家族を死に追いやった仇への復讐。

彼の目的はまだ達成されたわけではないが、たまには、こんな風に、なんて事ない話に笑える日があってもいいだろう。



「名前ちゃん」
「ん?」
「また会える?」

別れ際。そう言ってジッとこちらを見つめる真っ直ぐな目に嘘を吐くのは心苦しいが、仕方ない。

「またね。まあちゃん」

黙り込むわたしの隣で、ニコリと笑った彼が言葉を濁すのを見て、何も言えなかった。


今回は結果的に誰かを助けることになったが、やっている事は今までと何も変わらない。

彼は詐欺師で、その行いは犯罪なのだ。

いくら感謝されても許される事は無いその事実に、ぎゅっと彼の手を握りしめた。


「珍しいね。どしたの」
「黒崎くんこそ。前はわたしが隣に立つだけで怒ってたのに」
「ふはっ、そうだっけ?だってもう今さらなんだもん。名前ってば後先考えずに警察から情報盗んじゃうし」
「あれは神志名さんが悪い」

握り返された手に指を絡めて、ひまわり銀行と書かれた大きなビルの前に立ち止まった。

「あ、牛山さんですか?黒沼です」

「お礼言っとかなきゃねー」

ご馳走様でした。

コミカルに、歌いながらそう言った彼の口調こそふざけていたが、その表情は、今まで見たことがないほどに冷たかった。