閑話 〜黒崎くんの野暮用〜


「お待たせしてすみません。弁護士の………え」
「どーも。お久しぶりです」
「えっ…と、名前の彼氏さん、すよね?」
「はい。あの時はどーも。黒崎高志郎です」

外では滅多に口にすることがない本名を語り、目の前に立つ男に、自分でもわざとらしいと引くほどの笑みを向けた。

「何しに来たんすか。俺をご指名ってことは、仕事の依頼じゃないっすよね」
「うん。敵情視察」
「ふはっ、既に敵認定されとるん?俺」
「当たり前じゃん。だってアンタ名前のこと好きでしょ」
「さあ、どうやろな」

違うなら違うとハッキリ言えばいいのに、答えを濁すあたり黒。

こちらを試すようにニヤニヤと笑って、形だけ丁寧に渡された名刺を破り捨ててやろうかと思った。

「心配せんでも、別になんもせんよ」
「へー」
「まぁ信じられんとは思うからぶっちゃけるけど、最初は確かに狙っとったよ。アイツ可愛いもん」
「殴っていい?」
「とりあえず最後まで聞いて?可愛いけど付け入る隙無さすぎて早々に諦めてん」
「………」
「まだ足りんよな。はいはい、言うわ。アイツあんたのこと大好きやねん」
「続けて?」
「腹立つなぁ笑」

向かいのソファへ腰掛け、少し砕けた口調で話す男に、全開だった警戒が少しだけ緩んだ。

「なんかご機嫌やな思ったら、彼氏から電話あったって」
「へー」
「バリにやけるやん」
「後は?」
「忙しい人だから、ご飯一緒に食べれるだけで嬉しいとかな。よく言ってるわ」
「なにそれ可愛い」
「あん時はなんかあったんやろ。名前ももう気にしとらんみたいやし、深くは聞かんけど……次隙見せたら黙っとらんで」

一瞬、ピリッと張り詰めた空気が流れるのと同時に、俺のポケットに入れていたスマホが音を立てる。

「アイツやろ」
「まぁね。夜は鍋だって」
「いらん情報どーも」

可愛いクマのスタンプに了解の返事を打ちながら、立ち上がる俺につられて、目の前のソイツも立ち上がった。

「お帰りっすか?」
「うん。用は済んだしね」
「ほんまにただ文句言いに来ただけやん」
「あ、そうだ。最後にもう一つだけいい?」

なんやねん、と言いたげな顔で俺を見るソイツへ近付き、ブランド物の上質なネクタイをグッと引っ張った。

「人の恋人、勝手に名前で呼ばないでくれる?」

互いの息がかかりそうほどの至近距離。

さすがに驚いたのか。
俺が呟くと同時に、ぐっと息を飲む目の前の男を見て、掴んでいたネクタイごとすぐに体を突き離した。

「じゃ、それだけ」

もう意味なんかないだろうけど、最後はニコリと笑うことも忘れずに———。