「北海道?」
「そ。気が付いてんだよ。俺が今宝条狙って動いてること」
「大丈夫なの?」
「まぁなんとかするよ。ど?」
「うん。完璧」

変装を終え、別人のようになった彼に、出来上がったばかりの肉じゃがを差し出しながら微笑む。

「どう?」
「んん!んまっ、最高!」

見た目は違えど、中身はしっかりいつもの彼であることに安心しながら、それでも拭えない不安に胸騒ぎがした。

「ねぇ黒崎くん」
「ん?」

振り向いた彼の手には、空の取り皿。

そこへ嬉しそうに肉じゃがを取り分ける姿を見て、急に、どうしようもなく苦しくなった。


「………名前?どしたの?」
「………」

普通の男の子なのに。

あんな事さえ無ければ、彼は今も、こうしてなんて事ない日常に笑っていられたはずなのに。


「寂しくなっちゃった?」
「うん、」
「ふはっ、そっかそっか。素直でよろしい」

言いながら、急に抱きついたわたしの背中をポンポンと撫でてくれる手に泣きそうになった。

「ごめん」
「謝ってほしいわけじゃないよ、」
「うん、知ってる」
「わたしこそごめんね。黒崎くんだって、好きでこんな事してるわけじゃないって分かってるのに、」
「うん」

もういいよ。

油断すれば、すぐに口から出てしまいそうになる一言を飲み、その広い胸に顔を埋めた。


「朝からありがと」
「うん、お礼は××のフィナンシェでいいよ」
「出た、食いしん坊笑 何個いるの?」
「3つ」
「了解ですよー」

楽しげに笑って、そのままおデコに軽く触れた唇に目を閉じる。

「名前」
「ん?」
「行ってきます」
「、うん」

まるで、知らない人みたい。

甘い笑顔で、見知らぬ匂いを纏った彼が別人になる瞬間。

わたしの、大嫌いな瞬間だ。