閑話 〜黒瀬さんの好きな人〜
「名前って、アンタの好きな子?」
「え、」
「わたしと会う前、電話で話してるの聞こえた」
予想外の衝撃に、ガンガンと痛む頭を押さえながら目の前の女を見上げた。
「ちょっと不用心すぎるんじゃない?いくら金は手に入れたからって、貴方の立場上、いつ誰に狙われてるかなんて分からないでしょう」
「うるさいな、」
「あら素直。ムキになっちゃって」
「ッ触んなって」
言われなくても、そんなこと分かってる。
楽しそうに俺の頭を撫でながら笑う女を睨み付けると、それが加虐心を刺激したのか。可愛いところあるのね、と鼻で笑われた。
「彼女?」
「関係ないでしょ」
「いいんだ?貴方のしてること、その子に言っちゃうかもしれないけど」
「好きにすれば?全部知ってるから」
「全部って、全部?」
「うん。貴女のことも知ってるよ」
「どこでそんな理解のある女見つけたの」
こっちは早く終わらせたいのに、どうしてそこまで食い付いてくるのか。
興味津々といった様子で聞いてくる目の前の女に、大きなため息を吐いた。
「よっぽど好きなのね」
「まぁ、学生の頃から彼女一筋なんで」
「うわ、腹立つ」
「うらやましいでしょ?めちゃくちゃ美人で優しくて俺のこと大好きなの」
「開き直ったわね……ベタ惚れじゃない」
「だったらなに」
「別に。なんとなく腑に落ちたわ。だからわたしがどんなに誘っても乗って来なかったのね。詐欺師のくせに」
「うるさいな」
「その彼女に言っておいてよ。こんな甘ちゃんな男より、他にずっと良い男がいくらでもいるって」
「余計なお世話です」
語尾を強くして言うと、ようやく満足したのか。
じゃあ、お金ありがとう、と、さっさとその場からいなくなる背中は、なんとなく名前に似ていた。
長くて綺麗な髪に、ピンと伸びた背筋。
中身は似ても似つかないけど、ヒールを鳴らして颯爽と去って行くその姿に、しばらくは会えそうにない彼女を思い、溜め息を吐いた。
「……名前…」
どうしよう。
もう会いたい。