バキッと鈍い音がすると同時に、顔全体へ鋭い痛みが広がった。


「貴女、僕に嘘を吐きましたね」
「っ……」

倒れ込むわたしを見下ろし、もう一度振り上げられた手にぎゅっと目を瞑れば、次の瞬間、痛む頬に更なる衝撃が加わった。

「吉川さんに聞いたよ。恋人なんだってね、黒崎の」
「、っ……」
「ちゃんと付き合ってるの?」
「……わたしは、そのつもりで、っ…」
「あぁ、そういう関係ね。ならちゃんと言ってくれなきゃ」

冷たい声で、吐き捨てるように言われた直後、落ちていたわたしのスマホを拾い上げたその男が呟く。

「黒崎に連絡して」
「……いや」
「なら、もう一度痛い目を見る?」
「………」
「ほら早く」


始まりは、仕事終わりの待ち伏せだった。

事務所を出てすぐ。貴女のことを調べましたと声を掛けて来たのは、あの時の助教授。

話に応じてくれないなら、すぐにでも彼の正体とわたし達の関係を役員にバラすと脅され、大人しく着いて行くしかなかった。


「まだあんな犯罪者を庇うの?」
「………」
「貴女だって分かってるでしょ。アイツに騙されてるって」
「それは…っ」
「楽しい?一方的に付き合ってて」

関係はバレている。

しかし、幸いなことに、その本質には気付かれていないようだった。

冷たい眼差しで、ジッとこちらを見下ろす男と目が合い、上体を起こす。

「苗字名前さん」
「………」
「自分の為にも、よく考えてから返事をください」

そう言って、丁寧に置かれたスマホの横に差し出される名刺。

わたしがそれを見たことを確認すると、彼は最後にもう一度呟いた。

「返事は、よく考えてからお願いします」


殴られた頬がビリビリと痛んで、血の味がした。

遠くなる足音に目を閉じれば、頭に浮かぶのは大好きな彼の笑顔で。

会いたい。

思ってしまえば、心が壊れるのは簡単だった。

「………っ、ぅ……」

痛い。

苦しい。

冷たいコンクリートの上で、倒れた体を起こすことさえ億劫だった。

涙が溢れて、ただでさえ冷えた頬に跡を作る。


どうすればいい?

分からない。


助けて、と思わず口に出そうになったところで、近くに置かれたスマホの存在が目に入った。

「……っ、くろさき、くん…」

助けて。
お願い。

わずかな望みをかけて発信したその電話が、彼に繋がることは無かった。