「名前にね、会わないって言われちゃった」

二人でご飯なんて大丈夫なの?

黒崎に誘われ、カウンター式の居酒屋で肩を並べながら聞いた。

奢るという言葉につられて、深くは考えずに来てしまったが、コイツには自他共に認める溺愛中の彼女がいる。

互いを思い、幸せそうに笑う二人の姿を知っているからこそ、黒崎の言葉に、え、と呟いたきり何も返すことが出来なかった。

「あ、別に喧嘩したから別れるとかじゃないですよ?ただちょっと、今は俺の周りがバタついてるから」
「そっか、」

黒崎の周り。
要するに、黒崎の敵。

それは苗字さんにとっても、間違いなく敵なんだろう。

「大丈夫だよ。二人なら」
「え、俺今もしかして励まされてます?」
「だって、落ち込んでるんじゃないの?」
「まぁね〜、ただでさえずっと会えてなかったし、顔くらいは見たいですけど」
「好きなんだね、相変わらず」
「当たり前でしょ」

苗字さんのことを話す時だけは、どこにでもいる普通の青年のように笑う黒崎。

その幸せそうな表情を見ていれば、二人がバラバラになってしまう未来なんて想像もつかなくて。

きっと、苗字さんには苗字さんなりに、黒崎と離れた訳があるのだろうと思った。


「苗字さんには言ったの?またどっか行っちゃうこと」
「ううん、まだ」
「前に黒崎が上海に行った時、苗字さん凄く悲しそうだったよ。だから、今回はちゃんと言ってあげてね」
「言われなくても。分かってますよ〜」


「ねぇ、苗字さんのどこが好きなの?」
「え?」

出会った頃は、まさか笑ってこんなことを聞ける日が来るなんて思わなかった。

照れ臭そうに、彼女のことで視線を逸らす黒崎が、あの人ことを騙していると勘違いしていた頃が懐かしい。


「苗字さんって、昔からあんなに可愛いの?」
「そうだねー。学生の頃からモテモテでしたよ」
「じゃあ、好きになったのは黒崎の方から?」
「まぁ、そうなりますかね」
「キッカケは?」
「……ここぞとばかりに聞いてきますね」

そこから先は、ずっと苗字さんの話だった。

学生の頃、たまたま前を歩いていた苗字さんが、道端に落ちていたゴミを近くのゴミ箱に捨てていたこと。

その後、そのゴミに影響されたのか。同じパッケージのお菓子を嬉しそうにコンビニで購入していたこと。

"良い子だなぁ"が"可愛い"に変わって、
"気になる"から、"好き"になったこと。

優しい顔で、時折少し寂しそうに話す黒崎の姿に、わたしの方が切なくなった。


「待ってるよ」
「………」
「帰って来るまで、苗字さんと待ってる」

きっと彼女は、わたし達がこうしている今も、どこかで彼を思っているはずだから。


「名前、あぁ見えてめちゃくちゃ大食いなんだよね」
「え、」
「今日くらい、無理矢理連れて来ればよかったかな」

お店を出る直前。

そう言って苗字さんからの着信履歴を見た黒崎は、そのまますぐに電話を折り返した。

一度掛けても繋がらず、もう一度同じことを繰り返しても繋がらない着信に、分かりやすく残念そうな顔を見せるのはもはや予想通りで。

アパートに着いてからすぐ。

「戻ったら、フグな」

そう言って、苗字さんの部屋を指差し、指を3にした黒崎の姿にうなずいた。