閑話 〜店員さんの独り言〜


閑話。

割と恵まれた人生だと思う。

天才ってわけじゃないけど、そこそこの努力で大抵のことは出来たし、自分から行動しなくても、女の子だって寄って来た。

勝ちか負けでいったら、多分勝ちなんだろうな。

オフィス街のバイト先で、毎日訪れるたくさんの大人を見ながら、自分もいつかはこうなるのかぁ、なんて呑気に考えていた頃だった。


「えぇ〜、彼氏いるんだぁ」
「はい」
「イケメン?」
「ふふ、」
「あ〜、こりゃイケメンだ」

多分、近くのおっきいビルに入ってる、有名な法律事務所の弁護士さん。

若くて美人で、絶対に俺と同じこっち側。

なのに声を掛けたらちゃんと彼氏がいて、しかも結構一途っぽい。


もったいなぁ。

去って行く背中に唇を尖らせながら、誰かと電話し始めたお姉さんの横顔を見つめる。

あ、可愛い。

これは絶対彼氏だ。
幸せそうだなぁ。

ニコニコ笑って、嬉しそうに電話口の彼氏さんと話す横顔は、しっかり俺の脳裏に焼き付いた。



事務所から一番近いこともあってか。
このお姉さん以外にも、弁護士の常連さんが多いうちの店。

中でも印象に残っているのは、多分、お姉さんのことが好きなお兄さん。

「えぇよ、奢るし」
「だからいいって。わたしそれくらい出せるよ」
「そういうことちゃうねん」

お姉さんに彼氏がいることは知っていたけど、多分このお兄さんは彼氏じゃない。

なんとなく、雰囲気でそう思った。

俺の勘が正しければ、多分この人もこっち側なのに。
何で彼氏のいる人なんて好きになるんだろう。

ある日。珍しく一人でコーヒーを買いに来たお兄さんに聞くと、彼はガハハと笑って、俺が聞きたいわ、と呟いた。


「お姉さん髪切ったよね」
「あぁ、切ったなぁ」
「それから全然来ないんだけど、事務所辞めたの?」
「辞めてへんよ」

以前はよくコーヒーを買いに来てくれていたお姉さんが、ここ2週間パッタリとお店に来なくなった。

最後に会った時。なんとなく元気が無かったのも気になって、一人でお店に来たお兄さんに聞いてみたけど、これは多分何も知らないやつだ。

「アイツ、多分言えない仕事してんのよ」
「言えない、?」
「そ。急に担当してたクライアント全部周りに引き継いでどっか行った」
「なにそれ」
「さぁな。代表んとこに出入りしてるのは見かけたから、事務所辞めた訳やないやろうけど……なんか疲れとったわ」

弁護士さんの世界とか、大人の複雑な事情は分からない。

ただ、お兄さんの口ぶりでそれが普通じゃないことだけは伝わって、なんだか凄く心配になった。


「イケメンの彼氏さんは?」
「俺が知るか」
「つーかさ、ほんとにイケメンなの?彼氏さん」
「エグイで。マジもんのイケメン」
「へー。お兄さんが言うならそうなんだぁ」

あんな可愛い人の彼氏だもん。

まぁそうか、と納得しながら、頼まれたコーヒーを手渡す。

「なぁ」
「ん?」
「もしアイツが来たら、これでなんか食わせたって」

言いながら、無理矢理握らされた1000円札。

それをエプロンのポケットに仕舞って、毎日彼女が来るのを待ったけど。
結局、それからもお姉さんは姿を現さなかった。